「霧山荘の人々」 登場人物 岩崎 蝶児 大学生(22) 水無月 美枝子 大学生(22) 如月 純  大学生(22) 三嶋 香  大学生(22) 神無月 綾子 蝶児達の大学の心理学女教授(30) 野島 悟  蝶児達の大学の社会学教授(37) 霧島 幸造 霧山荘の主人(67) 霧島 由希子 幸造の嫁・故人(享29) 霧島 京子 幸造の娘(17) 幅 洋子 京子の家庭教師(28) 大宮司 一郎 霧山荘の執事(70) 黒川 庄吉 霧山荘の執事(62) 井上 朝恵 霧山荘のメイド(31) 栗原 真弓 白馬村・女医(46) 平島 麻衣子 フリーライター(25) 佐々木 勉 カメラマン(27) 1・招かれざる客 長野県白馬村(夕)、スキーやスノーボードで若者が集う雪山から、少し離れた人 の寄り付かない雪山、「霧山」を登山中の6人、蝶児、美枝子、純、香、神無月、野島、ひ たすら頂上を目指して登っている。 蝶児「おかしいな?もう大分登ったのにまだ頂上が、見えないぜ。」 蝶児、先頭を歩いて話す。 美枝子「ねえ、少し休まない?足が痛くてしょうがないの。」 美枝子、その場にしゃがみ込む。 神無月「大丈夫?美枝子さん。香さん、貴方は平気?」 香「私?私は、大丈夫よ!」 純「悪いけど、僕もさっきから目が痛くて…。」 純、最後尾から話す。 香「だらしがないわね〜。」 香、後ろの純を見て囁く。 野島「目をやられたか?雪目にかかったら厄介だな。よし!今日の登山は、ここまでにし て、下山しよう。」 野島、美枝子と純の傍に立ち止まって話す。 蝶児「冗談だろ?もうすぐ頂上だってのに、引き返せなんてよ。」 蝶児、野島の前に立って話す。 神無月「蝶児君。気持ちは分かるけど、一人でもリタイヤが出たら、雪山では引き返さな くてはならないわ。」 野島「それに頂上まであとどのぐらい登る必要があるか、我々は把握していないのだ。こ れ以上進めば、遭難する危険性もでてくる。分かってくれるな?」 蝶児、腕組みし、少し間をおいて。 蝶児「分かったよ。ちっ!あの「霧山」を制覇出来ると思ったのに…。」 一同、引き返そうとしたその時…。 麻衣子「あら?登山グループかしら?」 勉「そうみたいっすね。」 麻衣子、勉、蝶児達が登って来た道からやって来る。 麻衣子「どうもこんにちは。貴方達は、登山グループかしら?それとも霧山荘の来訪者?」 麻衣子、蝶児達の所までやって来るなり問う。 香「霧山荘?」 香、麻衣子の顔を見て囁く。 麻衣子「霧山荘の来訪者では、なさそうね。じゃ、単なる登山グループか。ごめんなさい ね。」 麻衣子、勉、蝶児達の横を通り抜けて、更に進んでいく。 麻衣子「ああ、それと貴方達。下山するなら早くしなさい。もうすぐここらは吹雪が、吹 き荒れるわよ。」 蝶児「なんだって!そんなばかな!こんな天気がいいのに…。」 麻衣子「登山者なら天気の変わり目ぐらい読めなきゃ駄目よ。向こうの雲を見てみなさい。」 麻衣子、蝶児達の背後の空を指す。 美枝子「ほ、本当だわ。あんな雷雲、見たことないわ。」 香「こっちの方に向かって来る感じね。本当に早く下山した方がよさそうだわ。」 神無月「貴方達二人は、下山しないつもりなの?」 神無月、先を進もうとする麻衣子と勉に問う。 麻衣子「私達は、霧山荘に向かっているから大丈夫よ。それじゃあね。」 麻衣子、勉、その言葉を残し、去る。 野島「参ったな。今から下山しても、3時間はかかる。吹雪に遭うのは必至だな。」 野島、頭を抱える。 純「そ、そんな、じゃあ、下手したら本当に遭難してしまうじゃないですか。」 蝶児「じゃあ俺達も、霧山荘に行こうぜ。」 美枝子「えっ?」 蝶児「今から下山する事を考えたら、霧山荘とかいう山荘に行って、吹雪を回避した方が 賢明だと思うがな。どうだい?神無月?」 神無月「実は、私もその方がいいと思ったのよ。確かに彼女達を追いかけて、霧山荘とか いう山荘を目指した方が、今から下山するより安全だわ。」 神無月、野島の方を向いて、 神無月「どうでしょうか?野島さん?」 野島、少し間を置いて、 野島「分かった。あの二人を追いかけよう。それでいいな?美枝子、純、香。」 野島、三人の顔を覗く。三人、コクリと頷く。 野島「よし。行こう。」 蝶児達、麻衣子達の残した足跡を頼りに、山を更に登り続ける。 霧山荘(夜)、玄関前、吹雪の中、麻衣子と勉が、立っている。 勉「さ、寒いっすね。あの執事、俺達の事忘れてんじゃないでしょうね?」 勉、寒さに凍えた声で喋る。 麻衣子「うるさいわね。霧山荘の事は知ってるでしょ。アンタは、余計な事は言わずにシ ャッターをきってればいいのよ。分かった?」 麻衣子、勉に言い放つ。 玄関「がちゃり。」 不意に玄関が開く。そして、霧山荘執事・大宮司一郎が玄関前に立つ。 大宮司「お待たせしました。御主人様は、あなた方に会うつもりは無いとの事です。」 大宮司、冷淡な声で喋る。 勉「なんだって?冗談だろ!」 勉、カメラから手を離し、大宮司を睨む。 麻衣子「佐々木!」 麻衣子、勉の背後から名を呼ぶ。勉、ハッとしてカメラを構え直す。 麻衣子「執事さん。分かりましたわ。霧島幸造氏の取材は、諦めます。ですが、この吹雪 の中今から下山して帰るという訳には…。」 大宮司「分かっております。主人は言いました。あなた方を遭難者として扱い、吹雪が止 むまで、この霧山荘で保護せよ、と。」 麻衣子「すいません。助かりますわ。」 麻衣子、感情のこもってない声で礼を言う。 勉「た、助かったぜ…。」 勉、ガチガチ震えながら荘に入るべく、開かれた玄関に向かう。 大宮司「言い忘れましたが…。」 大宮司、勉を入れまいとするかのように、立ちふさがり、 大宮司「御主人様は、やむなく救助する、と言っておられました。その事をしかと御忘れ なく頂きたい。」 麻衣子「そうですか。分かりました。御主人に宜しくお伝えください。」 麻衣子、勉、大宮司に導かれて、荘の中に招かれる。 霧山・山道(夜)、吹雪の中、蝶児、美枝子、純、香、神無月、野島、が山道を登 り続ける。 蝶児「ち、畜生!あいつらの足跡がもう見えなくなってしまったぞ!」 蝶児、先頭を歩きつつ叫ぶ。 野島「だ、大丈夫だ!もう一本道の筈だ。大丈夫だ!」 野島、最後尾から叫ぶ。 純「ううう、目が…、目が全く見えないよ!」 純、目をしきりに擦って、言う。 香「たくっ!しょうがないわね!私の肩に捕まりなさい!」 香、純の腕を自分の肩に掛ける。 神無月「美枝子さん、貴方は、大丈夫?」 神無月、美枝子の肩に両手を掛けて歩きながら問う。 美枝子「はい。何とか大丈夫です。すいません。先生」 美枝子、弱々しく答える。 蝶児「お、おい!道が二つに分かれているぞ!どっちに行きゃいいんだよ!」 蝶児、分岐点で立ち止まる。 香「な、何てこと…。」 香、純に肩を貸したまま、呆然と分岐点を眺める。 美枝子「ああ…。」 美枝子、両手両足を着き項垂れる。 神無月「み、美枝子さん!美枝子さん!」 神無月、美枝子を抱き起こす。 美枝子「す、すいません。ちょっと目眩がしただけです。だ、大丈夫です。」 美枝子、ゆっくりと立ち上がる。 神無月「肩を貸すわ、絶対に寝ちゃ駄目よ!気をしっかり持つのよ!」 神無月、美枝子の腕を肩に掛ける。 野島「どっちに行けばいいんだ…。選択を誤ったら私達は…。」 野島、食い入るように分岐点を睨む。 蝶児「こっちだ!行くぜ!みんな!」 蝶児、片方の道を一人進む。 野島「お、おい!蝶児!」 蝶児「大丈夫!間違い無い!大丈夫だ!」 蝶児、山道を走っていく。 野島「あのバカ、一体何を根拠に…。」 神無月「彼を追いましょう。一人にするのは危険です。」 野島「仕方ないですね。」 美枝子、純、香、神無月、野島、蝶児の後を追う。 霧山荘・ロビー(夜)、麻衣子、勉、栗原真弓、円形テーブルで向き合って座って いる。 麻衣子「そうですか。貴方も今日この霧山荘に。」 真弓「ええ。私はあなた方より3時間程前に着きました。」 真弓、執事に出された紅茶を飲みながら話す。 勉「へー。こんな所まで何か用が有ったのですか?」 麻衣子「佐々木。貴方は少し席を外しなさい。」 麻衣子、隣で美味しそうに紅茶を飲む勉を睨む。 勉「オット、こいつは値打ち物だ。凄いな。」 勉、ロビー内に有る様々な骨董品を、席から立ち上がって見歩く。 麻衣子「失礼しました。しかし大変だったでしょう?この霧山荘までの道は、あの通りで すし。私達も、もう少しで、遭難するところでした。」 麻衣子、窓の外に目をやって話す。 真弓「私、この霧山荘に来るのは、初めてじゃないのです。」 真弓、やや伏目がちに言う。 麻衣子「初めてじゃない?では貴方は、何度かこの霧山荘を訪れていると?」 真弓「…はい…。」 麻衣子「貴方の親族の方がいらっしゃるのかしら?この霧山荘に?」 真弓「………。」 麻衣子「失礼。余計な事を聞きました。どうか気になさらないで下さい。私、こういう者 です。」 麻衣子、真弓に名刺を差し出す。 真弓「フリーライター・平島麻衣子。」 真弓、名刺を声に出して読む。 麻衣子「私は、この霧山荘に凄く興味がありまして、こうして足を運んで来たのです。で も肝心の御主人の霧島幸造氏が、なかなか取材に取り合ってくれなくて、困ってるんです けどね。どうしてなんでしょうか?まったく。」 麻衣子、紅茶を一気に飲み干す。 真弓「どうしてそんなにこの荘に興味が有るのですか?」 真弓、麻衣子の顔を見て問う。 麻衣子「17年前のちょっとした事件を調べたら、面白い事実が有りましてね。それでこの 霧山荘を嗅ぎ付けたのですよ。」 麻衣子、真弓の顔色を見て表情を伺う。 霧山・山道(夜)、蝶児、美枝子、純、香、神無月、野島、疲労困憊の様子で、山 道を登り続ける。 蝶児「はあはあ、だ、大丈夫か?みんな…。」 蝶児、体を前のめりにして歩く。 香「だ、大丈夫よ…。ま、まだ着かないの…。」 香、気を失っている純をおぶさりながら言う。 野島「…ま、まだか…、まだ着かないのか?」 野島、香の負担を減らすべく、純の背中を押さえながら歩く。 神無月「早く…早くしないと手遅れに…」 神無月、意識朦朧の美枝子に肩を貸しつつ言う。 蝶児「はあはあはあ、あっ!み、見ろ!灯りだ!あそこが霧山荘だ!助かったぞ!」 蝶児、道の先の、灯りを指し示す。 神無月「は、早く!蝶児君!助けを!助けを呼んできて頂戴!」 蝶児「分かった!任せろ!」 蝶児、灯りの見える方向に全速力で走っていく。  2・遭難者達、住人達 霧山荘・ロビー(夜)蝶児、香、野島、毛布に包まって紅茶を啜り、ソファーに 座っている。麻衣子、勉、真弓、その様子を見守る。 蝶児「た、助かったぜ。あと1キロでも先にこの山荘が在ったらアウトだったな。」 香「そ、そうね。でも美枝子と純、大丈夫かな…。」 香、執事達に救助されて、連れて行かれた部屋の方向を眺める。 麻衣子「しかし、てっきり下山したものだとばかり思っていたわ。よくここまで来られた わね。」 麻衣子、三人の前に立って喋りかける。 蝶児「アンタラの足跡を追ったのさ、でも途中でもう見えなくなったけどな。」 麻衣子「当たり前よ。吹雪になれば、足跡なんて頼りにならなくなるのは、すぐ分かるで しょうに。埋まって消えるのだから。」 麻衣子、呆れ顔をして三人を見る。 蝶児「しかも道が別れ始めた時は、焦ったぜ。」 野島「そうだ、蝶児。お前何で道が分かったのだ?」 香「そうよ。確信しきっていたわよね。」 香、野島、蝶児の顔を覗く。 蝶児「ああ、俺も信じられん…実は只の俺の勘に従って道を選んだだけなんだ。」 香「何ですって!」 野島「蝶児!お前!」 蝶児「喚くな。俺達は助かったのだ。」 香、野島、呆然と蝶児の顔を見続ける。 麻衣子「奇跡ね。貴方は幸運の持ち主なのね。蝶児君だっけ、恐らくは、あなた達とは吹 雪が止むまでの付き合いになるでしょうから、自己紹介させてもらうわ。私は平島麻衣子。 フリーライターよ。宜しくね。」 麻衣子、三人に握手を求める。 蝶児「蝶児だ。大学生。」 香「香よ。宜しく。」 野島「野島です。宜しく。」 蝶児、香、野島、次々と麻衣子と握手をする。 麻衣子「佐々木。挨拶しなさいよ。いつまで骨董品を見ているつもり?」 勉「喋っても言いのですか?」 麻衣子「何、訳の分からない事を言っているの。早くしなさい。」 勉「じゃあ、失礼して…。」 勉、三人の前に誇らしげに立つ。 勉「僕は佐々木勉、カメラマン。今はフリーだけど、2年前まで朝日新聞社の有能カメラマ ンだったのだ。」 三人「へエー。」 蝶児、香、野島、感嘆の声を上げる。 麻衣子「はい。もういいわよ。骨董品でも鑑賞してなさい。」 勉「えっ?」 麻衣子「聞こえなかった?もういいわよ。」 勉「は、はい。」 勉、三人の前から背を向けて、骨董品を鑑賞し始める。 麻衣子「栗原さん、どうぞ。」 真弓「えっ?」 麻衣子、真弓の方を振り返り紹介を促す。 真弓「ええ、そうでしたわね。私は、栗原真弓です。皆さん宜しく。」 真弓、三人の方を向いて、御辞儀をする。 麻衣子「栗原さんは、私達と違って遭難者ではないのよ。この霧山荘に招かれた招待客み たいなのよね。」 麻衣子、真弓の顔を見て言う。 真弓「私は…医者として、訪ねて来ただけです。」 真弓、少しためらい気味に言う。 神無月「フウ。良かったわ。美枝子さんも純君も、気を失っているけど命には別状ないそ うよ。」 神無月、執事・黒川庄吉、渡り廊下からロビーに入ってくる。 蝶児「そうか。二人とも無事か。」 蝶児、立ちあがり渡り廊下に向かう。 神無月「駄目よ蝶児君。今日はもうこのまま寝かせるのよ。明日の朝に二人に会いなさい。」 神無月、蝶児を止める。 蝶児「ちっ。しょうがねえなあ。」 蝶児、ソファーに戻る。 香「でも無事で良かった。純も目は大丈夫かな?」 神無月「雪目は一時的な症状で、雪山に出ていなければ、数時間で直るそうよ。」 香「そう。良かった。」 野島「神無月さん。そちらの方は?」 野島、立ちあがり黒川の前まで歩く。 神無月「こちらの方は…」 黒川「霧山荘の執事の黒川庄吉です。」 黒川、神無月が紹介する前に言う。 野島「黒川さんですか。有難うございました。お陰で助かりましたよ。」 野島、御辞儀をする。つられて神無月も御辞儀をする。 黒川「お礼は結構です。今暫くで、お食事の用意が終わります。それまでこのロビーにて お待ち下さい。勝手にこの霧山荘を歩き回る事は固くお断り致します。その旨、御忘れの 無いよう願います。失礼。」 黒川、ロビーを出て、渡り廊下に消える。 蝶児「な、何だ。あの態度は、いくら命の恩人だからって今のは無いだろう。」 蝶児、黒川の消えていった渡り廊下を睨む。 野島「よさないか、蝶児。助けてもらって恩を仇で返す様な言い方はよせ。」 香「でも確かに失礼よね。あれでよく執事が勤まるわね。」 神無月「香さん。あの人達に、美枝子さんと純君も助けてもらっているのよ。止めなさい。」 香「…。」 蝶児、香、神無月、野島、渡り廊下の方を向いて黙る。 麻衣子「あんなのまだまだ序の口よ。この霧山荘の住人達はね。」 麻衣子、不意に声を掛ける。 神無月「どういう事?」 神無月、麻衣子の方を振り向く。 麻衣子「霧山荘が、この雪山の果てにそびえ建って居る様に、ここの住人達も普通の人と は違うのよ。そう。まるで心が凍っている、という表現が当てはまるかしらね。」 麻衣子、両手を腰にやって首を振りながらため息混じりに言う。 神無月「そういう言い方は止めなさい。貴方も遭難するところを助けられたのでしょうに。」 神無月、麻衣子の顔を見て言う。 麻衣子「貴方達の様な素人と、一緒にしないで欲しいわね。私はわざと遭難者となって、 この霧山荘に潜り込んだのよ。雪山で命を落とすようなヘマはしないわ。」 麻衣子、失笑気味に言う。 神無月「この荘に潜り込んだ?何か企みでもあるのかしら?」 神無月、麻衣子に問い掛ける。 麻衣子「私は、この霧山荘の主人と、ある事件の繋がりを追ってここまで来たのよ。」 神無月「事件?」 麻衣子「貴方達には関係ないわ。」 麻衣子、神無月、二人を中心に他の人間は囲んでいる状態で二人のやりとりを見 ている。 蝶児「腹が減ってきたな。何か食い物無いか?」 蝶児、香の方を見て、言う。 香「えっ!ええ。確かリュックに入っていると思うけど…でも救助された時に何処かに運 ばれたわよ。」 香、ハッとして蝶児の問いかけに答える。 神無月「私達の荷物は、美枝子さんの寝ている部屋に、まとめて置いてあるそうよ。食事 を頂いた後に、美枝子さんを起こさない様に、気をつけて取りに行きましょう。」 神無月、それまで麻衣子に向けていた視線を蝶児に向けて言う。 蝶児「そうか。確か、黒川とかいうあの爺さん、食事を出すとか言っていたっけな。有難 てえじゃねえか。」 蝶児、ソファーにふんぞり返る。 勉「しかし、遅いですね。まだかなあ。結構、腹が減ってんだけどなあ。」 勉、腹を押さえる。 麻衣子「急に人数が増えたから、焦って作っているのではないかしら?」 麻衣子、神無月の顔を見て意地悪く含み笑いを込めた声で言う。 神無月「貴方は何者なのかしら?事件を追っているだの、わざと遭難者になるだの、この 荘に潜り込むだの。」 神無月、再び麻衣子の方に視線を向けて問う。 野島「この人は、フリーライターなのだそうだ。そしてあのカメラを持った人が専属のカ メラマン。」 勉「どうも、佐々木勉です。」 勉、神無月の方を見て御辞儀する。 神無月「フリーライターさんとカメラマン。如何にも何かを探しに来たという感じね。」 麻衣子「まあね。だから邪魔しないでね。貴方達のような大人数の遭難者は、時として妨 げとなるから。」 蝶児「何だって。もう一度言ってみろ。」 麻衣子「争いは止めましょうよ。ここで騒ぎを起こすと、追い出されかねないわ。」 香「感じの悪い人ね。」 麻衣子「結構よ。そう思われているの慣れているから。」 麻衣子、そう言って蝶児達とは反対側のソファーに腰掛ける。 勉「す、すいません…決して悪い人ではないのですが、仕事に熱中しすぎるあまりの事か らなんです。分かって下さい。」 勉、神無月の傍に行って囁く。 神無月「ええ。気にしていません。お構いなく。」 神無月、勉に微笑えむ。 麻衣子「佐々木!何ヒソヒソと話しているの!来なさい!」 麻衣子、勉に怒鳴る。 勉「は、はい。」 勉、麻衣子の腰掛けたソファーまでイソイソと歩く。 蝶児「何を探りに来たのか知らないが、俺達まで巻き込むなっていうんだよ。気分悪いぜ。」 蝶児、紅茶を飲みながら言う。 香「本当よ。」 香、毛布を被って言う。 野島「よせ。好きにやらせてやれ。我々には関係無いし、明日の朝には、ここを出ること になるだろうしな。」 野島、蝶児と香を制する。 神無月「そうですね。明日になれば、この吹雪も止むでしょう。」 神無月、窓の外の吹雪を見て言う。 真弓「あのう。失礼ですが、貴方方は、明日吹雪が止めば、ここを出るのですか?」 真弓、テーブルから離れて、蝶児達の方まで近寄り問う。 野島「ええ。あと二人の仲間が回復していればの話しですが。」 真弓「では、私も連れていってくれますか。私も下山出来なくなって、足止めを食ってい るのです。」 野島「ここら辺の人ですか?」 真弓「私はこの白馬村の医者なのです。ここまで霧山氏を診察しに来たのですが、あの通 りの吹雪が来たもので、帰れなくなったのです。なるべくでしたら大人数で帰った方が…。」 野島「そうですね。構いませんよ。土地の方が居た方が、我々も心強いですから。」 真弓「有難う御座います。」 真弓、御辞儀をして窓側まで行って外の吹雪を見る。 神無月「大変ですね。貴方も医者として沢山の患者を診ておられるでしょうに。」 神無月、傍に来た真弓に言う。 真弓「有難う御座います。でも私は、吹雪にもう慣れてきましたから。」 神無月「慣れてきた?」 神無月、窓の外を見続ける真弓を呆然と見続ける。その時、渡り廊下から霧山荘・ メイド・井上朝恵がロビーに入ってくる。 朝恵「お待たせ致しました。食事の用意が出来ております。食堂にご案内致します。」 朝恵、そう言い残し渡り廊下まで戻る。ロビーにいた人間達が、朝恵の案内に従 って、食堂までの道のりを歩く。 蝶児「凄いな。高そうな骨董品ばっかりだぜ。」 蝶児、渡り廊下の両端に飾られた絵画や壷などを見て言う。 勉「ああ、結構な品ばっかりだ。ここにある骨董品は、どれも値打ち物だよ。」   蝶児の前を歩いている勉が言う。 蝶児「アンタ、分かるのか?」 勉「言っただろ。僕は昔、朝日新聞社に居たって。色々美術館とかにも取材で行かされた から、ちょっとは知識も積んだけど、ここに有る物ほど立派な骨董品は、見たこと無いよ。」 蝶児「ふーん。じゃあ相当な資産家なのだろうな。ここの御主人様は。」 勉「だからこそ探りがいがあるのさ。何処からこんな金が流れるのかね。」 蝶児「まあ、俺にはどうでもいい事だな。」 勉「ここの御主人・霧山幸造氏の探りたい事は、それだけじゃないけどね。もっと大きい 事件の最重要人物だからなあ。」 蝶児「そう言えば、さっき、あのオネーサンもそんな事いっていたな。何かあったのか?」 勉「殺人事件さ。霧山由希子殺し。霧山幸造の女房だよ。17年前の事件だけどね。結局未 解決のまま迷宮入りしたんだよ。」 蝶児「その事件がどうかしたのか?」 勉「鈍いな君は、ひょっとしたら幸造氏が殺害したのではないかって事だよ。」 蝶児「そんな事調べられるのか?もう時効は過ぎたんだろ。犯人を暴いたところでどうし ようもないじゃないか。」 勉、少し間を置いて、 勉「さあな、俺は麻衣子さんの命令通り動いているだけだ。この事件の犯人を暴けば、一 躍有名になれる、て、そそのかされたんだよ。」 蝶児「へーえ。あんまり褒められた名分ではないな。」 勉「この業界では有名にならないと決して楽は出来ない、という事だよ。」 勉、骨董品を羨ましげに見ながら渡り廊下を歩き続ける。 朝恵「こちらが食堂です。御席に御着きください。」 招かれた全員、各々席に着く。 朝恵「食事が済みましたら、ロビーにお戻り下さい。夜9時に一人一人に部屋をお貸しし ます。ロビーまではこの食堂から一本道です。寄り道などなさらない様、お願い致します。 宜しいですね。では失礼致します。」 朝恵、食堂から渡り廊下に消える。 蝶児「じゃあ。頂きましょうか!」 蝶児、歓喜の声を上げて、並べられた豪華な食事を口に運ぶ。その他の人も出さ れた食事に目移りしながら手をつけ始める。 香「凄い豪勢ね。驚いたわ。」 香、テーブルに並んだ料理を暫し呆然と眺める。 神無月「香さん。驚いてばかりいないで、頂きましょうよ。しっかりと栄養をつけておか ないと駄目よ。」 神無月、淡々と料理を口に運びながら言う。 香「私達、歓迎されてるのかな?こんなに豪華な食事をご馳走してもらえるなんてさ。」 香、料理をゆっくりと食べ始める。 麻衣子「それは無いわよ。それどころか迷惑に思っているはずだわ。」 麻衣子、ワインを飲みながら言う。 香「いちいちうるさいわね。せっかくの料理がまずくなるわ。」 香、麻衣子を睨みつける。 麻衣子「怖い怖い。分かったわ、余計な事は言わないわ。でも、あまりはしゃぎ過ぎない 様にね。こっちも行動が取りずらくなるから、いいわね。」 麻衣子、ワインを飲みつつ言う。 香「アンタに関わる気はないわよ。」 香、料理を食べながら話す。 神無月「止めなさい香さん。私達は私達よ。ゆっくりと食事を摂って、ゆっくりと休みま しょう。」 神無月、隣席の香の方を見て言う。 香「ええ。そうね、でも何かもったいない気がするなあ。こんなにいい荘をすぐに出なき ゃ行けないなんてね。」 真弓「この荘が気に入りましたか。」 真弓、香の正面に座っている。 香「何となくね。確かにここの人は冷たそうだけど、荘の雰囲気が気に入ったみたい。」 香、嬉しそうに真弓に答える。 真弓「私もこの霧山荘が好きなのです。激寒の冬の中にひっそりと聳え立つ姿や、この荘 の雰囲気が。」 真弓、香の目を見て話す。 香「栗原さんは、この荘の事、結構知っているみたいね。色々聞きたいなあ。」 香、笑顔で真弓の顔を見る。 真弓「構いませんよ。私の知る範囲で良ければ。」 真弓、笑顔を香に返す。 神無月「すいません栗原さん。お疲れでしょうに…。」 真弓「良いのですよ。私も話し相手が欲しかったから。」 野島「しかし美味しいなあ。蝶児、どうだ、ここの荘で雇ってもらったら、良い料理人に なれるぞ。」 蝶児「ここの土地はちょっと俺には寒すぎるぜ。」 蝶児、がつがつと料理を平らげながら話す。 香「しかしみっともないわね。少し落ち着いて食べなさいよ。」 香、隣席で行儀悪く食べる蝶児を軽蔑のこもった目で見る。 蝶児「うるせえな。こんなうまいもん次はいつ食えるか分らないんだからよ。」 蝶児、構わず食べ続ける。香、呆れ顔で首を振る。 霧山荘・客部屋・美枝子の部屋(夜)、美枝子、ベッドで目を覚ます。 美枝子「う、うーん。あっ、わ、私!」 美枝子、ベッドから慌てて上半身を起こす。 美枝子「そ、そうよ、私は気を失って、あれからどうしたのかしら?」 美枝子、ベッドから降りて自分が寝ていた部屋を見渡す。 美枝子「綺麗な部屋、どうして私ここに?」 美枝子、暫し部屋を呆然と見渡す。 ドア「コン!コン!」 部屋のドアがノックされる。 美枝子「は、はい。」 美枝子、思わず返事をする。 ドア「ガチャリ。」 部屋のドアが開き、霧山京子が渡り廊下に一人立っている姿が見える。 美枝子「あ、貴方は、だ、誰ですか?」 京子「………。」 京子、返事をせずに、部屋に入ってくる。 美枝子「あ、貴方が私を、助けてくれたの?」 京子、首を縦に振る。 美枝子「あ、有難う。」 美枝子、京子にお辞儀をする。 京子「これ…あげる…。」 京子、美枝子に飴を渡す。 美枝子「あ、有難う。貴方はここに住んでいるの?」 京子、首を縦に振る。 美枝子「他に住んでいる人は居ないの?」 京子、首を横に振る。 京子「お父さんと…先生…爺や…メイドさん…。」 京子、美枝子の手を握り引っ張る。 美枝子「キャっ。私を何処かに連れて行こうとしているの?」 京子、首を縦に振る。 美枝子「わ、分ったわ。」 美枝子、服の乱れを正し、京子に連れられて、渡り廊下に出る。そして二人並ん で、薄暗い渡り廊下を歩き始める。 霧山荘・ロビー(夜)、蝶児、香、神無月、野島、麻衣子、勉、真弓、食堂から食 事を終えて、帰ってきている。 香「そうなんだ。真弓さんは、何回かここの荘の御主人の検診に来た事があるのね。」 真弓「ええ。ここ2年ぐらいの話しですけどね。」 香、真弓、ソファーに腰掛けて話している。 蝶児「そろそろ、純か美枝子が、目を覚ましてもおかしくないよな。」 神無月「そうね。でも純君は、雪目と疲労が酷かったから、鎮静剤を打つって言っていた わ。だから明日の朝まで、目を覚まさないでしょう。」 蝶児「そうか、じゃあ美枝子が起きている可能性はあるな、あいつビックリするぞきっと、 目が覚めたら、こんな豪華な荘の中に居るんだもんな。」 神無月「そうね。ちょっと気の毒ね。早く部屋に案内してくれないかしら。そうしたら、 美枝子さん達のところまで行けるのに。」 蝶児、神無月、テーブルに腰掛けて話している。 野島「…。」 野島、渡り廊下の方を見て、何か考えているかの様に、腕を組んで立っている。 麻衣子「アンタは今日のところはもういいわ。部屋に案内されたら、すぐ寝て明日に備え なさい。」 麻衣子、手帳に何か書きながら言う。 勉「そうですか。分りました。」 勉、カメラを磨きながら返事をする。 野島「誰か来た。時間通りだな。」 野島、渡り廊下から歩いてくる執事・大宮司を見て言う。大宮司、自分を待って いたかのように立っている野島を横目に、ロビーに入ってくる。 大宮司「皆様、お部屋の用意が整いました。どうぞこちらへ。」 一同、大宮司の先導で渡り廊下を歩き出す。 蝶児「部屋は二階か。結構、距離があるな。よほど広いんだなこの荘は。」 蝶児、階段を上りつつ言う。 神無月「美枝子さんと純君の部屋は二階の一番奥の部屋よ。階段はここの階段だけらしい わ。」 蝶児の前を歩く神無月が言う。 蝶児「ふーん。何階まで有るのかな?この荘は。」 蝶児、階段の上を見て言う。 霧山荘・二階・渡り廊下(夜)、大宮司の先導に従って、7人が部屋を割り当てら れている。 大宮司「階段を上がってすぐ右手にあるのがサロンです。左手の渡り廊下を行けば両側に 部屋が有ります。ここから向かって右側の並びに有る部屋番号は奇数、左側の並びに有る 部屋番号は偶数です。階段に近い方の部屋から番号は若いです。お部屋の選択はご自由に、 後、注意事項がございます。貴方方には、サロンと他の部屋以外の移動は禁止します。つ まり、二階以外の移動は禁止です。それと夜10時以降はサロンの使用は禁止。そして渡り 廊下の明かりも消えますのでご了承頂きます。明日の朝9時にサロンに御集まりください。 朝食の迎えにあがります。それでは失礼します。」 大宮司、冷淡な声で説明を終えると、三階に姿を消す。 蝶児「夜10時には廊下の明かりが消えるって、つまり就寝時間ってことかよ。」 野島「そのようだな。」 香「まあ良いじゃないの。美枝子に会ってこよっと。」 香、美枝子の部屋へ向かう。 神無月「私も行くわ、香さん。」 神無月、小走りに香を追いかける。 麻衣子「私は1の部屋を使うわ。皆さん、おやすみなさい。」 麻衣子、そう言い残し、1の部屋に入る。 勉「じゃあ僕は、2の部屋を使おうかな。僕も慣れない山登りで疲れているから、これで。」 勉、欠伸をしながら、2の部屋に入る。 蝶児「全部で、ひい、ふう、みい、の12部屋あるのか。美枝子が12の部屋で、純が11 の部屋か、じゃあ俺は10の部屋にしようかな。」 蝶児、10の部屋に向かう。 野島「私は9の部屋にしましょうかね。貴方はどうします?」 野島、傍に立つ真弓に問う。 真弓「実は私は決まっているのですよ。香さんの隣の部屋です。さっき香さんに耳打ちさ れて、私の隣の部屋を選んでね。と言われました。」 野島「ハハハ。そうですか。香の奴、よっぽど貴方と気が合うようですね。確か香は7の 部屋、神無月さんが8の部屋だから、貴方の部屋は6の部屋ですね。」 真弓「そうですか。どうも。」 真弓、野島、各々の部屋へ向かう。 香「おかしいわね。何処に行ったのかしらね美枝子。」 香、神無月、12の部屋から出てくる。 野島「どうした?」 まだ部屋に入る前だった野島が香と神無月に話しかける。 香「美枝子が居ないのよ。何処行ったのかしら。」 野島「目が覚めてトイレか何処かに行ったのではないか?」 神無月「野島さん、それはありません。この二階の部屋の客間全室に、トイレとバスが有 るそうですから。」 三人、暫く考え立ち尽くす。 蝶児「あれっ。どうした?」 蝶児、10の部屋から出てくる。 香「美枝子が居ないのよ。」 蝶児「何だって?何処行ったのだアイツ。それで、純もいないのか?」 香、神無月、野島、ハッとして11の部屋を見る。 野島「確かめよう。」 四人、11の部屋に入る。そこにベッドで寝ている純の姿が現れる。 神無月「よく寝ているわ。起こしちゃ悪いから、静かに廊下に出ましょう。」 四人、音を立てずに11の部屋を出る。 香「居なくなったのは、美枝子だけみたい。」 神無月「まさか外には出ないでしょうから、この荘の何処かに居るはずね。」 野島「美枝子は、ずっと気を失っていた。この荘の厳しい決まりは聞かされていない筈だ。」 神無月「じゃあ、彼女も私達を探してこの荘を徘徊しているかも。そういう事ですね。」 蝶児「探しに行く必要は無いぜ。」 香「どうしてよ。」 香、ムッとして蝶児を見る。 蝶児「俺達を探していようと無かろうと、アイツがここから離れていったなら、ここに戻 ってくる可能性が高い。何しろここがアイツの目が覚めた場所だし、ここでしか眠る場所 が無いはずだ。荷物もここの12の部屋に有るしな。」 野島「成る程な。一理有る。」 野島、感心したように、蝶児を見る。 神無月「確かにそうかもしれないけど、やはり心配だわ、一応ここの執事の人に聞いた方 が良いわね。私、聞いてきます。」 香「私も行くわ先生。」 神無月、香、渡り廊下を歩いて、階段に向かう。 蝶児「全く、美枝子はしょうがねえなあ。」 蝶児、頭を掻きながら言う。 野島「蝶児、お前、携帯電話持ってないか?」 蝶児「何だよ突然。アンタが山登りに貴金属類は持ち込むなって言ったから、今朝方に後 にした旅館に置いていったぜ。まさかここで一晩明かすとは考えてなかったからよ。」 野島「そうか、分った。」 蝶児「電話なら借りれば良いだろ。」 野島「ここの電話は危険だな、盗聴されるかもしれんからな。」 蝶児「はあ?」 野島「蝶児。後は任せたぞ、すまないが俺はちょっと調べる事がある、部屋に戻らさせて もらうぞ。」 野島、9の部屋に向かう。 蝶児「オ、オイ、ちょっと。」 野島「じゃあ、また明日な。」 野島、9の部屋に入る。 蝶児「何言ってんだアイツ。盗聴?調べる事?」 蝶児、12の部屋のドアの前でしゃがみ込む 蝶児「何で俺がここまで来て、廊下に立たされなきゃ行けないんだよ。畜生。」 蝶児、サロンまで一直線に続く渡り廊下を見渡す。 蝶児「二階の造りは一階と比べて結構単純なんだな。サロンかあ、あそこでタバコでも吸 うか、この造りなら誰がどう動こうと、気をつけていればすぐ分るな。」 蝶児、サロンへ向かう。その時、サロンの奥に人の動きが僅かに見える。 蝶児「先客がいるのかな?」 蝶児、サロンに辿り着く十数秒の間に人のけはいが消える。 蝶児「あれ、誰も居ないな。」 蝶児、サロンを見渡しテーブルの一つに近寄り、椅子に腰掛ける。 蝶児「気のせいだったかな?まあ、渡り廊下は暗いからな。」 蝶児、キャビンを胸ポケットから取り出し、一本を咥えて火をつける。 蝶児「フーッ。しかし今日はおかしな一日だったぜ。」 蝶児、吐き出す紫煙を目で追いながら、独り言を言う。 蝶児「あの遭難といい、この荘といい、この荘の人間といい、あのフリーライターのオネ ーサンといい、挙句の果てに美枝子の行方不明と、野島の不可解な言動。色々な事があり 過ぎだぜ。」 蝶児、渡り廊下を見渡しながら言う。 香「何よあの態度。失礼してしまうわね。」 一階から二階に続く階段から、香の声が響く。 蝶児「香だなあの声は、戻ってきたのか。」 香、神無月、階段を登ってきて、渡り廊下に出たところで、サロンに居る蝶児を 見つける。 香「蝶児、美枝子は帰ってきた?」 香、神無月、サロンに入り、蝶児の腰掛けているテーブルに座る。 蝶児「いや、帰ってこないぜ。そっちこそ美枝子の情報は何か聞けたか?」 香「情報なんて聞けなっかたわよ。それどころか大宮司っていうあのお爺さんに、決まり は守りなさい。って怒られたわよ。」 香、怒りを露にして言う。 蝶児「どういう事だ。」 蝶児、神無月の方を見て問う。 神無月「それが、一階を見て回っていたら、礼拝堂のような場所があって、そこで執事の 大宮司さんを見つけたのよ。私達、美枝子さんの事を聞こうとしたけれど、あの人、私達 の姿を見るなり、凄い剣幕で怒鳴り出してね。私達を階段まで連れて、今後決まりを破れ ば、それ相応の扱いをさせて頂きます。と、言われたのよ。引き返すしかなかったわ。」 香「私達、美枝子を探しているのよ。あんな言いかたってあるかしら。本当に失礼よ。」 蝶児「そうか、しかし礼拝堂まであるのか。凄いなこの荘は。」 香「何のん気な事言っているのよ。今はそれどころではないでしょう。」 蝶児「ああ、深刻な事態ってやつか。上には行ったのか?」 香、神無月、互いの顔を見合す。 神無月「それが、三階は階段を上ってすぐにドアが有って、鍵が掛かっていて、入れなか ったわ。」 蝶児「三階は完全に住人専用のフロアー、と、いう事か。」 香「美枝子…、三階に居るのかしら?」 神無月「その可能性も有るし、ひょっとしたら、一階の見ていない未知の部屋に居るかも しれないわ。」 香、神無月、腕組みをして何かを考えているかの様に黙る。蝶児、タバコを灰皿 にもみ消す。 蝶児「美枝子が自分で帰ってくる事を、願うしかないな。香か神無月のどっちかが、美枝 子の部屋で、待っていてやれよ。」 香「じゃあ、私が待つわ。」 神無月「いえ、私が待っているわ。香さんは隣の部屋に、栗原さんを呼んだのでしょう。 呼んでおいて本人が居なかったら、栗原さんに失礼よ。」 香「あっ、そうだった。いけない、いけない。」 香、右手を頭にやって舌を出す。 蝶児「明日の朝になっても、帰ってこなかったら執事も捜索してくれるだろ。今日は、も う寝ようぜ。」 蝶児、テーブルから立ちあがる。香、神無月、も席を立つ。 神無月「あら、野島さんは?」 蝶児「アイツ、何か調べ事があるとか言って、部屋に引っ込んだぜ。」 神無月「そう。何かしら、調べ事って?」 蝶児「さあな。」 蝶児、香、神無月、渡り廊下を歩いている。と、その時、渡り廊下の明かりが消 える。 香「ワッ!」 蝶児「10時か。」 蝶児、10の部屋。香、7の部屋。神無月、美枝子が使っていた12の部屋。各々、 部屋の前に辿り着く。 香「じゃ、オヤスミ。先生、美枝子のこと宜しくね。」 香、7の部屋に消える。 蝶児「何か有ったら、呼んでくれ。じゃあな。」 蝶児、10の部屋に消える。 神無月「オヤスミナサイ。」 神無月、渡り廊下を見渡してから12の部屋に消える。 霧山荘・三階・京子の部屋(夜)、美枝子、京子、しりとりをして遊んでいる。 京子「…ミカン…あ…。」 京子、自分の口を押さえる。 美枝子「また京子ちゃんの負けね。フフフ…。」 京子「お姉ちゃん…別の遊びをしよう…。」 京子、机の引出しからトランプを取り出す。 美枝子「京子ちゃん。私、そろそろみんなの所に行かないと、ひょっとしたら私を捜して いるかもしれないわ。」 美枝子、高級そうな絨毯の上で、正座を少し崩した姿勢で居る。 京子「大丈夫…、ちゃんと送るから…。」 京子、意にも介さずトランプを箱から出す。 美枝子「でも…。」 京子「…お姉ちゃん…つまらないの?」 京子、心配そうな表情で美枝子の表情を伺う。 美枝子「ううん。そんな事無いわよ。」 美枝子、首を縦に振って笑顔を返す。 京子「よかった。」 京子、顔に満面の笑みを浮かべてトランプをきり始める。その時、 ドア「トン、トン。」 京子「…はい…。」 ドア「カチャリ。」 静かにドアが開かれ、霧山荘・京子の家庭教師・幅洋子が入ってくる。 洋子「京子様、お勉強のお時間です。あっ!」 洋子、美枝子の姿を見て驚愕の声を上げる。 洋子「あ、貴方は…。」 美枝子「す、すいません。わ、私、気を失って目が覚めてから、京子さんに会って、それ から…勉強の邪魔をする気は有りません。し、失礼します。」 美枝子、部屋を出ようとする。 京子「あ…お姉ちゃん…。」 京子、美枝子を引き止めようと立ちあがる。 洋子「お待ち下さい。美枝子さん、でしたね。事情は大体分りました。今日のところはも うお休み下さい。それと貴方には、京子様の隣の部屋をお使い下さい。」 美枝子「えっ、でも。」 洋子「御荷物も、すべてお運び致します。」 美枝子「でも、みんなが…。」 洋子「大丈夫です。貴方の友人や先生には、私からお話し致します。」 美枝子「…。」 美枝子、暫く考える。京子、その様子を美枝子のすぐ後ろで見続ける。 洋子「お願い致します。そうして下さい。」 洋子、美枝子に頭を下げて頼み込む。 美枝子「わ、分りました。や、止めてください。事情はよく判りませんけど、私、隣の部 屋で寝させてもらいます。」 洋子「有難う御座います。では、今日のところはお休みください。」 美枝子「はい。京子ちゃん。お勉強がんばってね。」 美枝子、京子の方を振り向いていう。京子の表情が明るくなる。 京子「うん…ありがとう。」 美枝子、部屋を出る。洋子、美枝子の後を追い、隣の部屋へ案内する。そして京 子の部屋に戻る。 洋子「フー。」 洋子、京子の部屋のドアを閉めてため息をつく。 京子「…。」 京子、黙々とトランプを片付ける。そんな京子を見て洋子が、 洋子「京子様、あれほど勝手に一階、二階に行ってはならないと、御主人様に言われてい るのに…。」 京子「だって…。」 京子、机に教科書を出し、席に着いて下を向いたまま呟く。 洋子「京子様のお気持ちも判りますが、御主人様の言いつけは守らなくてはいけません。」 京子「…はい…。」 洋子「しかし、私の不注意のせいでもありますね。後で御主人様に報告しておかなくては いけません。」 京子、ビクッ、と、身体を震わせる。 洋子「大丈夫ですよ。私の責任という事にしておきます。安心してください。」 京子「有難う…先生…。」 洋子「しかし、美枝子さんには気の毒ですが、あの方にはこの荘を出るまで、三階から降 りる事は許されないでしょう。」 京子「じゃあ…私の遊び相手に…なってくれるのね…。」 京子、希望に満ちた目で洋子を見る。 洋子「御主人様に相談致します。さあ、勉強をしましょう。良い子にしていればきっと御 主人様も許してくれますよ。」 京子「…はい…。」 京子、教科書を開く。洋子、京子の傍に座る。 霧山荘・二階・12の部屋(夜)、神無月、窓側に有る腰掛椅子に座り眠っている。 ドア「こんこん。」 ドアがノックされる。神無月、目を覚ます。 神無月「う、うーん。はい。どうぞ。」 ドア「がちゃり。」 ドアが開き蝶児が立っている。 神無月「蝶児君か、どうしたの。」 蝶児「その様子だと、美枝子は帰ってないようだな。」 蝶児、部屋に入る。 神無月「ええ、何処か他の部屋に居るのかしら。」 蝶児「いや、一応二階に有る空き部屋も見たが、誰も居なかった。少なくとも二階には居 ない筈だ。」 神無月「そう、そうなると一階か三階に居ることになるわね。」 蝶児「そこでだ。俺は一階を見回ってくる。三階はどうあがこうと入れなさそうだからな。」 神無月「え!危険よ、止めなさい。」 神無月、身を乗り出して言う。 蝶児「大丈夫だ。俺は香のように馬鹿正直ではない。執事に話しかけたり、見つかったり しねえよ。」 蝶児、部屋を出る。 神無月「あ、ちょ、ちょっと待ちなさい、蝶児君。」 神無月、呆然と蝶児が閉めたドアを見続ける。 霧山荘・二階・渡り廊下(夜)、蝶児、階段の前に居る。 蝶児「さてと、三階は行けないんだよな。じゃあ一階か。」 蝶児、階段を降りる。 蝶児「執事達ももう寝ているだろうな。」 蝶児、一階・渡り廊下に着く。 蝶児「こっから右側に行くと、ロビー、玄関、食堂、が有る筈だったな。」 蝶児、左側の渡り廊下を見渡す。 蝶児「こっち側は何が有るのかな?」 蝶児、左側の渡り廊下を歩き始める。 蝶児「ん、あれは…。」 蝶児、始めに見る大きな扉を見つける。 蝶児「大きな扉だな、閉まってやがる。そうか、ここが香の言っていた礼拝堂だな。」 蝶児、大きな扉の前で暫し立ち止まる。 蝶児「こんな所には居ないだろうな。まあ一応中を見ていくか。」 蝶児、大きな扉の引き手を持って引く。 大きな扉「ギイイイイ!」 蝶児、大きな扉の開く音に、一瞬うろたえる。 蝶児「しまった。」 蝶児、慌てて開いた扉の隙間から、礼拝堂に入り渡り廊下の左右をキョロキョロ と見渡す。 蝶児「何の反応も無いな、危なかったぜ。」 蝶児、ホッと胸をなでおろす。その時、蝶児の背後から何者かが近づき、蝶児の 口に手を、蝶児の胴体に腕を巻きつける。 蝶児「ウグッ!」 蝶児、突然の出来事に何も抵抗が出来ない。 麻衣子「言ったわよね。邪魔はしないでってね。」 蝶児「オ、オネーサ、ウグッ!」 麻衣子、締め付ける力を強める。 麻衣子「喋らないで、あんなに大きな音をさせて、全く。いい、よく聞きなさい。貴方が 何故ここに居るのかも気になるけど、貴方にこれ以上徘徊されたらこっちも仕事がし辛い の、判るわね?」 蝶児、うめきながらコクリと頷く。 麻衣子「そこで貴方をここで、このまま気絶させようかと思うの。」 蝶児「ウーッ、ウーッ!」 蝶児、全身を動かす。 麻衣子「暴れないで、本当に気絶させるわよ。話しを最後まで聞きなさい。」 蝶児、抵抗を止める。 麻衣子「そうそう良い子ね。私は、この荘の構造を把握し、運が良ければ何かしらの証拠 品を見つけようとしているの。あなたの目的は何なの?」 麻衣子、蝶児を締めている腕の力を弱める。 蝶児「お、俺は、ゴホッ、美枝子を捜しに…。」 蝶児、咳き込みながら言う。 麻衣子「そう、じゃあ目的は似たようなものね。お互いにこの荘の構造を把握しなくちゃ いけないものね。どう、蝶児君、私と組まない?ここで気を失うことを考えたら君に選択 の自由は無いと思うけどね。」 蝶児「わ、判ったよ。もういいだろ、離せ。」 麻衣子、蝶児から離れる。 蝶児「ゴホゴホ。」 蝶児、むせ返る。麻衣子、腰に手を置き蝶児を見る。 蝶児「しかし、組むと言ったって、別にアンタの味方になる気はないぜ。」 麻衣子「結構よ。ここに居る以上、貴方も私も立派な犯罪者なのだから。」 蝶児「は、犯罪者?」 麻衣子「そうよ。住居不法徘徊よ。」 蝶児「そんな罪が有るのか?」 麻衣子「この荘にはピッタリの罪だとは、思わないかしら?」 蝶児、麻衣子、暫く呆然と立ち尽くす。 蝶児「判ったもう良いよ。それで、アンタはこの荘の何処まで知っているのだ?」 麻衣子「一階、二階、はもう調べたわ。一階には、玄関、食堂、ロビー、礼拝堂、大広間、 物置、中庭、これらが有るわ。二階は、見ての通りよ。サロンと12の数の部屋。私は一階 に、もうすべて探りを入れたけど、美枝子さん、なんて女の子どころか誰も見ていないわ よ。」 蝶児「そうか。判った。となるとやはり三階に居るんだなアイツ。じゃあな。」 蝶児、礼拝堂を出ようとする。 麻衣子「な、ちょっと待ちなさい。」 麻衣子、蝶児の首根っこを掴む。 麻衣子「良い度胸しているじゃない。約束は守ってもらうわよ。」 蝶児「判った判った。冗談だよ。」 蝶児、麻衣子の方を向く。 蝶児「一体、何をさせようってんだよ。」 麻衣子「言ったでしょう。証拠品を探しているってね。」 蝶児「証拠品?あの17年前の事件のか?」 麻衣子「へえ、意外ね、17年前の事件について知っているの?」 麻衣子、少し怪訝な視線を蝶児に送る。 蝶児「あのカメラマンが言っていたのだ。」 麻衣子「そう、まあそこまで知っているなら、話は早いわ。私は霧山由希子殺しの犯人を 追っているの、17年前この霧山荘で起こった迷宮入りの事件。半ば強引に時効を成立させ た、あの殺人事件の犯人を暴くために、この霧山荘に来たのよ。」 蝶児「半ば強引に?どういう事だ?」 麻衣子「当時、最重要参考人として名前が挙がった人物が、霧山幸造氏。この霧山荘の主 人よ。でも何故か、只の一度も事情聴取を受けることなく、捜査は一年も経たない内に、 打ち切りとなってしまった。」 蝶児「なんだって?何故だ。」 麻衣子「金よ。私の調べ上げた事実によると、あの事件以後、霧山幸造氏は、政界から警 察庁まで、かなりの額の金を流していたのよ。そしていつしか世間が事件のことを忘れて いき、ほとぼりの冷めきった7年前に、時効を迎えてしまった。」 麻衣子、淡々と話し続ける。 麻衣子「私はこの事件に目をつけた。この事件は何か只の殺人事件とは思えなかった。こ の17年前の霧山由希子殺人事件は、なにか因縁めいた何かが隠されている。そう思ってか ら私は躍起になってこの事件を追ったわ。何としても事件の真相を暴いてやろうとね。」 蝶児「確かに酷い話しだな。しかし時効を迎えているんだろ、事件を明らかにしたところ で、どうしようってんだ?」 麻衣子、少し間を置いて、 麻衣子「…さあ、私は好奇心に従って動いてきただけよ。別に正義心から動いているわけ でもないわ。まあ仕事好きからという事ね。」 蝶児「そうか、判ったよ。どうせ俺も少し気になっていたからな、付き合うよ。」 麻衣子「じゃあ早速礼拝堂を調べるわよ。蝶児君は掛かっている絵を手当たり次第調べて 頂戴。私は机と教壇の方を調べるから。」 麻衣子、そう言ってしゃがみ込んで、机の中などを調べ始める。 蝶児「しかし、17年前の事件の手がかりなんて、もう出てこない可能性が高いぜ。」 蝶児、額縁を触って持ち上げながら言う。 麻衣子「確かにね。でもこの礼拝堂は徹底的に調べなくてはならないわ。」 麻衣子、教壇の方へ行く。 蝶児「どうして?」 麻衣子「ここに由希子さんの死体があったからよ。」 麻衣子、教壇に立って自分の足元を指差す。 蝶児「な、成る程。この礼拝堂で殺されたのか。気の毒に。」 蝶児、胸元で十字を切る。 麻衣子「さすがにこの礼拝堂は先入観も有ってか、一人では気味が悪くてね。そんな事を 考えている内に君が飛び込んできたのよ。」 蝶児「成る程、組もうと言った理由が判ったぜ。」 蝶児、首を振りながら絵を見て回る。 麻衣子「ん、これは何かしら?」 麻衣子、教壇の上に落ちている紙切れを見つける。 蝶児「何か有ったのか?」 蝶児、教壇に上がる。 麻衣子「紙切れよ。(鏡は壊れる。鏡の映った世界が真実とは限らない。)何のことかしら。」 蝶児「暗号か?」 麻衣子「一体誰がこんなメモを、ここの執事達の目を盗んでこんなメモを置いておくこと を考えたら、今日の内に、それも今晩、これをここに置いたとしか考えられないわ。」 麻衣子、暫くメモを見たまま動かない。 蝶児「鏡?何のことだ?只の悪戯書きではないのか?」 蝶児、麻衣子の手に持たれた紙切れを覗く。 麻衣子「内容は後で考えるとして、誰がこんな物をここに…。」 蝶児「落ちていたのだろう?」 麻衣子「ばかね。明らかに人為的にここに落として行ったに決まっているじゃないの。」 蝶児「それもそうだな。やはりこの紙切れを落とした奴は、俺達の誰かが、この紙切れを 拾うことを想定して置いて行ったのかな?」 麻衣子「多分ね。この紙切れの内容を、そのまま鵜呑みするわけにもいかないけど、一応 参考までに持っておこうかしらね。」 麻衣子、紙切れをズボンのポケットにしまう。 蝶児「もう何も無いぜ。出ようぜ。」 麻衣子「そうね。行きましょうか。」 麻衣子、蝶児、大きな扉に向かって歩く。 麻衣子「これで明日の朝には、何らかの反応が有るかしらね。注意深く回りの人を見てお くのよ。」 蝶児「何故だ?」 麻衣子「鈍いわね。この紙切れを置いていった誰かが、この紙切れがここから無くなった のを見たら…。」 蝶児「あ、成る程な。判った。俺もちょっと気をつけるぜ。」 麻衣子、大きな扉の前に着き、扉に身体を押し付けて、ゆっくりと扉を押し開く。 大きな扉「キイ。」 大きな扉、小さな音を立てて開いていく。 蝶児「手馴れたもんだな。」 麻衣子、蝶児、開いた大きな扉の隙間から渡り廊下に出る。 大きな扉「キイ。」 麻衣子、同じ要領で、扉を閉める。 麻衣子「さて、これで一階、二階は調べ終えたわ。三階に行きましょうか。」 蝶児「え、三階は…。」 蝶児、麻衣子の顔を見て話そうとするが、麻衣子、蝶児の口を押さえる。 麻衣子「静かに、誰か居る。」 麻衣子、階段側に向かう渡り廊下の先を指差し、渡り廊下の端に張り付く。 蝶児「だ、誰だ?」 蝶児、麻衣子に攣られて渡り廊下の端に張り付きながら、小さな声で麻衣子に問 う。 麻衣子「ここからじゃ遠くて判らないわ。動いちゃ駄目よ。」 麻衣子、蝶児に囁きながらも、人影の動く方を凝視する。 蝶児「こんな時間に一体何を、畜生、渡り廊下の明かりが消えてなければ…。」 麻衣子「喋らないで。」 麻衣子、再び蝶児の口を押さえる。その時、人影がロビーに続く渡り廊下の方に 消える。 麻衣子「行ったわ…フー、危ない危ない、こっち側に来られたらアウトだったわ。」 麻衣子、大きく息を吐く。 蝶児「しかし、誰だったのかな?」 蝶児、人影が見えた渡り廊下の先を見ながら言う。 麻衣子「さあ、確かめたいけどちょっとリスクが大きいわね。私達は今の内に階段を上が るわよ。」 麻衣子、蝶児、階段まで足音を立てぬ様、気を払いながら歩き、階段に辿り着き、 階段をゆっくりと上がる。 麻衣子「まだ喋っちゃ駄目よ。」 麻衣子、小声で蝶児に囁く。蝶児、コクリと頷く。十数秒かけて二階に辿り着く。 麻衣子「さて、ここまで来ればもう大丈夫よ。帰りなさい。」 蝶児「アンタはどうするのだ?」 麻衣子「三階のドアを抉じ開けようかと思ってね、ちょっと危険な冒険になるから、足手 まといの君は帰って良いわよ。」 蝶児「そんな事して大丈夫なのか?」 蝶児、麻衣子の顔を唖然とした表情で見る。 麻衣子「私は大丈夫よ。それと蝶児君、今晩私と会ったことは内密にね。貴方達に騒がれ ると色々とやり辛くなるから。」 蝶児「あ、ああ、判ったよ。」 麻衣子、三階に上がる階段を上っていく。蝶児、麻衣子の後ろ姿を見守る。 麻衣子「じゃあね、蝶児君。」 麻衣子、折り返しの階段を上る時、蝶児の姿を見てウインクする。 蝶児「危ないことをしやがるぜ。三階は恐らくここの住人達の専用フロアーだろうに。」 蝶児、麻衣子の姿が見えなくなりサロンの方を見る。 蝶児「サロンの明かりも落ちているな、自分の部屋に帰るか。」 蝶児、10の部屋に向かう。 蝶児「結局、美枝子は居なかったな、そうだ、一応美枝子の部屋を覗いていくか。」 蝶児、12の部屋を訪れる。 ドア「コンコン。」 蝶児、ドアをノックする。 神無月「ア、ハイ、どうぞ。」 部屋の中から、神無月の眠そうな声がする。 ドア「ガチャリ。」 蝶児、ドアを開き中に入る。 霧山荘・二階・12の部屋(夜)、蝶児、神無月、香、真弓、部屋の中で話し合って いる。 蝶児「何だって、美枝子は三階に居るって?」 神無月「そうなのよ。さっき幅さんという人が来て、美枝子さんの荷物を運ぶ際に私に言 って行ったわ。」 神無月、窓際の腰掛椅子に座りながら言う。 香「それで、神無月先生は一応会わせてって、言ったけど駄目だって、断られたんだって。」 香、ベッドに寝返りをうちながら言う。 蝶児「どうして駄目なんだよ。おかしいじゃないか。」 蝶児、絨毯に胡座をかいて言う。 神無月「それで強引に荷物を持って行ったのだけれど、香さんや野島さんにも伝えておこ うと思って…。」 香「その話しを聞いて、私、栗原さんにちょっとここの人の事を聞きたくて、夜遅く悪か ったけど、呼んじゃったのよ。」 香、真弓の方に身体を向けて言う。 神無月「本当にすみません。お休みだったでしょうに…。」 神無月、真弓に頭を下げる。 真弓「いいえ、私も寝付けなかった所です。気になさらないで下さい。」 真弓、首を縦に振る。 香「栗原さんって本当にいい人ね。有難う御座います。」 香、ふかぶかと頭を下げる。 真弓「良いのよ、香ちゃん。気にしないでね。」 真弓、鏡台にある席に座って言う。 蝶児「それで、野島はどうした?」 神無月「9の部屋に行ったのだけど、ノックをしても返事が無かったのよ。もうお休みの様 だったから、朝に伝えることにしたわ。」 蝶児「そうか、しかし何で美枝子の奴、三階で寝る羽目になったのかな?」 香「さあ、そこが問題なのよね。」 香、ベッドで胡座をかく。 蝶児「それに会わせてくれないってのは、どういう了見なんだよ。」 神無月「私達に会わせたくないような感じだったわ。」 香「もしそうだとしたら、どうして会わせたくないのかしら?」 真弓「恐らく、三階に居る美枝子さんは、何らかの形で、三階に上がってしまったのでは ないでしょうか。」 真弓、膝に手を置いた姿勢のまま言う。 神無月「どういう事ですか?」 真弓「少し話は長くなりますが、霧山荘は三階建てからなる非常に珍しく、美しく、且つ 豪華な造りで、完成当時は白馬村の村民の注目を集めました。この霧山荘が完成したのは 今から17年前の事です。」 蝶児「17年前?」 蝶児、思わず声を出す。 真弓「そうです。あの霧山由希子さんが殺された年に完成しました。実際、由希子さんが 亡くなったのは、霧山荘が完成してから、一ヶ月後の事でした。」 香「な、何よそれ、ひ、人が、こ、殺されたの?こ、ここで?」 香、目を見開き、真弓を見る。 神無月「そう言えば、あの麻衣子さんも事件を追ってここに来たって…。」 神無月、目が覚めたかのように口調を強める。 真弓「恐らく、あのフリーライターの方は由希子さんの事件の事を言っておられたのでし ょう。そして、霧山というこの山に建っていることもあり、ここから一番近い白馬村まで の距離は今日、皆さんが感じた通りです。ですから、人がめったに来ませんから、外界か ら遮断された荘とまで言われる様になりました。あの殺人事件が駄目押しでした。」 真弓、伏せ目気味に話す。 蝶児「そして、由希子殺しの犯人は結局判らなかった。」 真弓「はい。時効を迎え、白馬村では益々悪い評判が立っていきました。殺人犯の住む隠 れ家だ、等と。」 蝶児、香、神無月、息を呑んで次なる真弓の言葉を待っている。 真弓「ですが、ここ二年程、霧山幸造氏の体調が悪くなり、月に一回、白馬村で唯一の医 者の私が、霧山荘に検診に訪れるようになりました。しかし、検診はいつも一階の大広間 で行われました。二年間、只の一度も三階に私が上がる事は許されませんでした。」 蝶児「ヒュウ。」 蝶児、思わず息を大きく洩らす。 真弓「今まで、私意外の来訪者達も三階は、断固として入らせて貰えなかったそうです。」 香「どうして、三階には一体何が…。」 真弓「判りません。ですから、美枝子さんという方が三階で寝泊りすると聞いて、正直、 驚きました。」 真弓、三人の顔を見渡して言う。 神無月「美枝子さんは、きっと三階に上がってしまい、帰してもらえなくなったのかもし れないわ。」 神無月、片手を顔に当てて言う。 蝶児「何てこった、アイツ…無事なのだろうな…。」 蝶児、頭を掻きながら呟く。 香「わ、私、何を浮かれていたんだろ。ここでそんな事が有ったなんて…。」 香、ベッドに腰掛けて、小刻みに肩を震わせる。 真弓「恐らく、霧山幸造氏の一人娘、京子さんに会ったのではないでしょうか?」 神無月「娘さんが居るのですか?」 真弓「はい。お若く、美しいお嬢さんがいらっしゃいます。しかし土地柄、友人もいらっ しゃらない様ですから、美枝子さんを遊び相手として連れていったのでは…。」 蝶児「京子っていうお嬢様は、幸造氏と由希子さんの?」 真弓「…はい…。今年で17歳となります。」 香「17歳…。」 神無月「じゃあ、由希子さんは、京子さんを産んですぐに…。」 真弓「はい。気の毒な方です、子育ても知らずに他界されました。」 真弓、伏せ目がちに言う。 香「かわいそうに…。」 香、口に手をやりつつ呟く。 蝶児「しかし、京子お嬢さんが美枝子を連れ出したとなると、恐らくここの住人達にとっ ても厄介な事だろうな。」 香「どうして?」 蝶児「今まで、住人以外の人間を入れなかった者を、三階に入れちまったんだからな。」 蝶児、香、神無月、真弓、暫く沈黙する。 霧山荘・一階・ロビー(夜)、野島、電話機の前に居る。 野島「そうか、悪かったな夜遅くに、それじゃあ。」 野島、電話を切る。 野島「やはり、そうだったか、ここがあの霧山荘だったとはな。」 野島、安楽椅子に腰掛けて呟く。 野島「さて、部屋に戻らないとな…。」 野島、安楽椅子から立ちあがる。その時、野島の背後から野島の頭めがけて、何 かが振り下ろされる。 衝撃音「バキッ!」 野島「ぐわっ!」 野島、突然の殴打に前のめりに倒れる。 野島「な、なんだ?」 野島、頭から流血し、視界が血によって赤くなる。 衝撃音「バキッ!」 倒れた野島に、再び何かが頭に振り下ろされる。 野島「グッ!」 二撃の殴打により、おびただしい血が、野島の頭から流れる。 野島「だ、誰…だ…。」 野島、襲撃者の正体を見極めようと、懸命に顔を上げようとする。 衝撃音「バキッ!」 振り向いた野島の顔面めがけ、何かが振り下ろされる。 野島「…う…うああ…だ…誰…だ…。」 三度目の殴打で、野島は更におびただしい血を流し、小刻みに痙攣を起こしなが ら、仰向けに倒れる。 衝撃音「バキッ!バキッ!バキッ!」 襲撃者、絶命した野島に、なお容赦無い殴打をただただ繰り返す。 霧山荘・三階・由希子の部屋(夜)、美枝子、洋子、が居る。 美枝子「そ、そんな、この荘を出るまで皆と会えないって、どういう事なんですか?」 洋子「申し訳ありません。しかし、三階にいらっしゃる間、あなたのご要望は極力聞きま すので、ご理解頂きたいのです。」 洋子、ソファーに座っている美枝子に、立ったまま姿勢を崩さず言う。 美枝子「部屋からも出られないのですか?」 洋子「部屋から出て行かれる場合、私が貴方を案内せよとの事です。」 美枝子「じゃあ、皆の所に案内してください。」 洋子「御主人様は、貴方を案内するのは三階のみとおっしゃりました。ですから、それは 出来ません。」 美枝子「じゃあ、皆は?」 洋子「他の皆様は、一階と二階の使用を御主人様は、認められました。ですが、三階の使 用は認めておりません。」 美枝子「そうですか。どうして他の皆を三階は使わせないのですか?何か理由が…。」 洋子「美枝子さん。一つだけ言わせて頂きます。貴方方は遭難者です。その貴方方を救助 したのは私達、そして御主人様だという事を御忘れなく。余計な詮索は止めて頂きたく存 じます。」 洋子、一瞬、美枝子に向ける視線を強める。 美枝子「は、はい。すいません。余計な事を聞きました。」 美枝子、俯いて頬を赤く染める。 洋子「では、用が有る時は、ここに有る内線専用電話をお使い下さい。すぐに私が用を伺 いに参ります。では、失礼致します。おやすみなさいませ。」 洋子、部屋を出る。 美枝子「何か、何かおかしいわ、この荘…。」 美枝子、部屋の窓から、外の吹雪を眺める。 3・惨劇の幕 霧山荘・一階・渡り廊下(朝)、黒川、朝恵、霧山荘の朝に備えて、一階の各部屋 を点検しながら回っている。 黒川「まだ皆様はお眠りの様だ。」 黒川、朝恵、ロビー、食堂の有る方向の渡り廊下を進む。 朝恵「黒川さんはどう思います。あの遭難者達を?」 朝恵、黒川の後ろを歩きながら言う。 黒川「今時の若い者は嫌いでな、あまり干渉したくないのだ。特にあの平島とかいうフリ ーライターは、若気の至りが見える。気に入らんな。」 黒川、淡々と答える。 朝恵「そうですね。あの女は要注意ですね。この荘の事を知り尽くしているかのような口 調が、私も気に入らないのです。」 朝恵、頷きながら、言う。 黒川「しかし、吹雪が止まんな。あの遭難者達をもう一日匿わんと行かんな。」 朝恵「やれやれ。参りましたね。」 黒川、朝恵、渡り廊下からロビーに向かう。 黒川「ん、誰か居るのか?」 黒川、ロビーに誰かが倒れているのを、渡り廊下を歩きながら見つける。 朝恵「あ!ああ…く、黒川さん!ロ、ロビーがあんなに血だらけに…!」 朝恵、ロビーに小走りに近寄り、異様な光景を見て、思わず叫ぶ。 黒川「な、何という無残な…。」 黒川、ロビーの入り口に立ち、野島の変わり果てた姿を見て、暫し呆然と立ち尽 くす。 朝恵「こ、この人は、確か野島という遭難者の一人です。い、一体誰が…?」 朝恵、死体を凝視しながら、冷静に思考を巡らす。 朝恵「警察を…呼びますか?」 朝恵、黒川の方を見る。 黒川「…。」 黒川、何も答えずに呆然と死体を見続ける。 朝恵「黒川さん!」 黒川「ん、ああ…、そうだな、警察には私が連絡する。君は御主人様にこの事の報告を、 そして遭難者達をサロンに集めなさい。いいな?」 朝恵「判りました。死体はどうします?」 朝恵、死体に視線を戻し、落ち着いた口調で言う。 黒川「触れないでそのままにしておこう。現場検証の時に厄介な事に巻き込まれたくは無 い。このロビーも警察が来るまで、使用禁止にしよう。後でここの扉は閉めるぞ。」 朝恵「そうですね。では私はまず、御主人様にご報告してきます。」 朝恵、階段に向かう。 黒川「…警察か…。」 黒川、ロビーの扉を閉め、大広間の電話を使うべく、移動する。 霧山荘・二階・サロン(朝)、野島、純、を除いた二階で寝ていた全員が、集まっ ている。 蝶児「おいおい、なんだよこんな朝早く。まだ6時だぜ。」 蝶児、欠伸をしながらぼやく。 香「ハーア…私、3時間ぐらいしか寝てないのよ。眠いわ。」 香、大きく背伸びして言う。 真弓「何でしょうか、こんな朝早くに。」 真弓、同じテーブルに腰掛けている神無月に話しかける。 神無月「何かここの朝の集会か何かなのでしょうか?栗原さんはここの荘に泊まった事は 無いのですか?」 真弓「数回ありますが、この様に朝早くに呼ばれる事は…。」 神無月「そうですか…、何か有ったのでしょうか?」 神無月、真弓、下を向いて沈黙する。 麻衣子「おはよう。元気?」 麻衣子、蝶児の背後から近寄り、肩を叩いて言う。 蝶児「お、おお。」 蝶児、呆然と麻衣子の顔を見る。 麻衣子「しっかり睡眠はとらないと駄目よ。クマが出ているわ、夜遊びは控えなさい。」 麻衣子、そう言い残し、壁に掛けられた大きな絵を見に行く。 香「何よ今の。」 香、蝶児にきつい視線を送る。 蝶児「え?」 香「アンタ、あの女と何か有るわけ?」 蝶児「はあ?」 蝶児、驚いた表情を香に向ける。麻衣子、絵を一通り見終え、サロンの隅でカメ ラを持って立っている勉の方へ行く。 麻衣子「おはよう。どうしたの?元気が無いのね。」 麻衣子、勉のボーっと突っ立ている様子を見て言う。 勉「あ…おはよう御座います…。」 勉、そっけない挨拶をする。 麻衣子「貴方大丈夫?昨日はちゃんと寝たの?」 勉「ええ…ちゃんと寝ましたよ…。」 勉、充血した赤い目で麻衣子の顔を見て言う。 麻衣子「そう、今日も仕事なんだから、しっかりしてよね。」 麻衣子、そう言うと、勉、コクリと頷く。 麻衣子「本当に大丈夫かしら。」 麻衣子、暫く勉の覇気の無さに、首を振って頭を押さえる。 大宮司「おはよう御座います。朝早く御集まり頂いて申し訳ありません。」 サロンに大宮司、朝恵、が入ってくる。一同、入ってきた二人に注目する。 大宮司「今朝、過労で眠っていらっしゃる純様を除いた皆様に、重大な報告が有ってここ にいる井上に、皆様を集めさせました。」 蝶児、不意に顔を顰める。 蝶児「待てよ、野島がまだ来てないぜ。呼んで来ようか?」 大宮司「その必要は有りません。井上は始めから、野島様が使っていた9の部屋には行っ ておりません。」 大宮司、やや伏せ目がちに言う。 蝶児「どういう事だ?今、純を除いた皆様、と言っただろ。」 大宮司「実は重大な報告とは、その野島様の事なのです。皆様、今朝、黒川とここに居る 井上が朝の点検の為、一階に向かったところロビーにて、野島様の遺体を発見しました。」 一同、唖然として何も言わず大宮司の顔を凝視する。 蝶児「な、何を言っているんだ?」 蝶児、目を見開いて大宮司を見る。 大宮司「野島様は頭を割られ、死んでいたそうです。」 蝶児「何を言ってんだ!人をからかうのは止めろ!」 蝶児、大宮司に詰め寄り、胸倉を掴む。 朝恵「無礼な!」 大宮司の横に居た朝恵、蝶児の腕を掴んで背中の後ろに回す。 蝶児「痛てて、離せこの野郎!」 神無月「や、止めなさい!蝶児君!落ち着くのよ!」 大宮司「手荒な事はするな朝恵。」 朝恵「はい。」 朝恵、蝶児を床に跳ね飛ばす。蝶児、勢い余って神無月と真弓の居るテーブルに ぶつかる。 香「蝶児!」 神無月「大丈夫!蝶児君!」 香、神無月、真弓、蝶児に駆け寄る。 麻衣子「どういう事ですか?詳しく御教え下さい。」 真弓、腕組みして壁に寄りかかったまま大宮司に問う。 大宮司「野島様は恐らく、昨晩の10時から発見されるまでの今朝5時までの間に、殺害さ れたものと思われます。」 香「殺害…?」 香、ハッとして顔を上げ、周りを見る。 麻衣子「吹雪は見ての通り昨日から一向に止まない。この状況で、霧山荘に野島さんが殺 されたと思われる時間帯に、何者かが来る可能性は有りますか?」 大宮司「殆ど0に近い可能性です。皆様、御存知の通り霧山荘は、霧山の山頂付近に有る 事から、この吹雪の中を、一番近い白馬村からでもこの荘に辿り着く事は、奇跡に近い事 です。」 麻衣子「となると、やはり野島さんを殺害した犯人は…。」 大宮司「はい。この霧山荘に居る誰かが、という事になります。」 大宮司、頷いて答える。一同、暫く呆然として大宮司の顔を見続ける。 黒川「大宮司さん。ちょっと…。」 黒川、渡り廊下からサロンに入って来、大宮司に何やら耳打ちする。 大宮司「そうですか。判りました。」 大宮司、フウッと息を吐く。 大宮司「皆さん。黒川が警察に連絡を入れたのですが、吹雪の為、来られないそうです。 吹雪が止み次第、駆けつけるとの事です。」 神無月「何ですって、それじゃあ野島さんを殺した犯人と、ここで吹雪が止むまで一緒に 過ごす事に…。」 香「人殺しが…この荘に…。」 一同、身動き一つ取らずに血の気が引いた顔をする。 大宮司「では、報告は以上です。なお、一階・ロビーの使用は堅く禁じます。警察が到着 した時に現場検証の妨げとなりますので。朝食は予定より1時間遅れの10時に御用意致し ます、10時になりましたら食堂に御集まりください。」 大宮司、黒川、朝恵、ロビーをから消える。 麻衣子「偶然にして、とんでもないスクープを手にしたものね。殺人事件にご対面とはね。」 麻衣子、勉の方を見る。 麻衣子「一階に行くわよ。」 勉「あ…はい…。」 勉、フラリと歩き始める。 麻衣子「しっかりしなさいよ。だらしが無いわね。」 麻衣子、勉、サロンから出て、階段を降りていく。 香「フリーライターは根性が座っているのね。」 香、皮肉を込めた言い方をする。しかし、肩を小刻みに震わせる。 真弓「野島さんという方、貴方方の近しい人だったのですね。御気持ちお察しします。」 神無月「どうも。しかし、どうして…何故、野島さんが殺されたのでしょうか…。」 神無月、手を合わせて額の前に持っていき考え込む。 蝶児「…アイツ…何か殺されなきゃならない…理由があったのか?」 蝶児、朝恵に掴まれた腕をさすりながら言う。 神無月「理由…殺された理由…一体何故殺されたのですか?野島さん…。」 神無月、目を閉じて呟く。 香「美枝子、大丈夫かな。」 香、天井を仰ぐ。蝶児、神無月、真弓、香の一言に天井を仰ぐ。 霧山荘・三階・スタッフルーム(朝)、朝恵、洋子、テーブルに腰掛けている。 洋子「エッ!本当ですか!そ、そんな恐ろしい事が…。」 洋子、紅茶を入れている最中だったので、思わず紅茶をカップからこぼす。 朝恵「紅茶がこぼれているわよ。」 朝恵、紅茶を飲みながら落ち着いた感じで言う。 洋子「す、すいません。動揺しました。」 洋子、テーブルにこぼした紅茶を拭き取る。 洋子「しかし、警察沙汰になりますね。」 朝恵「大宮司さんと黒川さんに任せておけば良いわ。」 朝恵、淡々と紅茶を飲みながら話す。 朝恵「例え警察が来ようとも、この荘の三階には入れさせないでしょうものね。」 洋子「そんな事出来るのですか?」 朝恵「出来るわよ。大宮司さんと黒川さんは、御主人様と共に17年前の事件すらもみ消し た方達なのよ。忘れたの?」 朝恵、洋子の顔を見て言う。 朝恵「私や貴方は、この荘に来てまだ数年だけど、大宮司さんと黒川さんは、もう何十年 も御主人様に連れ添ってきたのよ。年季が違うわ。」 朝恵、紅茶に視線を戻し、紅茶の飲み口を指でさする。 洋子「じゃあ、警察沙汰は免れるとしても、問題は犯人が誰か、という事ですね。」 洋子、こぼした紅茶を拭き終え、カップに紅茶を注ぎ、椅子に座る。 朝恵「遭難者達の誰かでしょうけど、全く迷惑な話だわ。」 洋子「京子様と美枝子さんには、話さない方が良いですね。」 朝恵「あら、どうして?」 朝恵、不可思議な表情をして洋子を見る。 洋子「京子様に言わないのは当然の事ですが、美枝子さんに話せば、野島さんの死を聞い てショックを受けるはずです。」 朝恵「別に良いじゃない。美枝子って子がショックを受けようと私達には関係無いわ。」 洋子「違うのです。驚いた事に、京子様が、美枝子さんに非常に興味をもってしまってい るのですよ。ですから、美枝子さんが落ち込んでしまっては、京子様の事だからきっと何 か有ったのだろう、と推測するに違い有りません。」 朝恵「…。」 朝恵、黙って紅茶を飲む。 洋子「いわば、美枝子さんを落ち込ませる事は、京子様を疑心暗鬼にさせる様なものなの ですよ。」 洋子、瞼を閉じて紅茶を飲む朝恵の顔を見る。 朝恵「判ったわ。美枝子さんと京子様には、事件の事は隠しておく様にするわ。貴方も気 をつけて美枝子さんと接するのよ。」 洋子、コクリと頷く。朝恵、紅茶を飲み終える。 朝恵「さて、朝食の準備に行くわ。貴方はどうするの。」 洋子「京子様の室内庭園巡りに同行するのですが、美枝子さんも連れて行きます。」 洋子、紅茶を飲む。 朝恵「そう、京子様のお願いなの?」 洋子「はい。」 朝恵、スタッフルームを出る。洋子、紅茶を飲み終え、ティーポットとカップを キッチンに運ぶ。 洋子「京子様のお願いか…。」 洋子、独り言を呟きながらカップを洗う。 霧山荘・一階・渡り廊下(朝)、麻衣子、勉、ロビーの前に居る。 麻衣子「しっかりと扉に鍵が掛かっているわ。これではお手上げね。」 麻衣子、腰に両手を当て言う。 勉「…。」 勉、呆然とロビーの閉ざされた扉を見つめる。 麻衣子「とても取材をさせてくれる人達とは思えないわ。ここは開けてもらえないでしょ うね。」 麻衣子、勉の方を向く。 麻衣子「外に出るわよ。」 勉「…どうして?」 麻衣子「窓の外から写真だけでも取るのよ。さあ、行くわよ。」 麻衣子、勉、玄関に向かう。その時、食堂の方から黒川がやって来る。 黒川「いかがなされましたか?朝食は10時です。まだ早いですが。」 黒川、麻衣子と勉の前に立ち塞がるように、立ち止まる。 麻衣子「いえ、別に食事を摂りに来たわけでは有りません。ちょっと…。」 麻衣子、いきなり黒川に言われて、少し焦りつつ言う。 黒川「ロビーに用事が有ったのですか?」 黒川、睨みつけるかの様な視線を、麻衣子に送る。 麻衣子「…少し写真を撮らせてもらおうと思いまして。」 麻衣子、冷静な声で言う。 黒川「やれやれ、困った物ですな。フリーライターという職業は、人の死まで仕事に生か そうとするのですか?」 黒川、軽蔑の眼差しを麻衣子に送る。 麻衣子「…。」 麻衣子、唇を噛んで下を向いている。 黒川「恐らく、ロビーに入れないと判り、窓の外から写真を撮ろうとしたのでしょうが、 残念ながらロビーの窓は全て閉めております。」 麻衣子「そうですか。大変参考になります。」 黒川、麻衣子の一言に、一瞬、身体全体を震わせるが、 黒川「いいですか。前に申した様に、なるべくこの荘を勝手に歩き回る事は、御控え下さ い。それと、老婆心からですが、あまり、死者の冒涜に値する事は止めた方が宜しい。死 んで尚、辱められては救い様が有りません。それでは失礼致します。」 黒川、麻衣子と勉の横を通り、渡り廊下を歩いていく。 麻衣子「余計な御世話よ。死者を冒涜したのは、貴方達でしょうに…。」 麻衣子、黒川が去って行った渡り廊下の方を振り向いて呟く。 霧山荘・三階・由希子の部屋(朝)、美枝子、ベッドに腰掛けて、窓の外の吹雪を 眺めている。 美枝子「まだ吹雪は止まないわね。今日は帰れないかもしれないわ。」 ドア「コンコン。」 部屋のドアがノックされる。 美枝子「はい。」 ドア「カチャリ。」 ドアが開かれ、京子と洋子が渡り廊下に立っている。 洋子「おはよう御座います。」 美枝子「おはよう御座います。」 京子「おはようお姉ちゃん…やっぱりまだ居たわ…。」 京子、美枝子の傍に行き、美枝子の顔を覗く。 京子「今日はね…私が…お姉ちゃんを楽しませるの…。」 美枝子「楽しませる?」 洋子「京子様と御一緒に、霧山荘の三階にある室内庭園巡りに御連れしようと思い、貴方 を御呼びに参ったのです。」 洋子、部屋には入りつつ言う。 美枝子「室内庭園巡り?」 洋子「はい。室内庭園は、この三階の中心に有り、様々な観葉植物が、埋けてあります。」 京子「私の…一番好きな所…。」 京子、美枝子に笑顔を向ける。 美枝子「有難う。京子ちゃん。一緒に連れて行ってくれるの?」 京子「うん!」 京子、大きく首を縦に振る。 洋子「朝食前の良い運動にもなります。行きましょう。」 美枝子「はい。行こうか、京子ちゃん。」 京子「うん。」 美枝子、京子、洋子、部屋から出て室内庭園に向かう。 霧山荘・二階・11の部屋(朝)、蝶児、香、神無月、純を囲む様にベッドの傍に 立っている。 純「えっ!蝶児君、今、何て言ったの?」 純、起きたばかりの寝顔を擦りながらベッドから起き上がる。 蝶児「冗談じゃねえんだよ。俺も、今だに信じらんねえけどよ。」 純「だって、そんな…。」 純、ベッドに腰掛けながら、信じられないと言った顔を、蝶児に向ける。 神無月「ショックなのは判るけど、今は私達も、気を付けないといけないの。純君、貴方 もしっかりこの現実を見据えて、身を守るのよ。」 純「な、なんで、こんな事に、どうして野島先生が…。」 蝶児「判らねえ、だが、何かアイツは変だったのだ。」 香「え、何か知っているの?蝶児?」 香、純、神無月、蝶児の顔を見る。 蝶児「野島の奴、昨日の晩、皆で美枝子を探している時に、携帯電話を持ってないか?と か、ここの電話は盗聴される。とか、調べる事が有る。とか、言っていたな。」 神無月「…どういう事かしら、携帯電話、盗聴、調べ事。つまり野島さんは、誰かに電話 をして、調べ事を聞く気だったのかしら…。」 神無月、首をかしげる。 香「この荘について何か、知っていたのではないかしら?」 蝶児「アイツが?何を?」 蝶児、香の顔を見る。 香「だって、この荘の電話は盗聴されるかもしれないって言ったんでしょ?という事は、 この荘についてもう、疑念の目を向けていたのよ。だからきっと、調べ事はこの霧山荘の 事だったのよ。」 蝶児、純、神無月、ハッとして、香に視線を向ける。 蝶児「そういえば、何でこんな単純なことに気が付かなかったかな。」 純「ま、待ってよ。どうして野島先生が、この荘の事を知っているの?」 神無月「多分、社会学教授として、大きな事件の有ったこの霧山荘について、何らかの知 識を積んでいたのね。だから…この荘の何かを詳しく調べようとして…。」 蝶児「この荘の何か、か。」 蝶児、腕組みする。 神無月「確かに、ここに来てから、おかしな点が多すぎるわ。如何にも何か重大な秘密を 隠している感じがする。」 香「その秘密をかぎつけたから、殺された…。」 純「そ、そんな、じゃあこの荘の人達が野島先生を…。」 蝶児「恐らく、この荘に居る誰かだろうな。まったく俺達、遭難者には迷惑な話しだぜ。」 蝶児、天井を仰ぐ。 霧山荘・三階・室内庭園(朝)、美枝子、京子、洋子、渡り廊下から、室内庭園に 入る。そこで、初老の老人が車椅子に乗って天井を仰いでいる。黒川、初老の老人が乗っ ている車椅子の手摺を持っている。 洋子「あ、御主人様。」 洋子、初老の老人に御辞儀をする。 美枝子「この人が、この荘の御主人…。」 美枝子、車椅子に乗った、色眼鏡をかけ、白髪だらけのふさふさした髪をきちん と整え、立派な口髭を携え、普段着にガウンを羽織った、初老の老人を見る。 幸造「幅か。京子もそこに居るのか?」 幸造、声のした方向を見て言う。 幸造「京子。お前も居るのだろう?返事をしなさい。」 幸造、キョロキョロと顔を左右に軽く振って言う。 美枝子「!」 美枝子、幸造を見てハッとする。 洋子「京子様、御主人様が御呼びですよ。御挨拶を。」 洋子、美枝子の横に居る京子を見て言う。 京子「おはよう…ございます…お父様…。」 京子、俯いて呟く。 幸造「おお、京子よ、今の私にとって、お前の声を聞く事が何よりの楽しみだよ。」 幸造、声のした方向を向いて言う。 黒川「幅、そちらの方が美枝子さんだな。」 洋子「はい。京子様の御希望で、御連れ致しました。」 美枝子「ど、どうも、昨日は大変御世話になりました。お陰で助かりました。」 美枝子、幸造と黒川に御辞儀する。 黒川「今日にでも帰してあげたいのですが、外は相変わらずの吹雪です。今しばらく御辛 抱頂きたい。」 美枝子「と、とんでも有りません。こちらこそ、その、あの、また御厄介になってすみま せん。」 美枝子、頭を下げる。 京子「お姉ちゃんを…いじめないで…。」 京子、黒川の方を見る。 幸造「どうした?京子?」 美枝子「違うのよ、京子ちゃん。御世話になっているのは私なのよ。」 美枝子、京子の方を見る。 京子「…。」 京子、冷ややかな視線を黒川に送る。 洋子「御主人様、朝食は召し上がりましたか?」 幸造「いや、まだだが。」 洋子「でしたら、京子様と御一緒に召し上がられては…。」 京子「嫌!」 京子、洋子が言い終える前に、ヒステリックに言う。 洋子「きょ、京子様!」 幸造「ハハハ、良い。今日は京子の機嫌が悪い様だ。」 洋子「申し訳ありません。御主人様。」 美枝子、呆然として京子を見つめている。 幸造「さて、私はそろそろ戻るとするか。朝食は一人で摂るとするよ、京子。」 京子、幸造を無視するかの様に、観葉植物を眺めている。 幸造「行こうか、黒川。」 黒川「はい、御主人様。」 幸造、黒川に車椅子を押させて、美枝子達とは反対方向の渡り廊下に向かう。 洋子「京子様、御主人様が可哀想ですよ。あんなに冷たくなされては。」 京子「…いいの…だって私…嫌いだもん…。」 京子、観葉植物を眺めつつ言う。 美枝子「洋子さん、ひょっとしたら御主人は目が…。」 美枝子、横にいる洋子に問う。 洋子「はい、ここ2,3年で急に目を患い、今ではもう殆ど何も見えておりません。」 美枝子「そうですか、お気の毒に。」 京子「天罰…。」 美枝子「え?」 美枝子、京子の方を見る。 京子「天罰なの…お母さんを…苦しめている天罰…。」 京子、観葉植物を眺めながら、嬉しそうに言う。 美枝子「…。」 洋子「美枝子さん。」 洋子、美枝子の方を向いて、何かを言おうとしている美枝子を、首を振って制す る。 洋子「京子様、そろそろ戻りましょうか。朝食の御時間です。」 京子「お姉ちゃんと一緒に…食べる…。」 洋子、少し間を置いて、 洋子「構いませんよ。美枝子さん、御一緒にいいですよね。」 美枝子「あ、はい。」 洋子「さあ、行きましょう。」 美枝子、京子、洋子、来た道を通り、渡り廊下に出る。 霧山荘・一階・食堂(朝)、蝶児、香、純、神無月、真弓、麻衣子、勉、席につい て、朝食を摂っている。 蝶児「どうした?純?お前、昨日の晩から食べてないんだろ?食えよ。」 蝶児、隣席につき、朝食に手をつけない純に言う。 純「うん、なんかさ、色々と有り過ぎて混乱しちゃってるみたいで…。」 純、身体を震わす。 香「何よ、だらしが無いわね。あんたそれでも男なの?」 香、純の正面で朝食を摂りながら、言う。 神無月「純君、貴方も食べなきゃ駄目よ。体力を養っておく必要があるわ。万が一の事も 考えるとね。」 神無月、意味深な事を言い、スープを啜る。 純「有難う、食べるよ。」 純、朝食に手をつけ始める。 麻衣子「栗原さん、後で少しお話しが有るのですが、宜しいかしら?」 麻衣子、正面に座っている、真弓を見て言う。 真弓「はい、何でしょうか?」 麻衣子「食事中にはちょっと言えない事ですので、後で…。」 真弓「はあ…。」 真弓、判らないといった表情を、麻衣子に向ける。 神無月「何の話しが有るのかしら?」 神無月、麻衣子の顔を見て言う。 麻衣子「ちょっとした世間話よ。」 麻衣子、神無月の方を見ずに言う。 神無月「私達には言えない事なのかしら?」 麻衣子「別に言っても良いけど、私は気を使って、ここでは遠慮してるのよ。」 麻衣子、神無月の顔を見ず、スープを啜りながら言う。 香「言いなさいよ。気になるでしょう。」 麻衣子「言っても良いの?」 香「何を勿体つけているのよ、皆の前で言いなさいよ。」 香、挑戦的な目で、麻衣子を見る。 麻衣子「じゃあ言うわ、栗原さん…。」 真弓「は、はい。」 真弓、かしこまって名を呼ぶ麻衣子に、思わず背筋を伸ばす。他の人も麻衣子の 顔に視線を送る。 麻衣子「貴方に、野島さんの死体の検視を願いたいのです。」 香「ウッ!」 香、思わず口に両手を当てる。他の人も何人か、香と同じ事をする。 蝶児「成る程、死亡推定時刻を確認したいんだな?」 蝶児、パンをかじりながら言う。 麻衣子「よく判ったわね、その通りよ。」 麻衣子、感心したかの様な顔で、蝶児の顔を見る。 神無月「死亡推定時刻を調べて、皆のアリバイと照合しようというの?」 麻衣子「念の為にね。恐らく時間が時間だから、あまり当てにならないのでしょうけどね。」 蝶児「しかし、あの連中が承諾するかな?」 麻衣子「さあ、どう出ますかね。」 麻衣子、ナプキンで口元を拭きながら言う。 真弓「しかし、調べるのであれば、早い方が良いですね。あんまり遅くなると、検視の結 果が曖昧になってしまいます。」 真弓、麻衣子の顔を見て言う。 麻衣子「そうですね、じゃあ、執事さんに許可を貰って、あのロビーの扉を開けてもらい ましょう。行きましょう。」 真弓、麻衣子、勉、席を立ちあがる。 麻衣子「あ、それと貴方達。」 麻衣子、蝶児達の方を振りかえる。 麻衣子「この検視に立ち会わない方が良いわよ。特にそこの坊やはね。」 麻衣子、純を見て言う。 純「う、うう…。」 純、下を向いて目を瞑る。 麻衣子「なるべく、ロビーには近づかない様にね。」 真弓、麻衣子、勉、食堂を後にする。 香「何て人なの、食事中に。」 香、残った料理を見て言う。 蝶児「でも、一応断っておいたぜ、言う前に。」 蝶児、料理を淡々と口に運びながら言う。 香「よく食べられるわね。たいした図太い神経の持ち主だわ。」 香、呆れたと言わんばかりの顔を蝶児に向ける。 香「蝶児、そういえば、アンタあの女をやけにかばうわね。何か有るんじゃないの?今朝 の一件といい、あの女の視線といい…。」 香、疑惑の眼差しを蝶児に送る。 蝶児「何も無えよ。」 純「何か、寝むってる間に色々有った様な気がする。」 純、隣席の蝶児を見る。 蝶児「野島が死んだってのに、何、悠長な事言ってんだ。それより、検視に立会うのか?」 香「うっ!」 香、再び口に両手を当てる。 神無月「私は行くわ。」 蝶児「そうか、大丈夫か?」 神無月「そんな事言っている場合ではないでしょう?」 蝶児「そうだな、俺も行くぜ。お前達はどうする?」 蝶児、下を向いている香と純を見る。 香「私、止めておく…。」 純「ぼ、僕は…。」 蝶児「お前は来るな。」 純「ど、どうして…。」 蝶児「香を一人にしておく気か?」 純「あ…。」 蝶児「じゃあ行こうぜ。」 神無月「ええ。」 蝶児、神無月、席を立って渡り廊下に消える。 香「意気地無しね、アンタは。」 香、純を見て言う。 純「えっ!」 純、唖然として香を見る。 香「あ〜あ、早く帰りたいな…。」 香、窓の外の吹雪を眺めて言う。 霧山荘・三階・京子の部屋(朝)、美枝子、京子、洋子、朝食を摂っている。 美枝子「美味しい。こんな美味しい料理をいつも食べているの?京子ちゃんは。」 美枝子、料理を口に運びながら言う。 京子「うん…気に入ったのね…お姉ちゃん…。」 京子、美枝子の顔を嬉しそうに眺める。 洋子「美枝子さんは、あの方達とどういった関係なのでしょうか。」 洋子、美枝子の顔を見て言う。 美枝子「大学の登山サークルの仲間と顧問の教授の二人です。」 洋子「そうですか…、羨ましいですわ。活発的な方達なのですね。」 美枝子「でも、誰一人として、登山の玄人が居ないのが、たまに傷ですけどね。」 美枝子、失笑する。 京子「お姉ちゃんは…友達がたくさん居るの?」 京子、美枝子の顔を眺めて言う。 美枝子「多くはないと思うけど、そうね、気の合う友達は何人か居るわ。」 京子「…いいなあ私は…いつも…一人ぼっち…」 京子、俯いて呟く。 美枝子「…でも私は京子ちゃんと、友達になれると思うわよ。」 美枝子、京子の顔を覗いて言う。 京子「本当!私と…友達に?私に…友達が…出来るの?」 京子、驚きの表情を美枝子に向ける。 美枝子「本当よ、だって昨日も今日も一緒に遊んだり、御飯を食べたり、それに京子ちゃ ん、私に飴をくれたじゃない。」 美枝子、京子の顔を見つめて言う。 京子「あ…。」 美枝子「私達は友達同士よ。京子ちゃん。」 京子「…嬉しい…。」 京子、目に涙を浮かべて俯いている。 洋子「…。」 洋子、京子の方を優しい眼差しで見る美枝子を、呆然と眺める。 ドア「コンコン。」 不意にドアがノックされる。 洋子「はい。」 ドア「カチャリ。」 ドアが静かに開かれ、朝恵が入ってくる。 朝恵「失礼致します。洋子、ちょっと…」 朝恵、渡り廊下に出る。 洋子「京子様、美枝子さん、ちょっと失礼致します。」 洋子、朝恵に続いて渡り廊下に出る。 ドア「カチャリ。」 洋子、渡り廊下に出てドアを閉める。 洋子「どうかしたのですか?」 洋子、朝恵に問う。 朝恵「あの連中、死体を調べたい、とか、言い出したのよ。」 洋子「え?」 朝恵「つまり、死亡推定時刻を調べるのが目的だ、とか、言っているけど、今、大宮司さ んと黒川さんが、御主人様に相談しているところよ。」 洋子「別に死体を調べるぐらい良いのでは…?」 洋子、朝恵を見て言う。 朝恵「駄目よ、万が一死体の写真でも撮られたら、厄介な事になるわ。」 洋子「あ!」 朝恵「そう、事件をもみ消すどころではなくなるわ。」 洋子「困りましたね…。」 洋子、首を振って呟く。 朝恵「仮に御主人様が、死体の検視を許しても、あのフリーライターとカメラマンの入室 は認められないのよ。」 朝恵、腕組みして言う。 洋子「御主人様には、その事を伝えたのですか?」 朝恵、首を横に振る。 洋子「どうしてですか?」 朝恵「黒川さんに言われて、私は蚊帳の外よ。参ったわ。」 洋子「…。」 朝恵「いつも、いざって時の話しは、御主人様と大宮司さんと黒川さんの三人の話し合い からですからね。私達に情報が伝わるのは、話し合いの後よ。」 朝恵、舌打ちする。 洋子「仕方が無いですね。後で伝えるしかないのですね。」 朝恵「ええ、私も検視には立会うから、じっと目を凝らしてあの連中を見張っているわ。」 朝恵、階段に向かって渡り廊下を歩き始める。 朝恵「じゃあ私は行くわ、食事中に悪かったわね。」 洋子「いえ、お構いなく。」 洋子、朝恵の後姿を見守る。 朝恵「どうして、私が蚊帳の外なのよ…。」 朝恵、独り言を呟き、渡り廊下を歩いていく。 霧山荘・三階・幸造の部屋(朝)、幸造、大宮司、黒川、部屋の中で話しをしてい る。 幸造「そうか、厄介な事になったな…。」 幸造、安楽椅子に腰掛けて、葉巻を咥えながら言う。 大宮司「あのフリーライターの女が、希望してきました。」 大宮司、部屋の中心あたりに立ち、姿勢を崩さずに言う。 幸造「その女が、何やら17年前の事件を、蒸し返そうとしているのだな?黒川?」 幸造、部屋の隅に立っている黒川に視線を送る。 黒川「はい。まず間違い有りません。」 黒川、顎に手をやって答える。 幸造「フン、あの事件の真相は、誰にも見破れるはずは無いのだ。憐れな女だ。」 幸造、色眼鏡を外す。 幸造「構わん、大宮司、奴等をロビーに通したまえ。」 幸造、全く生気の無い両眼を、大宮司の居るであろう方向に向ける。 大宮司「宜しいのですか?」 幸造「ああ、しかし写真は撮らせるな。画が有ると、後々厄介な事になるのでな。」 大宮司「かしこまりました。」 大宮司、幸造に御辞儀する。 黒川「御待ち下さい、御主人様。断れば良い事では…。」 黒川、部屋の隅から、一歩幸造に踏み歩み言う。 幸造「黒川、私の決定に変更は無い。」 幸造、どすの聞いた声で言う。 黒川「…かしこまりました。」 黒川、舌打ちして御辞儀する。 幸造「また何か有れば、いつでも来なさい。」 大宮司、黒川、再び御辞儀をして、部屋を出る。 霧山荘・二階・サロン(朝)、蝶児、香、純、神無月、真弓、麻衣子、勉、今朝と 変わらぬ辺りに居る。 蝶児「遅いな。奴等どうしたんだ?」 蝶児、階段の方を見据えて言う。 麻衣子「恐らく、予定外の出来事に、作戦会議中なのでしょうね。」 麻衣子、腕組みして言う。 香「来たわよ。」 香、階段の方を見て言う。大宮司、黒川、朝恵、階段からサロンに入ってくる。 大宮司「御待たせ致しました。では、御主人様の意向をお伝えいたします。まず、検視に 立会うのであれば、写真撮影は禁ずるとの事です。」 麻衣子「何故ですか?」 麻衣子、表情を崩さずに大宮司に問う。 黒川「死者に対する冒涜に当ると考えての事です。何かご不満でも?」 黒川、大宮司の横に立って言う。 麻衣子「しかし、一応は現場に何人か入るわけですから、写真を残しておく方が賢明なの では?」 黒川「必要ございません。そのような事は、警察に任せるべきです。」 黒川、冷たい視線を麻衣子に送りつつ言う。 麻衣子「そうですか、判りました。」 麻衣子、勉の方を向き、カメラを置いていく事を促す。 大宮司「それから、立会う際に、ロビーに有る物には、触れない様、気を付けて頂きます。」 大宮司、サロンに居る人々に告げる。 大宮司「では、検視に立会う方、ロビーに行きましょう。」 大宮司、黒川、朝恵、を先頭に、蝶児、神無月、真弓、麻衣子、が後ろから歩い ていく。サロンに香、純、勉、が残る。 香「あら、カメラマンさんは、行かないの?」 香、サロンの壁に背をつけて、ボーっとしている勉に言う。 勉「ああ…写真が撮れないからね…。」 勉、そう言って2の部屋に向かうべく、サロンを出る。 純「あのカメラ持っている人、病気なのかい?」 純、勉が2の部屋に入るのを見て言う。 香「知らないわよ、あの女にへらへらしている姿しか見てないから…。」 香、イライラしながら答える。 純「美枝子ちゃん、大丈夫かな?」 純、心配そうに天井を見る。 香「うるさいわね!いちいち、今考えているんだから少し黙ってなさいよ!」 香、純を睨みつけて言う。 純「え!何か判ったの?」 香「だから!黙っていて!」 香、テーブルを叩いて怒鳴る。 霧山荘・一階・ロビー(朝)、大宮司、黒川、蝶児、神無月、真弓、麻衣子、がロ ビーに入る。朝恵、開かれたロビーの入り口に立って腕組みする。 蝶児「野島…。」 蝶児、変わり果てた野島の姿を見て呟く。 神無月「何て…酷い…。」 神無月、両手を口に当てる。 麻衣子「真弓さん、お願いします。」 麻衣子、死体の傍に立って真弓の方を見る。 真弓「は、はい。」 真弓、死体の傍に座り、死体を覗きこむ。大宮司、黒川、真弓の背後から、死体 を覗きこむ。 真弓「今、何時ですか?」 大宮司「11時です。」 大宮司、腕時計を見て言う。 真弓「死後硬直は、当然出ていますね。」 真弓、死体のすぐ横に方膝をついて答える。 黒川「私と井上がこの死体を発見したのは、今朝5時頃です。」 麻衣子「少なくとも、6時間前には殺されていたのね。」 真弓「死後硬直が始まるのは、死後3時間から4時間、まず顎の関節に現れ、暫くして腕 と足の大関節に、それから手の指、足の指と、この様な順に出て来ます。下行性型硬直と いうやつです。」 真弓、言い終えると、死体の顎に右手を当てる。 真弓「顎の硬直は頗る強い。」 真弓、死体の右腕に右手を移す。 真弓「非常に強い。」 真弓、死体の足に右手を移す。 真弓「硬直が進んでいる。」 真弓、死体の右手に右手を移す。 真弓「指の硬直は、まださほどでは有りません。ちょっと力を込めれば、指が開きます。 指の硬直が強くなるのは、死後10時間以上してからです。」 麻衣子「という事は…。」 麻衣子、真弓の正面に立って呟く。 真弓「顎や四肢の関節がこの様に、非常に強く硬直して来るのは、死後7時間から8時間。」 真弓、死体の首の後ろに浮かぶ、赤紫色の斑模様を押す。 真弓「死斑は、指で押すとまだ速やかに消えます。死後経過時間が長くなると、これが段々 と褪色しなくなるわけですが…。」 大宮司「やはり、死後7時間から8時間、という事でしょうか。」 大宮司、真弓の背後から声をかける。 真弓「そう、10時間は経っていません。そう考えて間違い有りません。ただ…。」 真弓、そう言うと、ロビーを見渡す。 真弓「このロビーの気温は何度有りますか?」 真弓、大宮司に問う。 大宮司「このロビーは朝5時からヒーターを入れますが、今朝は入れておりませんので、 昨晩10時から、18度程度しかありません。」 大宮司、真弓の顔を見て答える。 真弓「そうですか、その程度なら、大した誤差は有りません。胃の内容物が一番の決め手 ですが、この荘で解剖するわけにはいきませんね。死後7時間から8時間、いや、慎重に 考えるならば、死後6時間から9時間ですね。」 真弓、立ち上がり言う。 蝶児「となると…今は11時だから、午前2時から午前5時の間に、野島は殺されたのか。」 蝶児、腕時計を見て言う。 麻衣子「判りました、有難うございます。栗原さん。」 麻衣子、真弓の顔を見て言う。 神無月「午前2時から午前5時の間のアリバイでは、誰も証明出来ないわね。」 神無月、死体を見て呟く。 蝶児「一体何をしていたんだよ、野島は。」 蝶児、死体を見て言う。 真弓「おかしいわ…。」 真弓、キョロキョロとロビーを見渡して呟く。 麻衣子「どうしました?栗原さん?」 麻衣子、真弓を見て言う。 真弓「凶器が無いのです。明らかに撲殺されたのですが、その凶器が…。」 蝶児「そりゃあそうだろう、凶器は犯人が持って行っちまってるさ。」 真弓「そうですね。凶器が発見出来れば、犯人も特定出来たのですが…。」 一同、ギョッとして、真弓の方を見る。 黒川「凶器が見つかれば、犯人も判るのですか?先生?」 真弓「ええ、指紋があれば…。」 真弓、黒川の顔を見て話す。 麻衣子「でも、手袋か何かをしていれば判らないのでは…。」 真弓「ええ、でもそうなると、計画的に野島さんを殺す気だった事になります。」 一同、ハッとする。 神無月「そうだわ…偶発的に殺したならば、手袋なんかしないもの…。」 蝶児「犯人は凶器を持ち去っている。指紋が出て捕まる事を恐れたからだ。」 大宮司「犯人は、やはり計画的に殺す気だったのかも知れませんな。」 真弓「まだ判りません。ですが、凶器が見つかればかなり有力な手がかりになるでしょう。」 一同、静まり返る。 黒川「皆さん、そろそろ宜しいのでは…。」 黒川、ロビーから出る。 神無月「そうですね、出ましょう蝶児君。」 蝶児「ああ。」 蝶児、神無月、死体を振り返り、ロビーを出る。 大宮司「先生、行きましょう。」 真弓、大宮司、ロビーを出る。 朝恵「どうしました?平島さん?」 朝恵、ロビーに残り、死体を凝視する麻衣子に言う。 麻衣子「いえ、何でも有りません。」 麻衣子、その場から離れて、ロビーを出る。 大宮司「では、ロビーの扉は、今後警察が来るまで、開かれません。宜しいですね。」 一同、頷く。大宮司、扉を閉めて、鍵を厳重に掛ける。 黒川「我々はこれにて失礼します。昼食は2時です。それまでは極力部屋から出ない様に。 大宮司、黒川、朝恵、渡り廊下を階段の有る方向に、歩いていく。 蝶児「凶器か…見つからないだろな…。」 蝶児、ポツリと呟く。 麻衣子「多分、部屋に隠すか、あるいは…。」 蝶児「あるいは?」 蝶児、神無月、真弓、考え込む麻衣子の顔を見る。 麻衣子「既に証拠隠滅をしてしまったか…。」 麻衣子、厳しい顔つきで答える。 真弓「有り得ますね。あれほど殴った跡が有れば、凶器にも少なからず血痕が残っている 筈です。もし部屋に所持していれば、決定的な証拠となります。」 真弓、麻衣子の顔を見て言う。 神無月「探してみましょうか?」 神無月、呟く。 麻衣子「無駄よ。見つかりっこないわ。」 神無月「どうして言いきれるの?」 麻衣子「犯人が持ち去った凶器を、そこら辺りに置いていく訳が無いわ。」 麻衣子、淡々と言う。 蝶児「三階にもか?」 蝶児、麻衣子の顔を見て言う。 麻衣子「…さあ…それは判らないわね。」 麻衣子、蝶児の顔を見て言う。 神無月「人が一人死んだのよ。三階に立ち入るべきよ。」 神無月、思いついた様に言う。 麻衣子「…。」 蝶児「なあ、もういいだろ?昨日の事を話しても?」 蝶児、麻衣子の顔を見て問う。 麻衣子「仕方が無いわね…いいわよ。」 神無月、真弓、二人のやりとりを呆然と見ている。 蝶児「神無月、俺、昨日の晩に美枝子を探しに行っただろ。その時偶然にこのオネーサン と、鉢合わせたのだ。」 神無月、一瞬驚くが、すぐに平然として。 神無月「それで?」 蝶児「一階の礼拝堂で会ってから、礼拝堂の中を調べたら、変な紙切れが見つかったのだ。」 神無月「紙切れ?」 麻衣子、紙切れをズボンのポケットから、神無月に差し出す。 神無月「これは?」 神無月、真弓、紙切れを覗く。 蝶児「意味は判らねえ。だが、それだけではないのだ。礼拝堂を出てすぐに、階段の方で、 人影が見えたのだ。」 真弓「人影?それは…。」 麻衣子「恐らく、殺された野島さんか、犯人でしょう。」 一同、一瞬、静まり返る。 蝶児「こっちも見つかったらヤバかったから、そいつの目を盗んで、階段を上がっていっ たのだ。そこで俺は12の部屋に行った訳だが…。」 蝶児、麻衣子の方を見る。 麻衣子「私は三階に侵入しようと、三階のドアの鍵を抉じ開けようとしたの。」 蝶児、神無月、真弓、麻衣子の顔に注目する。 麻衣子「でも、結局は無駄だったわ。ドアが異様なほど頑丈で、とても開けられる代物じ ゃあなかったわ。」 蝶児「えっ!駄目だったのか?」 蝶児、驚いて麻衣子の顔を見る。 麻衣子「ええ、だからすぐに1の部屋に入って寝ることにしたの。」 麻衣子、首を振って答える。 神無月「本当かしら?」 神無月、怪訝そうな表情を麻衣子に向ける。 麻衣子「どういう意味?」 麻衣子、神無月の顔を見て言う。 神無月「貴方が、三階に入れなくて、すぐに部屋に帰ったかどうか、誰も証明出来ないわ ね。」 麻衣子「ははあ、私が、野島さんを殺したかも…、と言いたいのね?」 麻衣子、神無月を平然とした表情で見て言う。 神無月「昨日の晩、つまり、午前2時から午前5時までの間に、部屋から出た可能性が高 いのは、貴方だわ。」 神無月、麻衣子に厳しい眼差しを送る。 麻衣子「まあ、そう見えるでしょうね。疑いたかったら好きにしなさい。でも、私を疑う だけ、時間の無駄よ。」 神無月「そうかしら?」 神無月、麻衣子、暫く、睨み合う。 真弓「サロンに行きませんか?香さん達も待っているでしょうし…。」 真弓、沈黙を破り、話しをする。 蝶児「そうだな、一応、アイツラにも言っておかないとな。」 蝶児、わざと、神無月と麻衣子の間を通り、階段に向かう。真弓、蝶児の後を追 う。 神無月「もし、貴方が犯人なら、私は貴方を絶対に許さないわ。」 神無月、麻衣子に一瞥をくれてから、階段に向かう。麻衣子、ロビーの前の扉か ら動かない。 麻衣子「私は、犯人ではないわ。犯人はここの人間よ。」 麻衣子、去り行く神無月の背中を見ながら、独り言を言う。 霧山荘・三階・スタッフルーム(朝)、朝恵、洋子、テーブルに着いて、会話をし ている。 洋子「そうですか、午前2時から午前5時の間に…。」 洋子、紅茶を啜りながら呟く。 朝恵「その時間のアリバイなんて、誰も証明出来ないわ。結局、無駄足よ。」 朝恵、タバコを吸いながら言う。 洋子「ゴホ、ゴホ、」 洋子、咳き込む。 朝恵「ああ、貴方、煙が駄目なのよね。悪かったわ。」 朝恵、まだ吸って間も無いタバコを、灰皿にもみ消す。 洋子「すいません…。」 朝恵「貴方も気の毒よね、煙が駄目なせいで、比較的、空気の澄んだこんな荘で暮らさな きゃいけない羽目になったのだから。」 洋子「別に構いません。この荘で、京子様にお仕え出来て、私は満足しています。」 朝恵「偉いのね、貴方は。」 朝恵、紅茶を飲み始める。 洋子「そういえば、今回の事件で、朝恵さんが忙しくなりそうですね。」 朝恵「あら?どうしてかしら?」 洋子「貴方は、メイドとしてこの荘に仕えていますが、もう一つ、裏の仕事が有るのでし ょう?」 洋子、朝恵の顔を見て問う。 朝恵「気づいていたの?意外だったわ…。」 朝恵、目を細めて洋子を見る。 洋子「ボディーガードの仕事が本業だと聞きましたが…。」 洋子、朝恵の顔を見て問う。 朝恵「…貴方、誰から聞いたの?…まあいいわ、そうよ。私は、御主人様に護衛の為に雇 われた、ボディーガードよ。表向きはメイドだけどね。」 洋子「水臭いじゃないですか。今頃になって言ってくれるなんて。」 朝恵「あまり、素性を知られる事は、好ましくないのよ。この業界はね。」 朝恵、紅茶を啜りながら言う。 洋子「プロの目から見て、どうですか?今回の事件について?」 朝恵「さあ、動機が判らないわね。まあ、殺され方から見て、怨恨の線が強そうだけど、 どうしてあの場所で殺されたのか…。その理由が一つのポイントね。」 朝恵、席を立つ。 朝恵「さあ、昼食の準備をしなくちゃね。貴方はどうするの?」 洋子「私は、少し美枝子さんと、話しをしようと思います。」 洋子、席を立つ。 朝恵「あの娘と?」 洋子「ええ、少し、興味が有りまして。」 朝恵「へえ…。」 朝恵、洋子の顔を眺める。 洋子「どうかしましたか?」 洋子、ティーカップを片付けながら、朝恵の視線に気づき、キョトンとする。 朝恵「京子様の熱病が、移ったのではないでしょうね?」 洋子「…私は、何故、京子様が、あの娘にあれほどの興味を示すのかが、気になるのです。」 朝恵「そういえば、そうね。私達や、大宮司さん、黒川さん、そして御主人様にも興味を 示さない京子様が、あの美枝子さんには、馴れ馴れしいわね。」 洋子「気になるでしょう?」 洋子、ドアを開けて出ようとする朝恵を見て言う。 朝恵「まあ気になるけど、私は今回の事件の方で忙しいから、貴方に任せるわ。くれぐれ も、事件について触れちゃ駄目よ。」 洋子「はい。」 朝恵、部屋を出る。 洋子「…美枝子さんか…確かに、この荘に住む人とは、明らかに違うわね…。」 洋子、ティーカップを片付けながら、呟く。 霧山荘・三階・幸造の部屋(朝)、幸造、大宮司、黒川、部屋の中で話し合ってい る。 幸造「そうか、では殆どアリバイは関係無くなったのだな?」 幸造、安楽椅子に腰掛ながら、葉巻を吹かして言う。 大宮司「はい、恐らく、犯人を裏付ける証拠は無い物と思われます。」 大宮司、部屋の中心辺りに立ち、言う。 幸造「凶器は何なのかね?」 大宮司「判りませんが、栗原先生のお話しですと、撲殺されたとの事です。」 幸造「撲殺か…、凶器が見つかっていないとなると、遭難者達が持ち合わせているのかな?」 黒川「所持品をチェック致しますか?」 黒川、大宮司のやや後ろに立って言う。 幸造「いや…、止めておこう。そんな事をすれば、遭難者達も黙ってはいまい。我々も三 階に、遭難者達を招かねばならなくなる。」 幸造、安楽椅子を回転させ、窓の方を向く。 幸造「黒川、お前は遭難者達を、三階に立ち入らせぬ口実を考えよ。」 黒川「口実…ですか…?」 黒川、暫く幸造の背中を見続ける。 幸造「…判らぬか?我が荘の三階は常にドアで塞がれている。あのドアは、この荘の人間 以外は出入り出来ん。鍵はお前達と朝恵と洋子、そしてこの私しか持っておらん。」 黒川「はあ…。」 幸造「つまり、今朝、お前と朝恵が一階に下りるまで、あのドアが開かれる筈が無いのだ。 この事の意味がわかるか?」 幸造、安楽椅子を回転させ、黒川の声がする方向を向く。 黒川「我々の中に、犯人が居る筈が無い…と。」 幸造「その通りだ。」 黒川「その事を遭難者達に伝え、この三階には入れさせるなと、おっしゃるのですね。」 幸造「そうだ、今頃は遭難者達もこの三階を、怪しんでおるだろう。今すぐに遭難者達を 説得してくるのだ。」 黒川「かしこまりました。」 黒川、幸造の部屋を出る。幸造、安楽椅子を回転させ、窓側を向く。 幸造「大宮司、黒川をどう思うかね?」 大宮司「黒川を?」 大宮司、思わず聞き返す。 幸造「ああ、奴も昔と比べて、覇気が無くなったな…。」 大宮司「…。」 幸造「奴は、昔から私の有能な部下だったが、君と違い、決して才能が有る訳ではなかっ た。いわば、努力家だよ。」 幸造、短くなった葉巻を灰皿でもみ消す。 幸造「だから、偶に手柄を立てると喜んだものだ。しかし、逆に失敗をした時の脆さは、 人一倍弱かった。何故だと思うね?」 大宮司「…さあ…私には判りません…。」 幸造「お前は妻や娘に、若くから先立たれて私の元にやって来た。つまり、捨てる物が無 い状態で、私の部下となった。だからこそ私は、お前の才能を見出した。だが、黒川は違 う。奴は家庭を都心に残し、孫も居る。一般に言えば、普通の老人の幸せを手にしている。」 幸造、新しい葉巻を咥える。 幸造「奴は守る物の為に、その為に私の元に居るのだ。私の為ではない、奴の幸せの為だ。」 大宮司「…。」 幸造、安楽椅子を回転させ、大宮司の居るであろう方向を向く。 幸造「年を重ねる事に、奴は、焦っておるよ。身体の老衰に戸惑いながら、17年前の事件 に対する自責の念と葛藤しながらな。」 幸造、葉巻に火をつける。 大宮司「あの事件はもう時効を迎えています。それに絶対に見破れない筈です。」 幸造「ああ、だが奴は、未だに己を戒めておる。愚か者め…。」 幸造、紫煙を天井に向けて吐く。 幸造「京子は美しく成長しているか?」 幸造、天井を見上げて言う。 大宮司「はい。きっと御主人様の御想像通りに育っています。」 大宮司、幸造の顔を見て言う。 幸造「そうか、京子は私の宝だ。京子にこの荘と、私の財産を託すのだ。決して穢れては ならん。よいな、大宮司。絶対に遭難者達を、いや、穢れた人間どもを、京子に近づける な。」 幸造、正面を向いて、強い口調で言う。 大宮司「はい、判っております。しかし、あの美枝子という女は…。」 幸造「ああ…。」 大宮司「京子様が連れて来たとはいえ、どうやって二階に降りたのでしょう?」 幸造「それが問題なのだ…恐らく、我々の内の誰かが…京子を…。」 幸造、紫煙をゆっくり吐きながら言う。 大宮司「洋子でしょうか?」 幸造「判らん…いいか、大宮司。遭難者達が、この荘を離れるまで、決して誰にも気を許 すな。この荘の人間にもだ…。何としても、京子を守れ。」 大宮司「かしこまりました。」 大宮司、幸造に背を向け、部屋を出ようとする。 幸造「待て、大宮司。」 大宮司「はい、何でしょうか。」 大宮司、幸造の方を振り返る。 幸造「黒川に、遭難者達が居なくなるまで、二階で寝泊まりせよ、と伝えろ。」 大宮司「かしこまりました。」 大宮司、部屋を出る。 幸造「…邪魔者は一人ではないのか…?」 幸造、安楽椅子を回転させ、窓の方を向き、葉巻を吸う。 ドア「カチャリ。」 大宮司、幸造の部屋のドアを閉め、渡り廊下に出る。 大宮司「勿論です。京子様は、私の命に換えても御守りします。御主人様。」 大宮司、独り言を呟き、渡り廊下を歩いていく。 霧山荘・一階・食堂(夕)、蝶児、香、純、神無月、真弓、麻衣子、今朝に座った 席で、昼食を摂っている。 蝶児「オネーサン、カメラマンは?」 蝶児、勉の空いた席を見て問う。 麻衣子「さあね、何か食欲が無い、とか言っていたから、昼食は要らないのでしょう。」 麻衣子、スープを飲みながら言う。 香「あの人、今朝から何かおかしかったわよ。夢遊病みたいになっちゃってさ。」 純「怖いからじゃないかな?」 蝶児「それは無いだろう。お前が食欲有るんだからよ。」 蝶児、純を見て言う。 神無月「止めなさい、誰もが緊張しているのだから…。」 神無月、蝶児の顔を見て言う。 蝶児「はいはい。」 蝶児、淡々と料理を口に運ぶ。 麻衣子「風邪でもひかれたら厄介ね、栗原さん、立て続けに悪いですが、後であの男を診 てやってくれますか?」 真弓「判りました。」 真弓、麻衣子の顔を見て言う。その時、黒川、渡り廊下から食堂に入ってくる。 黒川「皆様、御報告が御座います。食事が済みましたら、2階、サロンに午後4時に御集 まりください。」 黒川、そう言い終えると、イソイソと食堂を出る。 蝶児「何だ?妙に慌てているじゃないか?」 蝶児、渡り廊下の方を見て言う。 神無月「一体どうしたのかしら?」 麻衣子「…。」 麻衣子、右手を顎にやって考え込む。 真弓「まさか…また…誰か…?」 真弓、心配気に辺りを見渡す。 香「そんな!」 香、両手を口に当てる。 麻衣子「それは無いわ。」 麻衣子、渡り廊下を見て言う。 麻衣子「もし、2人目の犠牲者が出たなら、この場で言って行く筈だわ。」 香「そう言われてみると…そうかな…?」 香、麻衣子の顔を見ずに呟く。 麻衣子「何か、あっち側に不都合な事が、起こっているのではないかしら?」 麻衣子、天井を見て言う。 霧山荘・三階・由希子の部屋(夕)、美枝子、洋子、大きなテーブルに紅茶と茶菓 子を乗せて、向かい合い、席に着いている。 洋子「残念ですね、今日は帰れそうにありませんね。」 洋子、窓の外の吹雪を見て言う。 美枝子「はい、皆、どうしてるのかな?」 美枝子、俯いて呟く。 洋子「貴方の仲間は、皆、元気ですよ。この荘で静養されております。」 洋子、紅茶を啜る。 美枝子「…。」 洋子「気になりますか?」 美枝子「え?ええ、それはまあ…。」 美枝子、顔を上げて洋子の顔を見る。 洋子「美枝子さん、何を不安に思っているのですか?吹雪が止めば、また皆に会えるでは ありませんか。」 美枝子「不安?」 美枝子、洋子の顔を呆然と眺める。 洋子「今の貴方は、何かに怯えている様ですよ。」 洋子、美枝子の顔を見る。 美枝子「別に…怯えてはいません…ただ、何かしら、私、一人だけ取り残されたような… そんな感覚がするんです。」 美枝子、俯いて答える。 洋子「取り残されたような?」 美枝子「すみません…この荘は、とても立派だと思います。貶すような事言って、すみま せん。」 洋子「良いのです。続けてください。どうしてそう思うのですか?」 洋子、美枝子の顔から視線をそらさずに問う。 美枝子「…。」 洋子「さあ、教えてください。」 美枝子「…な、何でも有りません。忘れてください。」 美枝子、洋子の視線に気付き、再び俯く。洋子、肩を落とす。 洋子「ふう、すみません。少し、無理強いしましたね、気になさらないで下さい。」 二人、暫く沈黙する。 洋子「貴方は、京子様について、どう思われます。」 美枝子「京子ちゃんは、とても良い子だと思います。」 美枝子、洋子の顔を見て答える。 洋子「…変わっているとは思いますか?」 美枝子「少し変わっているとは思います、でも、私は普通に京子ちゃんと、接していると 思います。」 洋子「美枝子さん、貴方は京子様の中から、何を見出しましたか?」 洋子、鋭い眼差しを美枝子に送る。 美枝子「…京子ちゃんの中から?」 洋子「そうです。」 美枝子「…。」 美枝子、暫く考え込む。 美枝子「…純粋…。」 洋子「ん、純粋…ですか…。」 洋子、視線を落とし、紅茶を啜る。 美枝子「はい、京子ちゃんからは、穢れが無い、子供のような心を持っている、と思いま す。」 美枝子、洋子に視線を送る。洋子、両目を閉じて考え込む。 美枝子「それに…とても、美しいです。外見も内面も…。」 美枝子、紅茶を眺めながら、小さな声で呟く。 洋子「…ふう…。」 洋子、両目を閉じたまま、ため息をつく。暫くしてから、美枝子に視線を送り、 洋子「美枝子さん、貴方は、理想的過ぎる。とても都会育ちとは思えません。」 美枝子「そう…ですか…。」 美枝子、俯いて答える。 洋子「私は、現実的にならざる得なかった…私もかつては貴方の様に、理想を持ち、勉学 に励んでいました。でも…。」 洋子、自分の喉を押さえる。 美枝子「…?」 美枝子、洋子の行動を呆然と見続ける。 洋子「…すいません、何でも有りません…そうですか、きっと貴方と京子様は、出会うべ くして、出会ったのかも知れませんね。」 洋子、紅茶を啜りながら言う。 美枝子「…。」 美枝子、洋子の顔を見続ける。 洋子「どうしましたか?紅茶が冷めてしまいますよ。どうぞ召し上がってください。」 美枝子「あ、はい。」 美枝子、ティーカップに手を伸ばす。 霧山荘・二階・サロン(夕)、蝶児、香、純、神無月、真弓、麻衣子、サロンに集 まっている。 蝶児「大きな絵だな、何て絵だ?」 蝶児、サロンに掛けられているひときわ大きな絵を見る。 神無月「女の人の横顔ね。」 神無月、大きな絵を見て言う。 純「綺麗な人だね。20歳ぐらいかな?」 純、大きな絵を熱心に眺める。 香「美枝子に似てない?」 香、怪訝そうな顔をして大きな絵を覗く。蝶児、純、神無月、香の顔を振り返り、 もう一度、大きな絵を覗く。 蝶児「そういえば…似ているぞ…。」 蝶児、目を見開いて、女の横顔の絵を見る。 神無月「一体、誰なのかしら…。」 純「ぐ、偶然じゃ、ないのかな?」 香「…偶然よ…きっと、でも皮肉な物ね。こんな時に、自分に似た絵を見つけるなんて…。」 四人、暫く呆然と、女の横顔の絵を眺め続ける。 真弓「別に、何処も悪くは無いのですが…。」 真弓、テーブルについて、正面に座る麻衣子に話す。 麻衣子「困ったものだわ、あの自惚れ屋さんには…。一体、何を考えているのかしら…?」 麻衣子、頭を撫でながら表情を、強張らせる。 真弓「何か、激しいショックでも受けたのでしょうか?」 麻衣子「さあ、判りませんけど、激しいショックを与えて直しましょうか?」 麻衣子、拳を鳴らす。 真弓「まあ、暫く休ませてあげては、如何ですか?」 麻衣子「仕方ありませんね、全く、あの役立たず。」 麻衣子、舌打ちする。その時、黒川がサロンに入ってくる。 黒川「御集まりの様ですな。おや、一人居ない様ですね。」 黒川、サロンを見渡して言う。 麻衣子「すみませんね、うちのカメラマンは、身体の具合が悪いそうで、2の部屋に休ま せています。彼には、後で私から伝えますわ。」 麻衣子、テーブルに腰掛けたまま言う。 黒川「…まあ良いでしょう。これから、今後の皆様への注意点をお伝えします。宜しいで すか。」 黒川、サロンの真中辺りに立ち、全員の顔を見渡す。 黒川「まず、昨日にも言いましたが、二階からあまり立ち歩かない様にご注意下さい。」 一同、静まり返る。黒川、麻衣子の顔を見る。 黒川「もし、昨日の段階で言いつけを守っていたならば、野島様は、死なずに済んだでし ょう。」 蝶児、香、黒川の顔を睨む。 蝶児「死んだ奴を悪く言うのはよせ!」 黒川「おっと、失言でしたな、申し訳ありません。」 黒川、蝶児に頭を下げる。 麻衣子「それと、用件はそれだけですか?」 黒川「あと、三階には決して近寄らないで頂きたいのです。」 麻衣子「何故ですか?」 平然と聞き返す、麻衣子を、一瞬、黒川、睨む。 黒川「説明致しましょう。この荘の三階は、階段を上がってすぐに、ドアが有ります。そ のドアは、鍵が無くては開きません。」 神無月「三階はそのドアからしか、いけないのですか?」 黒川「はい、その通りです。」 麻衣子「ドアの鍵は誰が?」 麻衣子、視線を黒川の顔に当て、鋭い声で問う。 黒川「私と大宮司、そしてメイドの井上、家庭教師の幅、勿論、御主人様も持っておられ ます。」 黒川、懐から鍵を出す。 蝶児「どうしてそこまでして、三階を厳重にしているのだ?」 黒川「…。」 黒川、蝶児の顔を見て黙る。一同、黒川に注目する。 蝶児「何故だ?教えろ!」 蝶児、語気を荒げる。 黒川「人に教えを乞う態度では、ありませんな。その質問に答える義務は、有りません。」 黒川、蝶児にキツイ視線を送り、麻衣子に視線を戻す。 蝶児「答える義務は無いだと?ふざけるな!こっちは美枝子を連れ去られた上、野島を殺 されたんだぞ!」 蝶児、黒川に歩み寄る。神無月、純、蝶児の前に立ち、蝶児を宥める。 黒川「そもそも、貴方方が遭難者として、この荘に来てからの事なのです。我々に責任は 有りません。宜しいか、我々は迷惑を被っておるのです。命を救った者の中に、殺人鬼が 紛れ込んでいるのですからな。」 黒川、視線を蝶児に戻し、思わず怒鳴りつける。 蝶児「俺達が殺したってのか?ふざけるな!どうして俺達が野島を!冗談じゃないぜ!」 蝶児、神無月を振りほどき、純を振りほどこうとする。 純「駄目だよ!ここで、面倒を起こしたら、美枝子ちゃんも危ない!」 蝶児「う、うう!」 蝶児、掴んでいた純の服を離す。純、方膝を突いていた足を伸ばす。 純「落ち着くんだ。ここは堪えるんだ。」 神無月「そうよ、確かに黒川さんの言う事にも、正しい要素は有るわ。」 神無月、蝶児に吹っ飛ばされて、花瓶の置いてある小机の有る所から、起き上が りながら言う。 真弓「美枝子さんは、無事なのですね?」 真弓、黒川に問う。 黒川「あの方は、三階にいらっしゃいます。大丈夫です。」 黒川、蝶児から視線を外さずに言う。 蝶児「本当だな!もし、美枝子に何か有ったら…。」 黒川「大丈夫です。」 黒川、蝶児が言い終える前に釘を刺す。 麻衣子「黒川さん、話しの続きを。」 麻衣子、テーブルから立ちあがって言う。黒川、一瞬、額に片手をやってから、 元の姿勢に戻す。 黒川「つまり、三階は我々、荘の人間にしか開く事は出来ません。昨日の晩から今朝にか けて、ドアは私と井上が開けるまで、開かれた形跡は有りませんでした。」 香「…つまり、この荘の人間が野島先生を殺した可能性は、0という事?」 黒川「そうです。不可能です。」 黒川、一同を見渡して言う。 麻衣子「そうかしら、そうとは言い切れないのではありませんか?」 黒川「ほう…。」 黒川、麻衣子の顔に視線を送る。 麻衣子「本当にこの荘の人を、容疑者から外せるでしょうか?」 黒川「何か、疑問に思った事でも?」 麻衣子「今日、一番始めに、三階のドアを開けたのは、貴方と井上さんだ。と言いました よね。」 黒川「はい。」 麻衣子、腕組みをしながら黒川に問い続ける。 麻衣子「何時頃開けましたか?」 黒川「午前5時です。」 麻衣子「断定できますか?」 黒川「成る程、判りましたよ…貴方は私と井上が、容疑者枠から外せないと、おっしゃる のですね。」 黒川、ため息をついて答える。 麻衣子「そういう事ですね。」 麻衣子、黒川を見ながら、テーブルに再び座る。 黒川「私と井上は、毎朝4時50分に起床し、5時には一階の点検を始めるのです。信じ ては貰えないでしょうが、事実です。」 蝶児「これでアンタも、容疑者の一人だぜ。井上さん、ていうメイドさんもな。」 黒川、厳しい視線を蝶児に送る。 黒川「良いでしょう。それと御主人様から、命令が有りました。この私に、二階で貴方方 の行動を見張る様に、と。」 黒川、一同に厳しい視線を送る。 麻衣子「それは、黒川さんがこの二階で、寝泊まりする、という事ですか?」 黒川「そうです。貴方方がこの荘を離れる時まで、私は二階で寝泊まりするのです。」 一同、ざわめく。 麻衣子「それなら、井上さんも、この二階に来て貰った方がいいですね。あの人も、容疑 者の一人ですから…。」 麻衣子、黒川に厳しい視線を送ったまま言う。 黒川「…判りました。後で御主人様に御相談致します。」 黒川、舌打ちし、下を向く。 黒川「夕食は、午後8時です。宜しいですね。私は忙しいので、これで失礼致します。」 黒川、サロンを出る。 蝶児「アイツ、焦っているな…。」 純「え?」 神無月「貴方もそう思ったのね、蝶児君。」 神無月、蝶児に視線を送る。 蝶児「ここの荘の人間は、あまり感情を表に出さないのが、印象的だったが、あの黒川の 爺さんは、感情をあまりにも表に出し過ぎている。」 蝶児、テーブルに腰掛ける。 純「でも、蝶児はよく堪えたよね。」 蝶児「何が?」 蝶児、純の顔を見て言う。 純「何が、て、さっき、黒川さんに跳びつきそうだったでしょ?」 蝶児「何だ、アレか…。」 純「何だ、アレか、て…。」 蝶児「演技だよ。」 純「え!」 一同、蝶児の顔を見る。 蝶児「黒川をわざと、怒らせたのだ。少しでも情報を漏らさないかな、と思ってな。」 麻衣子「抜け目の無い、何て子なのかしら。」 麻衣子、感心している。 香「あまり、良い性格とは言えないわね。」 香、軽蔑した目付きで、蝶児を見る。 蝶児「フン、何とでも言え。」 蝶児、女の横顔の絵を眺める。 蝶児「だが、おかげで良い事を聞けたぜ。なあ、美枝子。」 蝶児、独り言を呟く。 霧山荘・三階・京子の部屋(夕)、京子、美枝子、部屋の中で、トランプを使い、 神経衰弱をして、遊んでいる。 美枝子「ここと…ここかな?」 美枝子、7と7を揃える。 京子「凄い…まだ、7は出てなかったのに…。」 京子、目を見開いて、驚く。 美枝子「偶然よ。でも、まだ京子ちゃんには勝ってないわね。」 美枝子、京子の揃えたトランプの枚数を見て言う。 京子「…私…記憶力は…自信有るの…。」 京子、トランプを凝視して言う。 美枝子「う〜ん…参ったなあ…私、あんまり記憶力無いのよね…。」 美枝子、トランプを見ながら、頭を撫でる。 ドア「コンコン。」 ドアがノックされる。 京子「はい…。」 ドア「カチャリ。」 静かにドアが開かれる。洋子が部屋に入ってくる。 美枝子「あ、すいません。お勉強の時間ですか?」 美枝子、洋子を見て問う。 洋子「いえ、少し暇を持て余していましたから、京子様と美枝子さんに、行動を共にしよ うかと思いまして…。」 洋子、京子と美枝子の間に正座する。 洋子「神経衰弱ですか?」 美枝子「ええ、京子ちゃんは凄く強いんですよ。」 美枝子、京子の顔を見て言う。 京子「…そうなの?先生?」 京子、洋子の顔を見る。 洋子「美枝子さんがそうおっしゃるなら、そうなのでしょう。」 京子、頬を赤らめる。 京子「先生も…やろうよ…。」 洋子「私が?」 洋子、一瞬、自分に誘いのかかった事に、信じられないといった顔をし、呆然と する。 洋子「そ、そうですね、私もやってみようかしら。」 洋子、トランプを見て呟く。 京子「…じゃあお姉ちゃん…最初からね…。」 美枝子「ええ、今度は負けないわ。」 美枝子、トランプをきり始める。 洋子「…。」 洋子、暫く、呆然と京子の顔を眺める。 京子「どうしたの…先生…。」 京子、洋子の視線に気付き、洋子の顔を見て言う。 洋子「い、いえ、何でも有りません。ですが、初めて京子様に御誘いが有ったもので…。」 洋子、下を向いて答える。 美枝子「…。」 美枝子、戸惑っている洋子を暫く眺める。 京子「お姉ちゃん…二人でやるより、三人の方が面白いよね?」 美枝子「ええ、そうね。もっと面白くなるわ。」 美枝子、トランプを並べ始める。 京子「…そうよね…三人の方が…いいのよね。」 京子、トランプを眺める。美枝子、洋子、トランプを凝視する。 霧山荘・二階・4の部屋(夕)、黒川、朝恵、部屋の中で荷物を運んでいる。 黒川「まあ、こんなものだろう。寝泊まりするには充分だ。」 黒川、運んできた衣服、毛布などを見て言う。 朝恵「驚きましたね。私達が容疑者扱いだなんて…。屈辱です。」 朝恵、毛布を畳みながら言う。 黒川「仕方あるまい、第一発見者は疑われて当然だ。だが、我々は遭難者の行動を把握す る為に、ここに移ったのだ。その事を忘れるな。」 朝恵「はい。」 朝恵、部屋のドアに向かう。 朝恵「私は5の部屋を使わせてもらいます。何か有ればお教え下さい。」 黒川「うむ。」 朝恵、部屋を出る。 黒川「…おのれ…あの遭難者どもめ…何故この私がこの様な目に…。」 黒川、窓の外の吹雪を見つつ、呟く。 霧山荘・三階・スタッフルーム(夕)、美枝子、洋子、紅茶を飲んでいる。 美枝子「良いんですか?私、ここで紅茶を飲んでも?」 洋子「いいのですよ。気になさらないで下さい。」 洋子、紅茶を啜りながら言う。 洋子「メイドの朝恵さんが、二階の部屋で寝泊まりする事になったので、茶飲み仲間が居 なくて、困っていたのです。」 美枝子「はあ…。」 美枝子、紅茶を飲む。 美枝子「朝恵さん、て人は、二階で寝泊まりすると言っていましたけど、どうしてなんで すか?」 洋子「美枝子さん、余計な詮索は無用ですよ。」 洋子、美枝子を見て言う。 美枝子「す、すいません。」 美枝子、肩を窄める。 洋子「と、言いたい所ですが、お教えしましょう。皆さんの御世話をより身近でする為で す。」 美枝子「そうですか。」 美枝子、紅茶を見ながら言う。 洋子「美枝子さん、私は今日、とても驚いた事が有りました。京子様の事なのですが…。」 美枝子「何ですか?」 美枝子、俯いている洋子の顔を見る。 洋子「私は、この荘に来て、3年になりますが、京子様に遊びに誘われたのは初めてです。」 美枝子「…?」 洋子「私は、今まで京子様の身の回りの御世話から、勉強まで、ずっと一緒にやってきま した。しかし、一度たりとも、自ら声を掛けては貰えませんでした。ただの一度もです。」 美枝子「そんな…。」 美枝子、驚愕する。 洋子「それが、今日、京子様から誘われました。美枝子さんと一緒だったとはいえ、誘っ て頂いたのです。私は、あまりにも驚いて、暫し呆然としてしまいました。」 洋子、美枝子の顔を見る。 洋子「明らかに、京子様は今までと、変わっていらっしゃいます。美枝子さんに会ってか ら…。」 美枝子「私に会ってから?」 洋子「そうです。京子様に感情が芽生えたかのように。」 美枝子「…。」 美枝子、呆然と洋子の顔を見る。 洋子「貴方には、京子様の感情を呼び起こす、何かが有るとしか思えません。」 美枝子「わ、私は、そんな特別な物なんて…。」 美枝子、狼狽する。 洋子「美枝子さん、貴方もお気づきの様に、京子様は感情が欠落してしまっています。で も、貴方なら、京子様を救えるでしょう。」 美枝子「そんな!私、京子ちゃんをそんな目で見られません。普通に京子ちゃんと接して いるだけです。」 洋子「そう、それで良いのです!普通に接する事が大事なのです!」 洋子、身を乗り出して、言う。 美枝子「京子ちゃんは…普通の子だと…思います…。」 美枝子、俯いて言う。洋子、ため息をついて、席に着く。 洋子「…京子様は…御主人様の言いつけで、生まれてから今まで、この荘の三階から出た 事は有りません。」 美枝子「え!」 美枝子、洋子の顔を見る。 洋子「気の毒な方です。京子様は、その様な状況の中、母親も知らずに17年間育って参 りました。私の想像を超える孤独と、寂しさの中で育って参りました。」 洋子、俯きながら話す。 洋子「それでも、御主人様は…京子様を三階から出そうなどとは、考えませんでした…。」 美枝子「酷い、どうして…。」 美枝子、洋子の顔を凝視する。 洋子「御主人様は、京子様を心の底から大事に思っておられます。しかし、その感情も、 この様ないびつな形でしか表現出来無かったのです。それが、京子様には負担となり、い つしか憎悪と化してしまった。」 美枝子「そんな…。」 洋子「この様な悲劇を生んでしまったのは、17年前、京子様の母親である由希子様の突 然の死が、原因なのです。」 美枝子「由希子…さん…京子ちゃんの母親…。」 洋子「由希子さんは、京子様を産んですぐに、亡くなったそうです。いや、殺されたと聞 きました。」 美枝子「こ、殺された?」 美枝子、驚愕の表情で洋子を見る。 洋子「私は、由希子様の話しは詳しく知りませんが、結局、未解決のまま事件は時効を迎 えました。」 洋子、美枝子の顔を見る。 洋子「御主人様は、それ以来、人を信じられなくなったと聞きます。それが、京子様をこ の地獄の様な生活をさせている、原因であるのでしょう。」 美枝子「何て…何て酷い…。」 美枝子、目から涙を滲ませる。 洋子「この様な環境で京子様が、どうして普通の感情を持てるのでしょうか。父親にこの 様な歪んだ愛情を受け、母親に先立たれた京子様には、心を閉ざしてしまう事が、唯一の 安息だったのです。」 洋子、目を瞑って言う。 美枝子「そ、そんな、京子ちゃんには、そんな過去が有ったなんて…。」 洋子「でも、貴方には、感情を開いている。いや、感情が芽生え始めているといっても過 言では無いでしょう。」 洋子、目を開き、美枝子の顔を再び見る。 洋子「貴方の存在は、京子様にとって、何か大きな要素を持っている。一体何でしょうか?」 美枝子「わ、判らない…。」 美枝子、両手で、頭を抱える。 洋子「すみません。別に良いのです、判らなくても貴方は京子様の傍に居る。それで良い のです。誰にも邪魔はさせません。私は、京子様を救いたいのです。幼き頃の私の様で、 放ってはおけないのですね。京子様は…。」 美枝子「…?」 洋子「私は、喉を産まれながらに患っています。都会の空気の中では、もう生きていけな い程の病気です。幼き頃は、学校も休みがちで、満足な日々を送れませんでした。ここに 来てから京子様に会い、そんな日々を思い出したのでしょうね。私は京子様を救いたいの です。あの方は、昔の私の日々よりも、もっと苦しい日々を送っている。あの方は助けを 求めたくても、耐えているのです。外の世界に対する憧れを抱きつつも、常にここから出 る事は許されない。おかわいそうです。」 美枝子「洋子さん…。」 美枝子、俯きながら話す洋子を、暫く呆然と眺める。 霧山荘・一階・食堂(夜)、蝶児、香、純、神無月、真弓、麻衣子、テーブルに着 いて、夕食を摂っている。 蝶児「あのカメラマンは食べないのか?」 蝶児、空いている勉の席を見て言う。 麻衣子「一応、声は掛けたけど、要らないらしいわ。あの人を連れてきたのは間違いだっ たわね。やる気が見られないわ。」 麻衣子、スープを啜りながら言う。 真弓「病気では無い筈ですが…。」 真弓、麻衣子の顔を見て言う。 麻衣子「いいのです。もう放っておきましょう、あの男は。」 神無月「冷たいのね。」 麻衣子「何か文句が有るのかしら?」 麻衣子、キッと神無月に視線を送る。 神無月「貴方が17年前の事件を探っていると言う話は聞いたわ。そのせいで野島さんは 殺されたのではないかしら?」 麻衣子「さあ、それは判らないけど、どうして野島さんは殺された時間にあの場所に居た のかしら?」 麻衣子、神無月に厳しい視線で見据える。 神無月「そ、それは…。」 神無月、困惑する。 蝶児「電話を使いに行ったのだと思うぜ。この荘は電話の有る場所が少ないからな、ロビ ーには有っただろう。」 麻衣子「電話を?」 麻衣子、蝶児の顔に視線を移す。 蝶児「ああ、アイツは殺される前に電話を使いたがっていたからな。」 麻衣子「成る程ね。でも、殺された原因が判らないわね。その電話の内容がこの霧山荘の 事だったら、判らないでもなかったけど…。」 蝶児「でも、この荘の電話はヤバイとか言ってたけどな。盗聴されるとか言ってよ。」 麻衣子、蝶児の一言に、思わず目を見開く。 麻衣子「それ、本当の話し?」 蝶児「ん、ああ。」 蝶児、パンをかじりながら、言う。 麻衣子「良い事を聞いたわ。野島さんはやっぱりこの荘について、ある程度の知識があっ たんだわ。」 麻衣子、口をナプキンで拭いて、席を立ち、渡り廊下に消える。 香「何かしらあの女?随分忙しいのね。」 香、スープを啜りながら、渡り廊下を見る。 純「あの人は、犯人じゃないよ。多分…。」 香「どうしてそう思うのよ。」 香、純を睨みつけて言う。 純「あんなに必至に犯人探しをしてるじゃないか。仕事の枠を超えているよ。きっと何か 特別な理由が有るんだよ。」 香「そうかしらね、名探偵が犯人ていう小説も多いのよ。」 香、パンをちぎって口の中に放りこみながら言う。 真弓「確かにあの人には、ただならない執念のようなモノを感じますね。」 真弓、純の顔を見て言う。 純「僕は、口は悪いけど、根は良い人だと思うね。」 純、両腕を組んで言う。 蝶児「さあ、どうだかな。でも、あのオネーサンは、好奇心で動いてるって言っていたが、 俺もいまいち信じられねえな。仕事で動いているとは思えないぜ。」 蝶児、スープを啜りながら言う。 神無月「やはり、あの人は何かこの荘に、関係が有るのかしらね。」 蝶児「この荘に関係が有る?」 神無月「いえ、ちょっとした思い付きよ。あまり気にしないで頂戴。」 蝶児「…。」 蝶児、スープをすくっていた手を暫く止め、呆然と天井を見上げる。 香「どうしたの?蝶児?」 蝶児「ん?いや、何でも無えよ。」 蝶児、スープを啜る。 霧山荘・二階・2の部屋(夜)、勉、カメラを丁寧に磨いている。 勉「どうして、あんなもの…撮っちまったんだよ…。」 勉、カメラを眺めながら、独り言を呟く。 ドア「コンコン。」 ドアがノックされる。 勉「はい…どうぞ…。」 ドア「ガチャリ。」 ドアが開く。 ドア「ガチャリ。」 ドアがすぐに閉まる。 勉「ん?」 勉、ドアの方を振り返る。ドアのすぐ前に、真っ白い仮面を被った男(女?)が 立っている。 勉「う、うわあ!」 勉、飛び上がって、ドアとは反対側の窓際に張り付く。 勉「お、お前が、お前が殺したんだ!」 勉、カメラを投げ突ける。襲撃者、軽くかわして、勉にゆっくりと近づく。 勉「来るな!来るなー!」 勉、壁に張り付きながら、腰からずり落ちていく。襲撃者、右手にナイフを持っ てゆっくりと近づく。 勉「た、頼む!誰にも言わないから、た、た、助けてくれ!」 勉、絨毯に腰をつく。襲撃者、ナイフを大きく振りかぶり、勉の目の前で歩みを 止める。 勉「や、やめろ!やめてくれー!」 衝撃音「グサリ!」 襲撃者、勉の脳天にナイフを突き刺す。勉を中心に、絨毯が勢いよく真っ赤に染 まって行く。 衝撃音「グサリ!」 襲撃者、勉の脳天からナイフを抜き、勉の心臓目掛けてナイフを突き刺す。同時 に、勉の身体がビクリと揺れる。 衝撃音「グサリ!」 襲撃者、更に、首筋を切り刻む。勉の身体が血の噴水によって、真っ赤になる。 衝撃音「ガキン!」 襲撃者、ナイフを絨毯に突き刺し、聞き耳を暫く立てた後、部屋から出る。 霧山荘・二階・4の部屋(夜)、黒川、テーブルに着いて酒を飲んでいる。 黒川「冗談ではない。どうして、この私が…。」 黒川、酒を浴びる様に飲む。 黒川「私が、遭難者を殺したりするものか。」 ドア「コンコン。」 ドアがノックされる。 黒川「朝恵か?」 ドア「ガチャリ!」 ドアが開き、仮面を被った襲撃者が入ってくる。 黒川「ム!な、何だ?お前は?」 ドア「ガチャリ!」 ドアが閉められる。 黒川「だ、誰だ?」 黒川、テーブルから立ちあがり、襲撃者の方を向く。襲撃者、黒川が振り返ると 同時に、みぞおちに拳を食らわせる。 黒川「グッ!」 黒川、失神する。襲撃者、黒川をベッドに寝かせ、窓際の方へ行き、カーテンを 引き千切る。 霧山荘・一階・大広間(夜)、蝶児、香、純、神無月、真弓、大広間の中で会話を している。 神無月「参ったわね。この分では、吹雪は明日になっても止まないかも知れないわ。」 神無月、窓の外を見て呟く。 香「あ〜あ、あんな事が無ければ、ちょっとはこの荘を歩き回りたかったけどなあ。」 香、ソファーに腰掛けて言う。 純「でも、広いよね。この荘は。すごい資産家なんだなあ…ここの御主人は。」 純、テーブルに腰掛けて言う。 蝶児「でも、退屈しないのかな?こんな暮らし、俺は御免だな。」 蝶児、絨毯に寝そべって言う。 真弓「そうですか?静かな環境で良いと思いますが。」 真弓、テーブルに腰掛けて言う。 神無月「確かに、物音があまりしませんね。防音加工が完璧だわ。」 神無月、壁を叩きながら言う。その時、大宮司が入ってくる。 大宮司「皆様、ここにいらっしゃいましたか。これから、貴方方の近しい方、野島様を弔 う為、礼拝堂にて、黙祷を捧げよ、と御主人様から言いつけが有りました。貴方方も御同 行なさいますか?」 大宮司、神無月の顔を見て言う。 神無月「…そうですね。お願いします。皆も行くわね?」 神無月、他の皆の表情を伺う。一同、首を縦に振る。 大宮司「行きましょう。」 大宮司、渡り廊下に出る。一同、大宮司に付いて行く。 霧山荘・一階・礼拝堂(夜)、大宮司の案内で、蝶児、香、純、神無月、真弓、礼 拝堂に入っていく。 大宮司「何か弾きましょう。」 大宮司、祭壇脇に置かれているピアノに向かう。一同、正面の祭壇に向かって、 最前列の三人掛けの席に、中央の通路を挟んで、左右、蝶児、純、が左に、香、神無月、 真弓、が右に腰掛ける。 大宮司「皆様、黙祷を。」 大宮司、鍵盤に指を添え、間もなくピアノから奏でる音が、堂内に響き渡る。 蝶児「ベートーベンの(月光)第一楽章か…やるな、あの大宮司とかいう爺さん。」 蝶児、ピアノの協和音を聞きながら、横で黙祷を続ける純を見る。そして、天井 のステンドグラスを見る。 蝶児「ここにも女の横顔が?ここは殺人現場でもあったよな…。」 蝶児、天井からピアノに視線を下ろす。一瞬、蝶児の行動を眺めていた大宮司と 目が合う。大宮司、視線を鍵盤に戻し、協和音を奏で続ける。暫くして協和音が止む。 大宮司「御疲れ様でした。もう、目を開けても結構です。」 大宮司、祭壇から降り、一同に歩み寄る。 神無月「有難う御座いました。素晴らしい演奏でしたわ。野島も喜んでいるでしょう。」 神無月、大宮司の顔を見て言う。 蝶児「オイ、純。アレを見ろ。」 蝶児、天井を指差す。 純「あ、あれは、女の横顔。」 純、天井のステンドグラスが、女の横顔の絵と同じ様にデザインされているのを 見て言う。 香「本当だわ。こんな所にも有るなんて…。」 香、神無月、真弓、天井を見る。 大宮司「あの絵が気になりますか?」 大宮司、蝶児の顔を見て問う。 蝶児「ああ、俺達の仲間にそっくりなのさ。だから気になってな。」 大宮司「そうですか、あの絵はサロンと礼拝堂、そして三階の由希子様の部屋に有ります。 もっとも、礼拝堂の物は、絵では有りませんが…。」 大宮司、天井を見て言う。 純「つまり、同じ絵が有るんですか?二階と三階に?」 純、大宮司を見て言う。 大宮司「はい、そうです。」 香「どうして同じ絵を?」 大宮司「それは…。」 大宮司、一瞬、言葉を止め伏せ目がちに、 大宮司「御主人様のお気に入りになっていらっしゃる絵だからです。」 香「へーえ。一枚じゃあ、物足りないんだ。」 香、ステンドグラスを眺めながら言う。 大宮司「…。」 大宮司、一同が天井を見上げる中、大宮司の顔を見つめる真弓と視線が合う。 真弓「…。」 真弓、慌てて天井を見上げる。 大宮司「さあ、出ましょう。消灯は10時です。あと2時間と少しですので、ごゆっくり してください。」 一同、礼拝堂を出る。 扉「ギイイイ!」 大宮司、扉を閉める。 大宮司「それでは、失礼致します。」 蝶児「待ってくれよ。今から仕事なのか?」 蝶児、渡り廊下を歩こうとする大宮司の背中に話しかける。 大宮司「いいえ、私の今日の仕事は、午後9時30分からです。それが何か?」 大宮司、蝶児の方を振り返る。 蝶児「少し、この荘の事を聞かせてくれないか?」 大宮司「…。」 大宮司、暫く間を置いてから、 大宮司「ある程度ならば、構いませんよ。では、大広間に行きましょう。」 一同、大広間に移動する。 霧山荘・二階・4の部屋(夜)、黒川、ベッドの上で身体を縛られ、失神している。 風を切る音「ヒュオ!」 黒川の身体目掛け、鋭利な刃物が振り下ろされる。 衝撃音「グサリ!」 黒川「グウウ!」 黒川の胸に鋭利な刃物が突き刺さる。黒川の胸から血が流れる。 黒川「ウッ!ウウウ!」 黒川、もがき狂うが、五体縛られ、口に猿轡を噛まされている為、どうする事も 出来ない。 黒川「ウ…ウゥゥ……ゥ…。」 黒川、暫く手足を痙攣させていたが、やがて、ゆっくりと動かなくなる。 窓「ガシャン!」 窓が内側から割られ、冷たい冷気が部屋に入ってくる。 冷気「ヒュゥゥゥゥ…。」 カーテンの取れた窓から、どんどん雪が入ってくる。 霧山荘・一階・大広間(夜)、蝶児、香、純、神無月、真弓、大宮司、大広間の中 で会話をしている。 蝶児「大宮司さん、アンタ、ここに来て何年だ?」 蝶児、大宮司の顔を見て言う。 大宮司「私は黒川と、ほぼ同期です。もう30年程、御主人様に仕えています。ですから、 この霧山荘が設立された時には、もう居ました。」 大宮司、テーブルに腰掛け、話す。 蝶児「だったら、17年前の事件の時も、いたのか?」 大宮司「…。」 大宮司、両肘をテーブルに突き、手を組んで蝶児の顔を見る。 大宮司「貴方も、興味が有るのですか?あの事件に…。」 蝶児「ああ、まあな。」 蝶児、ソファーに腰掛けて頷く。 神無月「蝶児君…失礼よ、止めなさい。」 神無月、窓際に立ち、蝶児を制する。 蝶児「黙っていろ…。」 蝶児、神無月を睨む。 大宮司「…あれは、今から、18年前の話しに遡るのですが…。」 大宮司、俯きながら言う。 大宮司「18年前の冬、由希子様が初めて御主人様の前に現れた日の事です。あの時は、御 主人様が経営されていた美術館に、由希子様が熱心に見に来ていらっしゃったのです。」 香「フーン、美術館かあ…。」 香、口を挟む。蝶児、香を睨む。 大宮司「御主人様は、由希子様を人目見て、気に入ってしまいました。その日の内に、由 希子様を連れ去ってしまいました。」 神無月「連れ去る?」 大宮司「はい、私が手引きしました。あの方の命令には背けません。」 純「そ、それで?」 大宮司「由希子様は、半強制的に、御主人様の妻にされました。そして、その日から1年 後に、霧山荘が完成し、御主人様は全ての財産と由紀子様、そして当時からの部下だった 私と黒川を連れて、霧山荘に御隠居されたのです。」 大宮司、目を瞑り、深呼吸をする。 大宮司「そして、霧山荘に移り住んですぐに、京子様が誕生されました。御主人様と由希 子様の子供です。」 蝶児「京子…。」 蝶児、ポツリと呟く。 大宮司「しかし、御主人様は…由希子様と京子様を、引き離しました。京子様こそ、私の 完璧なる芸術なのだ。と言って…。」 香「そ、そんな…どういう意味…。」 香、身を乗り出して大宮司に問う。 大宮司「由希子は美しい…しかし、それは外見だけであり、内面は私の理想とは違う。も し、外見が美しく、内面を一から私の手によって作れるものならば…。と御主人様は言っ ておられました。」 香「!」 大宮司「そして、御主人様は京子様が産まれてすぐに、由希子様を二階に住ませ、京子様 は三階から、出る事は許されなくなりました。無論、由希子様は三階に上がる事すら、許 されませんでした。」 大宮司、目を瞑ったまま、天井を仰ぐ。一同、沈黙したまま、大宮司の顔を見る。 大宮司「あの時の由希子様の悲痛に満ちた泣き声と、泣き顔は忘れられません。来る日も 来る日も、泣いておられました。それでも、御主人様は由希子様を京子様に会わせようと はしませんでした。それどころか…。」 大宮司、ため息をつく。 蝶児「それどころか?」 蝶児、大宮司の顔を凝視して問う。 大宮司「もう、あの女に用は無い。殺してしまえ。と私に言いました。」 蝶児「何!」 蝶児、ソファーから立ちあがり、大宮司を睨む。 神無月「ひ、酷すぎる!人間のする事なの?」 香「ゆ、許せない…。」 香、神無月、大宮司を険しい表情で睨む。 純「そ、それで、貴方は…由希子さんを…。」 純、大宮司を見て問う。 大宮司「…。」 大宮司、伏せ目がちに黙る。 蝶児「殺したんだな…。」 大宮司「…。」 真弓「…大宮司さん…。」 真弓、大宮司の顔を見て呟く。 大宮司「御主人様の命令は絶対です。私は、妻にも娘にも先立たれ、天涯孤独の身です。 御主人様に捨てられれば、もう生きてはいけません。」 蝶児「この野郎!」 蝶児、大宮司を殴り飛ばす。大宮司、テーブルから絨毯に倒れる。 神無月「ハッ!や、止めなさい!蝶児君!」 純「や、止めろ!止めるんだ!蝶児君!」 純、神無月、蝶児の身体を押さえつける。 蝶児「離せ!離せー!」 蝶児、怒り狂う野獣のごとく、暴れる。 香「先生!離しなよ!蝶児が正しいわ!許せないよ!この人!」 香、怒りに燃える目で、倒れた大宮司を見下ろす。 真弓「や、止めてください!今更、そんな事で憎しみあってどうするのです!」 真弓、蝶児と大宮司の間に割って入る。 香「栗原さん!どいてよ!許せないわよ!」 真弓「香さん!いけないわ!貴方の気持ちは判るけど、貴方や蝶児さんが憎しみのあまり に、この人を痛めつけてはいけないわ!」 真弓、倒れた大宮司を助け起こす。 真弓「大丈夫ですか?」 大宮司「すみません…大丈夫です。」 大宮司、自力で立ちあがり、服装を正す。 蝶児「貴様!貴様―!」 大宮司「…。」 大宮司、自分を睨む蝶児の目を、暫く呆然と眺める。 朝恵「た、大変です!大宮司さん!」 朝恵、慌てて大広間に入ってくる。 大宮司「どうした!」 大宮司、朝恵の方を見て問う。 朝恵「く、黒川さんが…殺されました…。」 大宮司「な、何!」 大宮司、驚愕の表情を朝恵に向ける。一同、暫く呆然とする。 霧山荘・二階・4の部屋(夜)、蝶児、香、純、神無月、真弓、大宮司、朝恵、ベ ッドに縛られ、胸に鋭利な刃物を突き刺さられた黒川の亡骸を、呆然と眺める。 大宮司「黒川…。」 大宮司、部屋に入り、ベッドの上にカーテンの布で縛られた黒川の亡骸を覗く。 冷気「ヒュゥゥゥゥ。」 割れた窓から、吹雪が入り込む。 蝶児「窓から、逃げたのか?」 蝶児、部屋に入り込んで、部屋を見渡す。部屋の中はカーテンの布が、絨毯の至 る所に散乱している。他の人間は、渡り廊下から、黒川の死体を眺めている。 蝶児「栗原先生、一応、調べた方が良いんじゃないか?」 蝶児、渡り廊下の方を見て、黒川の死体を指差す。 真弓「は、はい。」 真弓、身体を震わせて、部屋に入ってくる。 大宮司「朝恵、釘と板を持ってきてくれないか?」 大宮司、窓際に立って言う。 朝恵「はい。かしこまりました。」 朝恵、階段に向かう。 真弓「何て事でしょうか…殺されて、まだ1時間も経っていません。い、いや、30分も経 っていないでしょう。」 真弓、黒川の顎を触って言う。 蝶児「何だって?じゃあ、黒川は、まだ殺されてすぐだってのか?」 真弓「はい。まだ、体温の温もりも残っています。この寒さの中でです。」 真弓、黒川の腕を掴んで言う。蝶児、大宮司を押しのけて、窓の外に顔を出す。 蝶児「畜生。犯人の姿どころか、足跡すら見えねえぞ!」 蝶児、顔を部屋に戻す。 蝶児「畜生!一体何者なんだ!」 蝶児、黒川の亡骸を眺める。 蝶児「どうして、ここまで縛り上げて殺したのだ?」 真弓「判りませんね…、でも、身動きが取れなかったでしょうね。黒川さんは…。」 真弓、黒川の右手を握ったまま、伏せ目がちに言う。 香「キャアアア!」 渡り廊下から、香の悲鳴が響く。 蝶児「な、何だ!」 蝶児、渡り廊下に飛び出す。 香「蝶児…。」 香、渡り廊下でしりもちを突きながら、2の部屋の開かれてドアの前で、蝶児の 顔を見る。 蝶児「どうした?」 蝶児、2の部屋を覗く。 蝶児「なっ!」 蝶児、部屋中血だらけになっている2の部屋を見て叫ぶ。 純「うわあああ!」 神無月「キャアアアア!」 純、神無月、蝶児の後ろから、2の部屋を覗いて叫ぶ。 真弓「どうしたのです!」 真弓、4の部屋の入り口から叫ぶ。真弓のすぐ後ろに、大宮司が蝶児達を見る。 蝶児「あの、カメラマンが…殺された…。」 蝶児、2の部屋の入り口から、窓際に座り、身体中血だらけになり、部屋中を血 だらけにしている、不気味な亡骸を見ながら言う。 真弓「あ!ああああ…。」 大宮司「なんという無残な…。」 真弓、大宮司、あまりにも、常軌を逸した光景に呆然とする。 蝶児「の、脳天を割っている…喉もやられているぞ…だ、駄目だ…完全に死んでいる…。」 大宮司「表情に生気が全く無い。明らかに死んでいる。」 大宮司、大きく開かれ、白眼をむいている両目をギョロリとする勉の亡骸を見て 言う。 大宮司「それに、この異常なまでの出血…、恐らく、大動脈も切っているのだろう…。あ るいは、心臓をやられたか…。」 大宮司、2の部屋のドアを閉める。 蝶児「あ、お前。何をするのだ…。」 大宮司「栗原先生をあの場で、検視をさせられまい…。」 大宮司、蝶児と大宮司のすぐ後ろで、肩を震わせる真弓を見る様に促し、呟く。 蝶児「…そ、そうだな…。」 蝶児、真弓を見て言う。 朝恵「大宮司さん。持ってきました。」 朝恵、階段の方から、トンカチと釘と板を数枚持って、歩いてくる。 朝恵「どうしましたか?」 朝恵、2の部屋のドアで集まっている一同を不可思議な表情で見て、問う。 大宮司「とりあえず、大広間に集まりましょう。」 大宮司、朝恵に耳打ちして、階段の方に向かう。 朝恵「皆様、大広間に行って下さい。私は、平島様を呼んでから、大広間に参ります。」 朝恵、1の部屋に行く。一同、階段に向かう。 ドア「コンコン。」 朝恵、1の部屋をノックする。 朝恵「平島様。」 ドア「コンコン。」 朝恵、ドアを再びノックする。が、全く返事が無い。 朝恵「平島様。」 朝恵、先ほどよりも少し大きな声で麻衣子を呼ぶ。一同、階段に向かう途中で、 朝恵の様子を見ている。 朝恵「平島様、開けますよ。」 朝恵、暫く間を置いてから、ドアノブを回す。 朝恵「平島様…、居ないのですか?」 朝恵、1の部屋に入る。一同、階段の手前で立ち止まり、1の部屋の様子を伺う。 朝恵「…居ない…。」 朝恵、30秒程で、1の部屋から出る。そして、一同の方を向いて、 朝恵「皆様は、大広間の方に向かってください。私は、平島様を捜してから参りますので。」 神無月「判りました。」 蝶児、香、純、神無月、真弓、階段を降りる。 霧山荘・三階・京子の部屋(夜)、美枝子、京子、洋子、部屋の中で、トランプを している。 京子「これと…これ…。」 京子、ハートの4とダイヤの4を揃える。 美枝子「スゴイ…また京子ちゃんの勝ちね。」 美枝子、ガックリと項垂れる。 洋子「本当にお強いですね。京子様は。」 洋子、嬉しそうに京子の方を見て言う。 京子「…お姉ちゃんも…先生も…がんばらないと…。」 京子、笑顔を見せながら言う。 洋子「…。」 洋子、嬉しそうにトランプをきり始める京子の顔を眺める。美枝子、そんな様を 上目で見る。 美枝子「洋子さん、そろそろ本気で行きましょう。」 美枝子、洋子に言う。 洋子「そうですわね。京子様、次は負けませんよ。」 京子「…ウフフ…負けないもの…。」 京子、トランプを並べ始める。 美枝子「京子ちゃんはどうしてそんなに、記憶力がいいのかしら?参ったわね。」 美枝子、頭を撫でながら言う。 京子「私…覚えるのは…得意なの…。」 京子、美枝子の顔を見て言う。 京子「お母さんの…顔も…ちゃんと覚えているよ…。」 美枝子「…お母さんの顔…。」 美枝子、京子の顔を呆然と見つめる。 京子「お母さん…お姉ちゃんを見ているよ…お姉ちゃんも…お母さんを見たよ…。」 美枝子「私も…見た?」 京子「…うん…まるで…本当の鏡みたい…お姉ちゃんは…。」 美枝子「鏡?」 美枝子、キョトンとして、京子を見る。 洋子「あ…。」 洋子、ハッとして美枝子の顔を見る。 美枝子「ど、どうしたんですか?」 美枝子、洋子が呆然と自分を見ているので問う。 洋子「い、いいえ、何でも有りません。」 洋子、絨毯に並べられたトランプに視線を戻す。 美枝子「???」 美枝子、つられてトランプに視線を送る。 霧山荘・一階・大広間(夜)、蝶児、純、香、神無月、真弓、大広間に集まってい る。 蝶児「何てことだ…3人も殺されたなんて…。」 蝶児、ソファーに腰掛けて呟く。 神無月「しかも、今回は二人同時によ…。」 神無月、テーブルに腰掛けて言う。 真弓「…どうして…殺されたのでしょうか…。」 真弓、神無月の正面に腰掛けて言う。 香「何か…関連があるのかしら?」 香、絨毯に正座を崩した姿勢で座りながら言う。 純「関連か…。野島先生はいち早くこの荘に、疑念を持ったから殺された。」 純、ソファーに腰掛けて言う。 神無月「カメラマンの人は、どうして…。」 蝶児「でも、確かにあのカメラマンは、今朝から様子が変だったな…。」 香「そうよ。」 香、蝶児の方を振り向いて相槌を打つ。 香「あのカメラマンは今朝から変だった。野島先生の死体が発見される前から…。そう、 サロンに呼ばれた時から、おかしかったわ。」 香、一同の顔を見回して言う。 純「何か、事件について、知っていたのかな?だから殺された。」 蝶児「その可能性が高いな。野島の死を事前に知っていた可能性も有るからな。」 真弓「どうやって野島さんの死を知ったのでしょうか?」 蝶児「早めに寝たものと思ったが…まだ、日の昇らない時間帯に、ロビーまで足を運んだ のではないか、そして野島の死体を見た。或いは、殺人の瞬間を見てしまった…。」 神無月「有りうるわね。平島さんが夜中、この荘を色々と調べていた話しから察するに、 同系統のあのカメラマンも、昨晩にそれも限りなく明け方に近い時間帯に、この荘を探っ ていた可能性は強いはね。」 神無月、腕組みして考える。 香「見たのよ。だから、今朝から様子が変だったのだわ。」 香、絨毯に寝そべって言う。 純「じゃあ、黒川さんはどうして?」 純、一同の顔を見回して言う。暫く、一同、沈黙する。 蝶児「犯人のみ、知る所…か。」 蝶児、呆然と天井を眺める。一同、再び沈黙する。その時、朝恵が大広間に入っ てくる。 朝恵「御集まりですね。皆様。」 朝恵、大広間を見渡し、一人一人の顔を見ながら言う。 蝶児「見つからないのか?」 朝恵「平島様の事ですね?はい、何処にも居ませんでした。」 朝恵、淡々と答える。 朝恵「皆様、新たに、遭難者の一人、佐々木勉様、この霧山荘・執事・黒川庄吉が、殺さ れました。もう、周知の事実でしょうが、一応、復唱させて頂きます。」 朝恵、大広間の中で、立ち尽くしながら言う。 朝恵「皆様、もう決して、一人でこの荘を徘徊しない様にお気を付けて下さい。それと…。」 朝恵、暫く間を置いて、 朝恵「平島さんがこの荘の何処かに潜伏していると思われます。あの方に出会ったならば、 御注意を…。私は5の部屋に居ります。何か有り次第、何時でも構いません。私の所に来 てください。では、失礼致します。」 朝恵、一礼して、大広間を出る。 蝶児「あ、オイ!」 蝶児、朝恵を呼び止めようとするが、朝恵は行ってしまう。 神無月「やけに急いでいるのね。」 神無月、渡り廊下の方を見て言う。 蝶児「あのオネーサンを捜しているのだろうよ。もう犯人扱いしているぜ。」 蝶児、大きく両手を上げて、背伸びする。 香「あ、ちょっと待ってよ。そういえば、栗原さん、黒川さんは殺されて30分も経って ない、て、言ってなかった?」 真弓「はい。確かに言いましたが…。」 真弓、香の方をキョトンとして見やる。 香「少なくとも、私達と執事の大宮司さんは、礼拝堂から大広間に居た間、1時間は一緒 だった。つまり、アリバイが有るのよ。」 純「ああ、そうだね。」 香「美枝子は三階に居る。御主人は目が見えない。京子という娘さんは三階から出られな い。という事は…。」 神無月「アリバイが無いのは…二人…。」 神無月、ハッとして香の顔を見る。 香「そうよ。メイドの井上さんと、あのフリーライターの女よ…。」 香、大きく目を見開いて言う。 真弓「香さん、実はもう一人この荘に住んでいらっしゃる方が居るのです。」 香「え?」 一同、真弓の顔を見る。 真弓「幅洋子さん。霧山荘に仕える京子様の家庭教師です。ですが、この人も京子様から あまり離れて行動はしませんので、除外出来るでしょう。」 香「家庭教師かあ…、その人はまだ会ってないのよね。御主人と京子さんと洋子さんには、 まだ面識が無いわ。三階にずっと居るのでしょうね。」 香、腕組みして言う。 香「でも、今回の事件で怪しいのはこの二人よ。井上さんは野島先生の死体の第一発見者 でもあり、黒川さんと共に発見した。その黒川さんも共犯だったとしたら…。」 神無月「共犯?」 香「そう、そして何故か事件の真相を知ったカメラマンを殺害、そして共犯の黒川さんを も殺害。」 純「そ、そんな…。」 香「一応、つじつまは合うわね。」 一同、香に注目する。 蝶児「動機は?」 蝶児、香に問う。 香「判らない。」 香、あっさりと言う。 蝶児「オイ!」 香「推測の話しよ。次に平島さんの場合は…。」 一同、香に注目する。 香「この霧山荘に、計画的にやって来た。目的は不明。そしてその目的の為にその日の内 に、荘を徘徊し始める。そして、その現場を野島先生に見られて殺害。そして、仲間の筈 のカメラマンに弱みを握られて殺害。黒川さんは、2の部屋を出る時に偶然鉢合わせして、 止む無く殺害。」 蝶児「ハア?」 香「いちいちうるさいわね、推測だって言っているでしょう。」 香、蝶児の方を振り向いて言う。 純「しかし、平島さんは何処に行ったんだろう?三階には行けないだろうしね。」 蝶児「!」 蝶児、突然ソファーから起きあがる。 神無月「どうしたの?蝶児君?」 蝶児「アイツ…美枝子の奴…どうやって三階に行ったのだ?」 蝶児、天井を見上げて言う。 香「もう、前にも言っていたでしょう。京子さんが連れて行ったんじゃないのって。」 蝶児「有り得ないだろう。京子は三階から出してもらえない筈だ。」 香「あ!」 一同、蝶児の顔を見る。 蝶児「三階は鍵が無いと行けないのだろ?て事は、この荘の京子以外の誰かが美枝子を連 れて行ったのではないか?」 神無月「一体誰が?」 蝶児「この荘の御主人は目が見えない。黒川か大宮司か井上か幅の誰かだ。」 真弓「それは、判りません。」 真弓、蝶児の顔を見て言う。 真弓「私は、この二年の間に、数回は京子さんを一階で見ています。二階では、殆ど毎月 来る度に会いました。ですから、京子さんは一階と二階に自由に行けるものと思われます。」 蝶児「だが、御主人は…。」 真弓「無論、一階と二階で京子さんを誰かが見つけたら、京子さんは厳しい御叱りを受け ていましたが…。」 蝶児「どういう事だ。鍵を京子に手渡している筈が無いと思うが…。」 蝶児、腕組みして考え込む。 香「方法は判らないけど、京子さんが自由に一階と二階に行けるのならば、京子さんも容 疑者の一人となるわね。」 香、天井をみて呟く。 神無月「今、何時かしら?」 蝶児「9時40分だ。何だ、突然。」 神無月「8の部屋に行きましょうか。10時になったら、消灯だったわよね。」 一同、大広間を後にする。 霧山荘・三階・由希子の部屋(夜)、美枝子、洋子、部屋に飾られた、鏡の女の絵 を眺めている。 美枝子「…。」 美枝子、呆然と女の横顔が描かれた鏡の女の絵を眺める。 洋子「似ていますね。美枝子さんと。」 洋子、絵を眺めながら言う。 美枝子「そうかしら、京子ちゃんにも似ていると思いますけど…。」 洋子「この絵は、霧山由希子様を描いた絵です。京子様に似ていても、不思議は有りませ ん。ですが、貴方の方が似ている気がします。」 美枝子「由希子さんの絵…この人が由希子さん…。」 美枝子、鏡の女の絵を呆然と眺める。 洋子「貴方は、本当にここに来るのは初めてですか?」 美枝子「え?」 洋子「いえ、すみません…つい、何となく…ただの他人の空似とは思えなくて…。」 洋子、美枝子の顔に向けていた視線を、鏡の女の絵に戻す。 洋子「恐らく、京子様は、貴方と母親を、重ねて見ていらっしゃるのではないでしょうか。」 美枝子「…。」 洋子「不思議なものですね…世の中とは…。」 美枝子、洋子、鏡の女の絵を暫く眺め続ける。 霧山荘・三階・幸造の部屋(夜)、幸造、大宮司、部屋で相談をしている。 幸造「何だと?黒川が殺された?」 幸造、安楽椅子から思わず立ち上がる。 大宮司「はい…二階の4の部屋で…。」 大宮司、部屋の中心辺りに立ちながら話す。 幸造「…。」 幸造、暫し安楽椅子から立ち上がったまま、動かない。 大宮司「実に嘆かわしい事です。」 幸造「フン!あの愚か者めが!ますます厄介な事になった!」 幸造、安楽椅子にドカリと腰掛ける。 大宮司「…。」 幸造「よいか、大宮司よ。この荘の住人から死者が出てしまった以上、我々もこの事件に 関与せざるを得まい。だが、この三階には、誰一人として足を踏み入れさせる訳にはいか ん。判っておるな?」 大宮司「判っております。しかし、朝恵を二階に着かせておいて宜しいのですか?」 幸造「何がだ。」 幸造、葉巻を咥え、火をつける。 大宮司「如何に名の売れたボディーガードとはいえ、一人では危険では…。」 幸造「構わん、放っておけ…。」 大宮司「は?」 幸造「黒川も朝恵も、容疑をかけられている。朝恵に至っては、もはや最重要人物となっ てしまっておるだろう。プロが聞いて呆れるものだ。」 大宮司「しかし…。」 幸造「大宮司、お前は京子の心配をしておれば良い。朝恵もプロを名乗るならば、見事、 犯人を捕まえるだろうよ。」 幸造、安楽椅子を回転させ、窓の方を向く。 大宮司「…かしこまりました…。」 大宮司、部屋を出る。 幸造「そう…京子さえ無事なら…犠牲はいくら払っても良い…。」 幸造、紫煙を吐きながら呟く。 霧山荘・二階・8の部屋(夜)、蝶児、香、純、神無月、真弓、部屋の中で会話を している。 神無月「佐々木さんと黒川さんが、各自の部屋で殺害された以上、貴方達と栗原さんを部 屋で一人にはさせられないわね。」 神無月、窓際の席に腰掛けながら言う。 香「…何て事なのかしら…。」 香、ベッドに腰掛けて言う。 真弓「すみません。私も…一人では恐ろしくて…。」 真弓、香の横に腰掛けて言う。 純「本当にこの荘に犯人は居るのかな?」 純、テーブルに腰掛けて言う。 蝶児「俺達には、知らない事が多すぎるな…。この荘の事、この荘の人間の事。」 蝶児、テーブルに腰掛けて言う。 神無月「昨日の晩、美枝子さんが居なくなってからが、恐ろしい出来事の始まりだったの ね…。」 香「違うよ…私達がこの霧山荘に着いてからが、始まりだったのよ…。」 蝶児「俺の責任だってのか?よく言うぜ。」 香「何よ?別にアンタの責任とは言ってないでしょ?」 蝶児「そう聞こえるんだよ。」 神無月「止めなさい。争っている場合ではないでしょう。」 神無月、席から立ち上がる。 純「はあ…僕、ちっとも眠く無いや…参ったな…。」 真弓「鎮静剤を打っていましたから…恐らく昼夜が逆転してしまっているのでしょう。」 蝶児「よし、純。じゃあ、ちょっと俺に付き合え。」 蝶児、テーブルから立ち上がる。 純「へ?何処に?」 純、ポカンとした表情で、蝶児を見る。 蝶児「あのオネーサンを探し出すんだよ。」 純「え!」 純、大きく目を見開いて、蝶児の顔を覗く。 純「バカ!殺されるわよ!」 神無月「そうよ!危険よ!止めなさい!」 蝶児「このままジッとしていても、何の解決にもならん。それに、俺達は美枝子を助け出 さなきゃならんのだ。時間も無い。」 香「…。」 香、俯く。 蝶児「来るか?純?」 蝶児、純の顔を見る。 純「…。」 純、俯いて黙る。 蝶児「…無理すんな…強制はしねえよ。お前はここで皆を守れ。」 蝶児、部屋を出ようとする。 神無月「止めなさい!やっぱり危険だわ!」 神無月、蝶児に近寄る。その神無月を純が遮る。 純「僕、行くよ。」 純、蝶児に歩み寄る。 神無月「純君!」 純「先生、僕は遭難した時から、ずっと寝ていたんだ。皆が大変な思いをしていた時、ず っと寝ていたんだ。ここで逃げる訳には行かないよ。」 蝶児「ほう…勇ましい事だ…頼もしいぜ。」 蝶児、純の肩を叩く。 神無月「止めなさい二人とも!犯人に出くわしたりしたらどうするの!」 蝶児「神無月、ドアを5回ノックしたら、俺達だ。その他のノックは絶対に開けるなよ。 いいな?」 蝶児、純、部屋を出る。 神無月「な!ちょっと待ちなさい!」 神無月、部屋の中心で立ち尽くしたまま動けない。香、ドアの鍵を閉めに行く。 神無月「か、香さん…。」 香「しょうがないよ…先生。あのバカ達は、一旦決めた事は梃でも動かないのよ。」 香、ため息をついてベッドに戻る。 真弓「香さん…。」 真弓、肩を震わし、声を殺して泣いている香の肩を抱く。 神無月「…。」 神無月、呆然と香を眺めている。 真弓「神無月さん…私達は、あの二人を信じて待ちましょう。香さんも、苦しい決断だっ たでしょうから…。」 真弓、香の肩を撫でながら、落ち着いた口調で言う。 神無月「…。」 神無月、目を閉じて下を向き、テーブルにゆっくりと腰掛ける。 香「…栗原さん…。」 真弓「何ですか?」 香、真弓の肩に頭を寄せる。 香「栗原さんって…美枝子みたいな事するね…。」 真弓「…?」 真弓、香の顔を眺める。 香「美枝子もよく、私が悔し泣きや、悲し泣きをすると肩を抱くんだよ。」 香、目を閉じる。 香「なんだか…美枝子が…傍に居るような気が…する…よ…。」 真弓「…そうですか。」 真弓、神無月の顔を見て、人差し指を立てて口の前に持っていく。 神無月「…寝ましたか?」 神無月、小声で真弓に問う。真弓、コクリと頷く。 真弓「疲れていたのでしょうね。この人は、ずっと気を張っていたようですから…。」 真弓、ゆっくりと香をベッドに寝かせる。 神無月「すみません。」 神無月、真弓の香に対する介抱を見ながら言う。 神無月「このまま寝かせてあげて下さい。彼女は人一倍周りの事を考えて行動しています。 せめて今だけでも、何もかも忘れさせて、休ませてあげたのです。」 真弓「ええ、判っています。」 真弓、テーブルに着く。 神無月「…やはり…平島さんが犯人なのでしょうか…。」 神無月、テーブルに両肘を突いて呟く。 真弓「…判りません。でも、犯人は本当に平島さんか井上さんの、どちらかなのでしょう か?私には、もっと慎重に考えなくてはならないような、そんな気がします…。」 真弓、俯いて言う。 神無月「どうして、そう思うのですか?」 真弓「私は、人を疑うのは苦手です。ですが、人を殺す、という異常な光景を検視という 名目で見せ付けられ、その惨劇を思い描く度に、犯人の心境を想像してしまうのです。」 神無月「犯人の心境?」 神無月、怪訝な表情をする。 真弓「はい。しかし、この殺人事件を振り返ると、殺さざるをえなかった、そんな気がし ます…少なくとも、野島さんと佐々木さんの場合は…。」 神無月「…では、黒川さんは?」 神無月、真弓の顔を覗く。 真弓「犯人は、恐らく…黒川さんを憎んでいたのでしょう…。殺され方が異常です。野島 さんと佐々木さんは、即死の状態で発見されました。しかし、黒川さんは、全身をカーテ ンの布で縛り付けられ、左胸部を一突きでした。致命傷です。悲鳴を上げる事も出来ず、 苦しみながら死にました。犯人は黒川さんを、苦しませて殺したかった…。そんな惨劇を 思い描かずにはいられません。」 神無月「…。」 神無月、呆然と真弓の顔を見る。 真弓「凄まじい怒りです…。身動きの出来ない黒川さんを、犯人は無慈悲に殺しました…。」 真弓、ため息をつく。 神無月「でも…、例え犯人が黒川さん狙いだったとしても、関係が無い野島さんと美枝子 さんが、被害に遭っています…。私は、犯人を、犯人を…、許せません。これで、蝶児君 と純君に何か遭ったら…。」 神無月、拳を震わせて呟く。 真弓「…。」 真弓、神無月のテーブルに置かれた拳を眺める。 霧山荘・二階・2の部屋(夜)、蝶児、純、ドアの前に立っている。 蝶児「あの時は、この部屋をあんまり調べなかったな…まずはここからだ。」 純「あの…血だらけの部屋を…調べるの?」 純、一歩、部屋から離れる。 蝶児「どうした?テンションが下がってきたのか?」 蝶児、ドアノブに手を掛ける。 純「だ、大丈夫だよ。」 純、深呼吸をする。 ドア「カチャ…カチャカチャ。」 蝶児「開かないぞ。畜生、鍵を閉めやがったな。」 蝶児、舌打ちする。純、胸を撫で下ろす。 蝶児「何を安心してるんだよ。行くぞ。」 純「う、うん。」 蝶児、純、サロンに向かう。 純「しかし、夜10時を越えたら消灯だなんて、うっすらと先が見える程度だね…。気味 が悪いよ。」 純、すくみ足になりながら歩く。 蝶児「俺は2日目だから、少し慣れたぞ。」 蝶児、平然と歩く。 霧山荘・一階・食堂(夜)、麻衣子、薄暗い食堂で、壁を探っている。 麻衣子「この一階には、何も無いようね…。やはりあの部屋とサロンだけだわ。となると、 犯人は…。」 麻衣子、何かを悟ったような顔をする。 声「何をコソコソしているのかしら?殺人犯サン?」 渡り廊下の方から、冷たい声が響く。麻衣子、声のする方を振り向く。 麻衣子「貴方は…確かメイドさんよね?」 麻衣子、朝恵の姿を確認して、問う。 朝恵「貴方が殺したのね?やってくれたわね。逃げ道でも探していたの?」 朝恵、麻衣子に歩み寄って行く。 麻衣子「私を疑っているのね?まあ、当然かな?さっき佐々木と執事さんが殺されたのを 知ったわ。私が居なくなったのも、ちょうどその辺りの時間でしょうしね。」 麻衣子、首を振って言う。 朝恵「しらばっくれて…、いい度胸してるのね。アンタはここで捕まえてやるよ。変な抵 抗をすれば、殺すわよ。」 麻衣子「まあ、怖い怖い。只のメイドさんじゃ無いみたいね?話し合わない?ねえ?」 麻衣子、両手を上げて言う。 朝恵「アンタが気絶した後で、ゆっくりと話しを聞いてやるよ!」 朝恵、スタンガンをもって麻衣子に駆け寄る。 麻衣子「なめないでよね。」 麻衣子、一瞬の前蹴りで、朝恵のスタンガンを蹴り飛ばす。 朝恵「くっ!」 朝恵、麻衣子の頬を殴り飛ばす。 麻衣子「キャッ!」 麻衣子、食堂のテーブルに背中から倒れる。朝恵、手放したスタンガンを拾いに 行く。 麻衣子「させないわ!」 麻衣子、椅子を朝恵に投げつける。 朝恵「ウッ!し、しぶといね!」 朝恵の肩に椅子が激しく当り、一瞬、麻衣子から視線をそらす。 朝恵「ウワッ!」 麻衣子、朝恵に肩からぶつかって行く。朝恵、窓際まで吹っ飛ぶ。 朝恵「ち、畜生!」 朝恵、立ちあがって首を左右に振る。 麻衣子「そこまでよ。動かないで。」 麻衣子、拾ったスタンガンを朝恵に向ける。 朝恵「あっ!」 朝恵、恨めしげに、向けられたスタンガンを眺める。 麻衣子「貴方、只のメイドじゃないわね?相当効いたわよ、あの一撃。」 麻衣子、頬を撫でながら言う。 朝恵「いいの?そんな余裕をかましてて?今、殺っとかないと後悔する事になるわよ?」 麻衣子「…。」 朝恵「さあ、殺しな!」 麻衣子「…。」 朝恵「どうした?早くしなよ!」 麻衣子、朝恵に向けていたスタンガンを降ろす。 朝恵「な!」 麻衣子「貴方も、犯人ではないみたいね…。確信したわ。」 朝恵「…。」 朝恵、怪訝な表情を麻衣子に向ける。 麻衣子「となると…、犯人は私達を上手くハメたのね…。油断のならない事ね。」 麻衣子、首を振る。 朝恵「ア、アンタが犯人でしょうに!何を言っているの!」 麻衣子「私が犯人なら、貴方を殺しているわ。私を信用する決定的な証拠だと思うけど?」 朝恵「…。」 麻衣子「貴方も、犯人に踊らされていたのよ。気付かないの?死体を発見するのは執事か メイドの貴方。そして、執事が殺された時のアリバイを証明出来ない貴方と私。これだけ の不利な状況に私達を追い詰めた犯人は、相当頭脳明晰な狡猾な奴よ。」 朝恵「う、うるさい!」 朝恵、一瞬の内に、麻衣子からスタンガンを取り上げ、スタンガンを麻衣子に向 ける。 朝恵「もう喋らない方が良いわよ。ここで寝てもらうわ。」 麻衣子「別に良いわよ。そしてますます犯人の思う壺になっていくのね。私が殺されるか、 貴方が殺されてね。」 朝恵「黙りなさい!」 朝恵、スタンガンを麻衣子の胸に押しつける。 麻衣子「どうしたの?早く電流を流しなさい。」 朝恵「…。」 朝恵、麻衣子の顔を睨む。 麻衣子「…。」 麻衣子、朝恵の顔を真剣な表情で見る。 朝恵「…貴方は…、犯人を知っているの?」 麻衣子「知らないわ。だから、嗅ぎ回っているのよ。」 朝恵「…貴方は、犯人では…ないのね?」 麻衣子「それだけは、自分がよく知っているわ。」 朝恵「…ふう…。」 朝恵、ため息をついて、スタンガンを降ろす。 朝恵「アンタじゃなかったのか…、じゃあ誰なのかしら。」 朝恵、俯いて言う。 麻衣子「さあね。」 麻衣子、朝恵、お互い俯いて立ち尽くす。 霧山荘・一階・礼拝堂(夜)、蝶児、純、祭壇に上がって、辺りを見回している。 蝶児「オネーサンは居ないな?ここにも居ないのか?」 純「ねえ、蝶児君?さっき、何か物音がしなかった?あっちの方で…。」 純、食堂の有る方向を指差す。 蝶児「アン?聞こえなかったぞ?空耳だろ?」 純「そうかなあ?」 純、首を傾げる。 蝶児「それより、お前は壁を調べろ。俺は床を調べる。」 蝶児、床を這うように進みながら言う。 純「隠し部屋なんて有るのかなあ…。」 純、壁を擦りながら、ゆっくりと進む。 蝶児「絶対に有る。間違いない。」 蝶児、確信している様に言う。 純「…。」 純、呆然と蝶児を見る。 蝶児「休むなよ。急げよな。」 純「う、うん。判ったよ。」 純、壁を再び調べ始める。 蝶児「オイ、純。」 純「何だい?」 蝶児「お前、誰が犯人だと思う?」 純「さあ、判らないよ。僕はまだ事態を上手く把握してないし…。」 蝶児「そうか…。」 二人、暫し沈黙して、隠し部屋を探す。 蝶児「オイ、純。」 純「何だい?」 蝶児「呼んでみただけだ。」 純「…。」 二人、再び沈黙して、隠し部屋を探す。 蝶児「オイ、純。」 純「何?」 蝶児「ここで由希子が死んだそうだ。」 純「え!ほ、本当に!」 蝶児、黙々と隠し部屋を探す。純、震えて祭壇の床を眺める。 蝶児「オイ、純。」 純「な、何?」 蝶児「山田まりやと山田邦子、どっちが好きだ?」 純「…山田まりや。」 二人、沈黙して、隠し部屋を探す。 蝶児「オイ、純。」 純「…何?」 蝶児「あのステンドグラスに描かれた絵が、気にならないか?」 純「え?」 二人、天井のスタンドグラスに描かれた、鏡の女の絵を眺める。 蝶児「この絵は礼拝堂とサロンに有った。そして由希子の部屋にも有る。」 純「それが?」 蝶児「一階の礼拝堂、二階のサロン、とくれば、三階の由希子の部屋といえば…。」 純「あ!」 純、ハッとして蝶児を見る。 蝶児「単なる偶然とは、思えないよな。意図的に配置してあると思うぜ。俺達にあまりこ の荘をうろつくなと言ったのは、この絵を発見されたくなかったからじゃないか?」 純「…どうして、そこまでこの絵を?」 蝶児「隠し部屋の存在に繋がるからだ。恐らくその隠し部屋は、三階に繋がっている。つ まり、第二の三階に通ずる道が有るのだ。」 純「成る程。この荘の人達にとって、三階は招きたくない場所…。だからこの絵を発見さ れ、関連性を悟られたくなかった…。」 蝶児「多分な…。」 二人、呆然と絵を眺める。 霧山荘・三階・スタッフルーム(夜)、大宮司、洋子、紅茶を飲みながら、会話を 交わしている。 大宮司「そう言う訳だ。君はなるべく京子様から離れぬ様、気を付けてくれ。そうだな、 美枝子様とも行動を共にすると良い。三人固まって部屋の中に居るのが安全だ。」 大宮司、洋子の顔を見て言う。 洋子「はい、判りました。しかし…、黒川さんまで…、殺されるとは…。」 洋子、震える手でティーカップを掴む。 大宮司「気の毒な男だった…。私も辛いのだ…。だが、殺人犯人は今もこの荘に居るのだ。 私達は細心の注意を払う必要が有る。私は、御主人様の傍から離れぬ様、心掛ける。」 大宮司、紅茶を啜る。 洋子「判りました。私は京子様と美枝子様から離れません。そして、部屋から出ない様に します。それと…。」 洋子、大宮司を見る。 大宮司「何だ?」 洋子「朝恵さんは、大丈夫なのですか?」 大宮司「ん?朝恵か?ああ、二階に着かせているが…。」 洋子「三階に引き返させましょう。危険です。」 大宮司「それは出来ない。御主人様の命令なのだ。背く訳にはいかん。」 洋子「しかし…。」 大宮司「君は、御主人様に対して不満が有る様だな。薄々、感づいてはいたが…。」 大宮司、洋子の顔を見る。 洋子「そ、そんな、別に、私は…。」 大宮司「構わん。君は京子様の為に雇われた家庭教師だ。御主人様の為に雇われた訳では ない。」 洋子「…。」 洋子、俯いて黙る。 大宮司「君は、京子様と美枝子様を守ってくれ。私はこれで失礼する。」 大宮司、席を立ち、ドアを開けようとする。 ドア「ガチャリ!」 その時、美枝子が入ってくる。 美枝子「洋子さん!大変!私の部屋の絵が…、あ!」 美枝子、大宮司の姿を見て驚き、慌てて御辞儀をする。大宮司、突然の出来事に 呆然として美枝子の顔を眺める。 大宮司「…な、何と…。」 美枝子「す、すみません。突然押しかけてしまって…。」 美枝子、再び御辞儀する。 洋子「どうしたのですか?美枝子さん?」 大宮司「この方が…、美枝子様…。」 大宮司、美枝子の顔を凝視する。 美枝子「は、初めまして、水無月美枝子です。この度はどうも、御世話になりまして…。」 美枝子、再び御辞儀をする。 大宮司「…そ、そうかしこまらなくても宜しい…。洋子、私は失礼する。先程の件を頼む ぞ。」 大宮司、部屋を出る。 洋子「…美枝子さん。どうしましたか?慌ててらっしゃる様ですが…。」 美枝子「あ、はい。」 美枝子、ドアに向けていた視線を洋子に向ける。 美枝子「私の部屋の絵が、動いているの。」 洋子「?」 美枝子「と、とにかく、来てください。」 美枝子、洋子、部屋を出て、由希子の部屋に向かう。 霧山荘・一階・中庭(夜)、蝶児、純、一面ガラス張りの中庭で立っている。 蝶児「しかし、変な感じがするな。外は吹雪だってのに外を歩けるなんてよ。」 蝶児、10メートル程のガラス張りの中庭を歩きながら呟く。 純「でも、両側は花が埋けてあるね。結構、歩きやすいよね。気分良いよ。」 純、両側の花壇を嬉しそうに眺めながら歩く。 蝶児「気持ちの悪い事言うな。よく調べろよ。」 純「判ってるよ。」 蝶児、純、キョロキョロしながら歩いていく。 純「どうやら、ここは事件に関係ないね…。」 純、行き止まりで立ち止まり、呟く。 蝶児「…そうだな。」 蝶児、行き止まりで壁を突き、答える。 蝶児「次、行くか。」 蝶児、純、来た道を振り返る。 蝶児「あ!」 純「え?」 蝶児、純、中庭の入り口で、仁王立ちしている麻衣子を見て声を上げる。 蝶児「オ、オネーサン…。生きていたのか…。」 純「あ、あの人は…犯人…じゃないと思うけど…。」 麻衣子「…」 三人、暫くお互いの姿を見たまま、動かない。 蝶児「い、行くぞ、純。」 純「え?だ、大丈夫かい?」 純、麻衣子に視線を向ける蝶児を見る。 蝶児「俺達は行き止まりに居るんだぜ。あそこまで行かねえとな。」 蝶児、麻衣子に歩み寄る。 純「あ!ちょ、蝶児君!」 純、蝶児の背後から付いて行く。 蝶児「よう!何処に居たんだよ?」 蝶児、手を振って麻衣子に話しかける。 麻衣子「ちょっと探検してたのよ。貴方達こそどうしてここに?」 蝶児「状況が状況だからな。美枝子を捜しにな。」 蝶児、麻衣子のすぐ前に立つ。 麻衣子「へえ?確か、美枝子さんは三階に居るんでしょ?じゃあ、どうして一階に居るの かしらね?おかしいじゃない?」 麻衣子、意地悪く笑いながら、蝶児を見る。 蝶児「ああ、だからこそ隠し部屋、或いは、隠し通路を探しているのさ。」 麻衣子「フーン…。貴方達も気付き出したのね?この霧山荘の構造を。」 蝶児「まあな。」 純「あ、あの、貴方は今まで、ど、何処に居たんですか?」 純、蝶児の背中から問う。 麻衣子「フフフ、私を犯人だと思っているの?坊や。」 純「い、いえ、そ、そんな…。」 蝶児「ああ、アンタは怪しまれているぜ。アリバイが無い上、姿をくらましていたからな。」 麻衣子「そうでしょうね。さっきも私を犯人扱いしてきた人が居たからね。自業自得とは いえ、少し痛かったわね。」 麻衣子、頬を擦る。 蝶児「何だ?その殴られた跡は?」 麻衣子「貴方達に関係無いわ。でも、一つだけ教えてあげる。私は三階に行っていたのよ。」 純「え!ほ、本当に?」 純、蝶児の横に出てくる。 蝶児「何処からだ?」 麻衣子「教えないわ。」 蝶児「あの絵からか?」 麻衣子「アラ?何で判ったの?」 麻衣子、意外な表情を、蝶児に向ける。 蝶児「ちょっとな。そうなんだな?」 麻衣子「そうよ。でも、貴方達には知ってもらいたくなかったけどね。素人だとすぐヘマ をやらかすから…。」 純「蝶児君!行こう!美枝子ちゃんを助けに行こう!」 純、蝶児を促す。 蝶児「待て、オネーサン。アンタに聞きたい事が有る。アンタが殺したんじゃないんだな?」 蝶児、麻衣子の顔を凝視して問う。 麻衣子「…勿論よ。そして、恐らくは井上さんもね。あの人は無実よ。」 蝶児「判った。ありがとよ。」 蝶児、純、麻衣子の横を通りすぎ、渡り廊下に出る。 麻衣子「待って、何処に行く気?」 麻衣子、蝶児を見て言う。 蝶児「三階に決まっているだろう。」 麻衣子「駄目よ。もうあの部屋には人が寝ているわ。明日にしなさい。」 蝶児「そんなに待ってられねえよ。アイツを早い事助けなきゃ危ない。」 蝶児、走って行こうとするが、麻衣子、蝶児の肩を捕まえる。 麻衣子「三階で、誰かと出くわしたら、どうなるか判っているの?危険よ、止めなさい。」 蝶児「別に構わねえ、誰だろうと文句は言わせねえよ。」 蝶児、麻衣子の手を振り解く。 麻衣子「仕方が無いわね。今度は本当に気絶してもらうわよ。」 麻衣子、蝶児と純の前に立ちはだかる。 蝶児「何だ?やるってのか?」 蝶児、両拳を麻衣子に向ける。 純「や、止めなよ!こんな所で争ってどうするんだよ!」 純、蝶児と麻衣子の間に割って入る。 蝶児「どけ!俺はどうしても三階に行く!誰が何と言おうと行く!」 麻衣子「…。」 純「だからって、ここでこの人を殴る事は無いだろ?止めてくれよ!」 純、蝶児を押さえつける。 蝶児「じゅ、純!お前!」 蝶児、純に押さえつけられ、もがく。 麻衣子「…?」 蝶児「は、離せ!純!」 蝶児、純の頭を押さえ付ける。 純「れ、冷静になってくれよ!」 純、必至に蝶児の腰に両腕を絡ませる。 麻衣子「やれやれ…。参ったわね。ほらほら、止めなさい。坊や達。」 麻衣子、両手を叩いて二人の仲裁に入る。 純「はあ、はあはあ…。」 純、腰を着いて息を荒げる。 蝶児「う…く…。」 蝶児、麻衣子によって純から引き離される。 麻衣子「大分、興奮しているわ。よっぽど美枝子さんを助けたい様ね?」 蝶児「…仲間だからな…。」 蝶児、俯いて呟く。 純「…。」 純、呆然と蝶児の顔を覗く。 麻衣子「しょうがないわね…、行きましょうか、三階に?そのかわり私も付いて行くわよ。 貴方達だけではとてもじゃないけど、不安だらけだわ。」 麻衣子、蝶児と純の顔を交互に見て言う。蝶児、純、俯いて黙る。 麻衣子「さあ、行きましょうか。あの部屋に居る人には悪いけど、私達を見た途端に、気 を失ってもらうしかないわね。」 麻衣子、両拳を鳴らす。 純「そ、そんな野蛮な…。」 麻衣子「誰がそんな事をさせるのか、考えてから言いなさい。」 麻衣子、純を睨む。 蝶児「俺が、やろうか?」 蝶児、麻衣子の顔を見ながら、両拳を鳴らす。 麻衣子「無理ね。貴方では一撃で人を失神させる事は出来ないわ。貴方では何十発も殴る 可能性が有ると思うから。」 蝶児「う…。」 蝶児、唇を噛み締めて黙る。三人、階段の有る方向に向かう。 霧山荘・三階・由希子の部屋(夜)、美枝子、洋子、鏡の女の絵を眺めている。 洋子「動いていますか?私には全然動いているとは思えませんが?」 洋子、顔を近づけて絵を眺める。 美枝子「この絵…女の人の横顔が…さっきまで左を向いていたのに…右を向いているんで す。」 洋子「?」 洋子、美枝子の顔を凝視する。 洋子「何かの間違いでしょう。私にはこの絵は右向きだと思いましたが…。」 美枝子「いいえ、左を向いていたんです。本当です。私、窓の吹雪を絵の女の人が見てる 様だったから、よく覚えているんです。」 美枝子、切羽詰った表情で、洋子を見る。 洋子「…参りましたね…、貴方は非常に疲れているのでしょう。この絵は右向きです。」 美枝子「そんな…、嘘です。」 洋子「美枝子さん。」 洋子、美枝子に一歩近寄る。 美枝子「あ…。」 洋子「あまり、気味が悪い事を言わないで下さい。貴方は一体何を考えているのですか?」 美枝子「い、いえ、私、気味が悪かったから…。」 美枝子、俯いて言う。 洋子「御気持ちは判りますが、私にどうしろと言うのですか?」 美枝子「い、いいえ、私、そんなつもりで、洋子さんを呼んだ訳じゃ…。」 洋子「なら、あまり絵を見ない様にして、寝てしまいなさい。それとも、私が貴方の眠る まで、添い寝をしましょうか?」 美枝子「い、いいえ、け、結構です!」 美枝子、顔を真っ赤にして、もの凄い勢いで両手と首を振る。 洋子「…そこまで否定なさらなくても良いのに…。」 洋子、頭を押さえ、首を振りながらドアに向かう。 美枝子「あ、洋子さん。」 美枝子、ドアから出ようとする洋子に声を掛ける。 洋子「何でしょう?」 洋子、美枝子の方をため息交じりに振り向く。 美枝子「また、何か有ったら…、呼んでも良いですか?」 美枝子、俯いて、小声で言う。 洋子「…どうぞ。しかし、内容によりますけど…。」 洋子、そう言って部屋を出る。 洋子「はあ…。」 洋子、大きくため息をついて、渡り廊下を歩く。 洋子「絵が動いたですって?」 洋子、歩きながら頭を押さえる。 洋子「そんな事、有る訳無いでしょ。」 洋子、ため息をつきながらスタッフルームに向かう。 霧山荘・二階・サロン(夜)、蝶児、純、麻衣子、鏡の女の絵を眺める。 麻衣子「開けるわよ。いいわね。」 麻衣子、蝶児と純の顔を見る。蝶児、純、黙って頷く。 鏡の女の絵「ゴトッ!」 麻衣子、鏡の女の絵を両手で押す。鏡の女の絵が、反時計周りに回転する。 蝶児「おお!」 純「ああ!」 蝶児、純、鏡の女の絵が有ったその奥に、新たな部屋が有るのを見て驚く。 麻衣子「ここが入り口よ。さあ、早く入りなさい。」 麻衣子、空洞から入り出す。蝶児、純、麻衣子に続いて、空洞から入る。 麻衣子「ここが、恐らく、二階に存在する13番目の部屋よ。」 麻衣子、3メートル程の空洞を抜けて、小さな部屋に入る。 蝶児「しかし、この空洞は狭いな。」 蝶児、両膝を着き、頭をかがめて、這う様にして空洞を進み、少し遅れて小さな 部屋に入る。 純「待ってよ〜。」 空洞の中から、純の声が響く。 麻衣子「貴方、ちゃんと絵は元通りにしてきたでしょうね?」 麻衣子、空洞の中で移動する純に問う。 純「あ!閉めてない!」 麻衣子「バカ!閉めてきなさい!」 純「わ、判ったよ…。」 純、蝶児と同じ態勢で、逆方向に進む。 麻衣子「全く、素人はこれだから…。」 麻衣子、頭を押さえる。 蝶児「さあ!行こうぜ!」 蝶児、小さな部屋に有るもう一つの空洞によじ登って、入ろうとする。 麻衣子「な!ちょっと待ちなさい!」 麻衣子、蝶児のズボンを引っ張り、蝶児を引き摺り下ろす。 衝撃音「ドカッ!」 蝶児「うわっ!」 蝶児、背中から床に落ちる。 麻衣子「あの子を待ちなさい!仲間なんでしょ!」 蝶児「あ、まだ来てないのか?本当に鈍いな、アイツは…。」 蝶児、顔を顰めて背中を擦る。 純「閉めてきたよ。」 純、空洞から小さな部屋に入る。 純「へえ、こんな部屋も有ったなんて…。」 純、小さな部屋を見渡す。 麻衣子「それも、生活の跡が有るわ。でも、ここ何十年も使われてはいない様だけど…。」 蝶児「でも、一人はこの部屋を使って、三階と二階を出入りしていた。」 蝶児、麻衣子の顔を見る。麻衣子、コクリと頷く。 麻衣子「恐らくはね…。」 純「誰が使っていたのかな?」 麻衣子「今は亡き由希子さんよ。彼女が使っていた。というより、閉じ込められていた。 という表現が、正しいでしょうね。」 蝶児「酷い話しだ…。こんな陽の当らない場所に…。あ、悪魔だ…。霧山幸造は悪魔だ。」 蝶児、壁を叩いて言う。 麻衣子「コンクリートの床に絨毯も無い…、コンクリートの壁にはポスターを貼った跡も 無い…、家具もここに有るだけだったのでしょうね…、鍋とコップと数枚の皿…。さっき の空洞の入り口には、南京錠を掛ける刺し穴も有ったわ…。本当に酷い話しよ!」 麻衣子、唇を噛み締めて呟く。 純「完全に閉じ込められていたんだね…、由希子さんは…。」 純、俯いて言う。 麻衣子「さ、さあ、行きましょう。ここで立ち止まっていてもしょうがないわ。」 麻衣子、三階に向かう空洞をよじ登る。 蝶児「あ、ああ。」 蝶児、純、麻衣子の後に続く。三人、両膝を着いて、這う様に空洞を進む。 麻衣子「もう少し進んだら、はしごが見えるわ。そしたら上に進むのよ。」 純「下も有るの?」 麻衣子「ええ、でも下は礼拝堂に繋がっているの。あそこから降りる事は出来ないわ。」 純「それはそうだね。結構、高さがあったからなあ。」 蝶児「…。」 純「どうしたの?蝶児君?」 純、前を進む蝶児に声を掛ける。 麻衣子「ん?どうかしたの?」 麻衣子、後ろを振り返り、蝶児の真剣な顔を覗く。 蝶児「…。」 蝶児、黙って進む。 麻衣子「まさか…、変な事考えてるんじゃないでしょうね?」 麻衣子、キツイ視線を蝶児に送る。蝶児、麻衣子の下半身を見ながら進んでいた 歩みを止める。 蝶児「ち、違う!何言ってんだよ!」 純「イタ!」 純、立ち止まった蝶児の尻に顔をぶつける。 純「急に止まらないでよ!蝶児君!」 麻衣子「もし、ちょっとでも不純な煩悩が頭を掠めたなら、目を覚ましてあげるわよ。」 麻衣子、片足を上げて、蝶児の顔を蹴ろうとする態勢を取る。 蝶児「ち、違うって言ってるだろ!俺は由希子の事を考えていたんだよ!」 麻衣子「フーン…。」 麻衣子、疑惑の目を蝶児に向ける。 蝶児「本当だよ!アンタ言ったよな?由希子は礼拝堂で死んでいたって、だから、ひょっ としたら由希子はそのはしごから…。」 麻衣子「…。」 蝶児「本当だよ!」 蝶児、真剣な表情で麻衣子を見る。 麻衣子「まあいいでしょう…。次に悪寒を感じたら、目隠しをしてもらうわ。さ、行きま しょうか。」 麻衣子、前を向いて再び進む。 蝶児「はあ…。」 蝶児、胸を撫で下ろす。 純「…最低だね…。蝶児君。」 蝶児「仕方ねえだろ!お前だってなあ、同じ立場なら…。」 蝶児、言い終える前に麻衣子の蹴りが飛んでくる。 衝撃音「バキッ!」 蝶児「ぐわっ!」 蝶児、頬に蹴りを食らって怯む。 麻衣子「一応、情けで手加減しておいたわ。悪いわね、こんなに魅力的で…。」 麻衣子、鼻歌交じりに先を進む。 純「急いでよ、蝶児君。」 蝶児「お、お前のせいで…。」 蝶児、頬を押さえながら進む。純、後に続く。 霧山荘・二階・5の部屋(夜)、朝恵、肩をアイスノンで冷やしながら、ベッドに 腰掛けている。 朝恵「あのフリーライターは、犯人ではなかった。では…、一体、誰が…?」 朝恵、窓の外の吹雪を見る。 朝恵「他の遭難者?あの蝶児とかいう男?いや、そんな事は…。野島の死を聞いてあんな に憤慨した男が?あれは、芝居には見えなかったけど…。」 朝恵、アイスノンで冷やしている肩を見る。 朝恵「骨にひびでもはいったのかしら…。参ったわね…。」 ドア「コンコン。」 朝恵「はい?」 朝恵、不意のノックに返事をする。 朝恵「ああ、鍵を閉めていたわね…。」 朝恵、立ちあがってドアに向かう。 朝恵「誰ですか?」 朝恵、ドア越しに問う。しかし、返事は無い。 ドア「ドン!ドン!」 今度は乱暴なノックがドアから響く。 朝恵「な、何なの?ま、まさか…。」 朝恵、ドアから一歩、離れる。 ドア「カチャカチャカチャ!」 ドアノブを乱暴に回す音がする。 朝恵「ど、どうやら、間違いなさそうね。」 朝恵、スタンガンを持って壁に隠れる。 ドア「…。」 ドアから全く音がしなくなる。 朝恵「…あ、諦めたのかしら…?」 朝恵、ドアに近寄り、耳をすます。 朝恵「…。」 朝恵、暫く、聞き耳を立てた後、ドアから離れ、ベッドに向かう。 朝恵「…ゆ、油断は出来ないわ…。今日は徹夜ね…。」 朝恵、ベッドに腰掛け、ジッとドアを眺め続ける。 霧山荘・三階・由希子の部屋(夜)、美枝子、ベッドの上で寝転がりながら、鏡の 女の絵を眺めている。 美枝子「絶対に動いているんだけどなあ…。」 美枝子、呆然と絵を眺める。その時、鏡の女の絵が、勢いよく回転する。 美枝子「ん…。」 美枝子、一瞬の出来事に反応が遅れる。鏡の女の絵が有ったスペースから、麻衣 子が飛び出し、美枝子に襲い掛かる。 美枝子「え?」 麻衣子、美枝子の腹に正拳突きを食らわせる。 衝撃音「ドスッ!」 美枝子「キャア!」 美枝子、ガクリとベッドに倒れる。蝶児、純、遅れて由希子の部屋に入ってくる。 蝶児「美枝子!」 蝶児、ベッドに気絶して寝ている美枝子を見て叫ぶ。 純「え?美枝子ちゃん?」 純、部屋を見渡す。 麻衣子「この人が美枝子さん?あら、気の毒に…。」 蝶児「な、何てこった…。まさか、美枝子が使ってる部屋に繋がってたとは…。」 蝶児、美枝子を抱き起こす。 蝶児「美枝子!美枝子!」 麻衣子「止めなさい。もう少し時間を置いてから起こした方がいいわ。」 麻衣子、慌てる蝶児を宥める。 純「ここが、三階…、本当だ、この部屋にも絵が有るよ。」 純、空洞の入り口に掛けてある鏡の女の絵を見て言う。 麻衣子「ええ、私が初めて来た時は、運良く誰も居なかったけど、まさか美枝子さんの部 屋だったとはね。美枝子さんには気の毒したわ。」 麻衣子、美枝子に視線を送る。 蝶児「…とことんついてないな…、美枝子は…。」 蝶児、美枝子に憐れな視線を送る。 純「おお〜、蝶児君!熱視線、熱視線!」 純、笑顔で蝶児を茶化す。 蝶児「な、何!」 蝶児、美枝子をベッドに放り置いて、純に歩み寄る。 純「ハハハ、冗談、冗談、とにかく、美枝子ちゃんが無事で良かったね。」 蝶児「あ、ああ、まあな。」 蝶児、美枝子を見る。 麻衣子「それで?どうするつもりなの?これから。」 麻衣子、ベッドに腰掛けて、二人に問う。 蝶児「美枝子を皆の所に連れて行く。」 麻衣子「駄目よ。」 蝶児「何だと?」 麻衣子「今晩、美枝子さんがこの部屋から居なくなったら、明日の朝は大パニックになる のよ。判るでしょう?」 麻衣子、腕組みして言う。 純「で、でも、あんまりじゃないですか…。美枝子ちゃんがかわいそうだよ。」 蝶児「そうだぜ、この荘の連中がパニックになろうと、関係無いぜ。美枝子は連れて行く からな。」 麻衣子「…。」 麻衣子、黙って蝶児を見る。 純「僕も、蝶児君に賛成です。」 純、麻衣子の顔を見て言う。 麻衣子「はあ…、もういいわ、好きにしなさい。でも、明日の朝は、この荘の連中と、大 戦争よ。忘れないでね。」 麻衣子、首を振ってテーブルに着く。 蝶児「望む所だ。あの大宮司とかいう爺さんを、またぶん殴ってやるぜ。」 蝶児、両拳を鳴らす。 美枝子「う、う…。」 美枝子、呻き声を上げる。 蝶児「美枝子!おい!大丈夫か!」 蝶児、美枝子に駆け寄る。 純「美枝子ちゃん!」 純、美枝子に駆け寄る。 美枝子「あ…、蝶児…、純君…。」 美枝子、うっすらと目を開けて、蝶児と純を見る。 麻衣子「ちょっと当りが弱かったのかな?まあ…、一瞬の一撃だったし…。」 麻衣子、美枝子を見ながら、拳を振る。 蝶児「気が付いたか?」 美枝子「え?ええ?ど、どうして、ここに二人が?あの女の人は確か…、ど、どうして、 私が襲われなきゃならないの?」 美枝子、勢いよく上半身を起こして麻衣子を見る。 麻衣子「悪かったわね、謝るわ。これは不幸な事故だったのよ。」 美枝子「…?」 美枝子、判らないといった顔をして、麻衣子を見ながら殴られた個所を擦る。 蝶児「美枝子、お前は平気だったんだな?良かったぜ…。」 美枝子「平気?何の事?私はこの部屋でずっと吹雪が止むのを待っていただけよ。」 美枝子、キョトンとして、蝶児を見る。 純「…?」 純、不可思議な表情を美枝子に向ける。 美枝子「でも、皆がここに来るなんて思って無かったわ。何か…、あの絵から飛び出して きた様だったけど…。」 美枝子、鏡の女の絵を眺める。 蝶児「ああ、二階と三階を繋ぐ、秘密の通路が存在したんだよ。あの絵が目印だったんだ。」 美枝子「あ!左向きになってる!」 美枝子、鏡の女の絵に駆け寄って呟く。 蝶児「…?」 蝶児、不可思議な表情を美枝子に向ける。 麻衣子「その絵がどうかしたの?」 麻衣子、すぐ横に立って、絵を眺める美枝子に問う。 美枝子「そうか、蝶児達がここから来たんだったら…。」 美枝子、鏡の女の絵を半回転させる。 美枝子「やっぱりそうね。」 美枝子、裏側に右方向を向いている女が描かれた、鏡の女の絵を見て頷く。 麻衣子「どうしたの?」 美枝子「この絵は、表と裏に、鏡に映した様に、左右対称になっている絵が存在していた のよ。成る程ね、私は間違って無かったわ。」 美枝子、嬉しそうに絵を眺める。 麻衣子「成る程、やはり、あの紙切れの内容はこの二枚の絵の事を指していたのね。鏡の 映った世界…、つまり、鏡に映した絵。二枚が揃った状態で完成するこの絵の事を、意味 しているわ。」 麻衣子、鏡の女の絵を回転させて頷く。 純「何の為に、そんな紙切れなんか…。」 麻衣子「それは判らないままだけど、あの紙切れが、隠し通路を見付ける為の暗号だった 事は、確かだわ。」 蝶児「何の為に、よりも、誰がこの紙切れを?が、肝心だな。」 麻衣子「そうね。」 蝶児、純、麻衣子、絵を眺めながら、立ち尽くす。 美枝子「どうして三階に来られたの?私は三階から出してもらえないのに。」 蝶児「俺達だって三階には入れさせては貰えなかったさ。だから、御忍びでここまで来た んだよ。この隠し通路を通ってな。」 蝶児、鏡の女の絵を叩く。 純「美枝子ちゃんもここから来たんでしょ?」 美枝子「ううん、私は京子ちゃんと階段を上って来たわよ。」 蝶児「何だって?」 蝶児、純、美枝子の顔を覗く。」 美枝子「京子ちゃんって娘は、この荘のお嬢さんよ。可愛いんだから…。」 蝶児「お前、階段を上って来たって…、扉が有っただろ?鍵付きの?」 美枝子「そういえば…、有ったわね。京子ちゃんが開けてくれたわよ。」 純「…どういう事だろう?」 純、蝶児の顔を見る。 蝶児「京子が…鍵を持っていた?そうなるよな?」 蝶児、純の顔を見る。 美枝子「貴方達、さっきから何を言っているの?京子ちゃんを知っているの?」 美枝子、呆然と二人を眺める。 蝶児「お前は京子に連れられて、この三階に来たんだろ?」 美枝子「ええ…。」 美枝子、コクリと頷く。 蝶児「他に誰か居なかったか?」 美枝子「…京子ちゃんだけだったわ…。」 美枝子、暫く間を置いて答える。 純「やっぱり、鍵を持っていたんだよ…。京子は三階から自由に出入り出来るんだ。」 蝶児「…おかしい…。この荘の主人が京子に鍵を渡すとは考えられん。腑に落ちないぜ。」 麻衣子「じゃあ、誰か他の人が、京子さんに鍵を渡したんじゃないかしら?」 純「それしか…考えられないよ。誰だろう…。」 美枝子「…?」 美枝子、ベッドに腰掛けて、蝶児、純、麻衣子を眺める。蝶児、純、麻衣子、暫 く考え込む。 蝶児「主人、京子、由希子を除外すると…、大宮司、黒川、井上、幅、の四人か…。」 純「この四人の内の誰かが?」 麻衣子「それしか考えられないわ。」 蝶児「誰だか判らないな…。」 蝶児、ため息をついて呟く。 美枝子「蝶児、そろそろ私にも説明して頂戴。さっぱり訳が判らないわ。」 美枝子、蝶児を睨む。 蝶児「美枝子。お前は犯人じゃないよな。有り得ない。」 美枝子「犯人?何を言っているの?」 美枝子、キョトンとしている。 麻衣子「!?」 麻衣子、ハッとして蝶児に歩み寄る。 蝶児「な、何だよ。」 蝶児、麻衣子に部屋の隅に連れて行かれる。 麻衣子「美枝子さんは、恐らく、何も知らないわ。事件の事を聞かされていないのよ。」 麻衣子、蝶児の耳に囁く。 蝶児「何だって!」 麻衣子「理由は判らないけど、三階に居る以上、下の階の出来事は知らないし、聞かされ てもいないのよ。」 蝶児「この荘の人間は、美枝子に隠してやがるのか…。何故だ?」 麻衣子「…でも、知らないままのほうがいいわ。今、伝えるのは美枝子さんにとって、衝 撃が強すぎるわ。事件が解決してからゆっくり伝えるのが、ベストね。」 蝶児「…。」 蝶児、麻衣子、美枝子と純の元に戻る。 美枝子「何の事なの?教えて頂戴。」 美枝子、蝶児を見ながら言う。 蝶児「何でもねえよ。」 美枝子「…。」 美枝子、怪訝な表情を蝶児に向ける。 麻衣子「さて、いつまでもここに居る訳にはいかないわ。どうするの?貴方達は?」 麻衣子、三人を見る。 蝶児「勿論帰るさ。美枝子、行くぞ。」 美枝子「何処に?」 蝶児「二階だよ。俺達の部屋に行くんだ。」 美枝子「…。」 美枝子、俯いて黙る。 純「どうしたの?美枝子ちゃん?」 蝶児「美枝子?」 美枝子「私…、悪いけど、吹雪が止むまで…、帰る時までこの部屋に居るわ。」 美枝子、俯いて言う。 蝶児「な、何言ってんだ?お前、どうしたんだよ。」 美枝子「私、京子ちゃんの傍にもう少し居たいのよ。皆とはいつでも会えるけど、京子ち ゃんとは…。」 純「…。」 蝶児「京子…。美枝子、今はそんな状況じゃないんだ。無理やりにでも連れて行くぞ。」 蝶児、美枝子の腕を引っ張る。 美枝子「嫌よ!離して!」 美枝子、蝶児の腕を振り払う。 蝶児「美枝子!死にたいのか!」 麻衣子「蝶児君!落ち着きなさい!」 麻衣子、蝶児の頬を引っ叩く。 純「ああ…。」 蝶児「な、何するんだよ。」 麻衣子「ここに居る以上、美枝子さんは安全よ。貴方の気持ちは判らないでもないけど、 美枝子さんの安全を第一に考えるなら、ここに美枝子さんを残すのよ。」 蝶児「…。」 蝶児、俯いて目を閉じる。 美枝子「…やっぱり…、何か有ったのね?私には、言えないの…。」 蝶児「何でも無い…。お前はここに残れ…。」 蝶児、俯いて言う。 美枝子「蝶児!教えてよ!」 蝶児「うるせえ!お前には関係無い!お前まで巻き添えを食いたいか?」 蝶児、美枝子を睨み付ける。美枝子、ビクッと身体を震わせる。 美枝子「な…、何よ…。」 美枝子、俯いて呟く。 蝶児「行くぞ、純。帰るんだ。」 純「いいのかい?」 純、空洞に入ろうとする蝶児に問う。 蝶児「いいんだ。行くぞ。」 蝶児、空洞に消える。 純「…じゃあ…、また、帰りにね。」 純、空洞に消える。 美枝子「蝶児、純君…。」 美枝子、空洞を呆然と眺める。 麻衣子「私も今夜は帰りましょうかね。あんまりうろついてると、面倒な事になりそうだ し…。」 麻衣子、空洞に入る。 麻衣子「あ、それと、美枝子さん。貴方はなるべく、私達の事は喋らないで頂戴。」 麻衣子、美枝子の方を振り返って言う。 美枝子「あ、はい。」 麻衣子「一人でこの荘を歩き回っちゃ駄目よ。絶対にね。この隠し通路を使うのも駄目よ。 貴方自身の為なの。三階に居るべきなのよ貴方、いいわね。」 美枝子「…わ、判りました。」 麻衣子「それじゃあね。私はあと何回か、この通路からここに来るからね。」 麻衣子、鏡の女の絵を回転させ、空洞の入り口を閉じる。 美枝子「一体、下で何が起きているの?」 美枝子、頭を撫でながら、鏡の女の絵を眺める。 霧山荘・二階・5の部屋(夜)、朝恵、ベッドの上でスタンガンを持ったままドア を眺めている。 朝恵「もう、居なくなったのかしら?」 朝恵、ドアに近づく。 朝恵「…。」 朝恵、床に聞き耳を立てる。 朝恵「足音は無い…。では、呼吸音は?」 朝恵、聴診器をドアに立てる。 朝恵「…。」 朝恵、聴診器をポケットにしまう。 朝恵「誰も居ないわ。諦めたのね。」 朝恵、ベッドに戻る。 朝恵「犯人の奴、私を殺しに来た…。理由は?」 朝恵、天井を見上げる。 朝恵「判らない…。しかし、私を現実に襲ってきた。油断は出来ないわね。」 朝恵、ドアを眺めながら、アイスノンを再び肩に当てる。 霧山荘・三階・執事室(夜)、大宮司、テーブルで、酒を飲みながら窓の外の吹雪 を眺める。 大宮司「何故だ?どうして、こんな事が?私も殺されるのか?」 大宮司、震える手でグラスを掴む。 大宮司「私も狙っているのか?何故…、こんな恐ろしい事を…、フフフ…、理由は判って いる…。だがな、そうはさせん。私はまだ死ぬ訳にはいかんのだ。」 大宮司、ベッドに向かう。 大宮司「…原罪…なのだな…。私は…裁かれる…。だが…、お前の手にかかる訳にはいか んのだ。」 大宮司、ベッドに座り、考え込む。 大宮司「黒川は…、裁かれた…。次は…誰なんだ?」 大宮司、俯いて呟く。 霧山荘・隠し通路(夜)、蝶児、純、麻衣子、小さな部屋の中に居る。 純「いいの?蝶児君。美枝子ちゃんは?」 純、蝶児の顔を見て言う。 蝶児「いいのだ。アイツはあそこでジッと待ってりゃあいい。必ずまた迎えに行く。」 蝶児、二階に続く空洞に入りながら言う。 麻衣子「ほら、急いで頂戴。こんな所見られたら、追い出されるのが関の山よ。」 麻衣子、純の肩を叩きながら言う。 純「う、うん。」 純、空洞に入る。麻衣子、後に続く。 霧山荘・三階・スタッフルーム(夜)、洋子、紅茶を飲みながらテーブルに座って いる。 洋子「身体の具合が悪いのかしら…、少し熱っぽいわね。」 洋子、自分の顔を擦って言う。 洋子「ウッ!ゴ、ゴホッ!」 洋子、突然咳き込み、テーブルに血を吐く。 洋子「い、いけない…。また、吐血を…。」 洋子、口に手を当て、呟く。 洋子「もう…、長くないのね…。」 洋子、手に付いた血を、潤む目で見ながら言う。 洋子「もう…死ぬのは怖くない…。でも、京子様の傍にもう少し…、もう少し居たいのよ。」 洋子、ナプキンで口を拭いて、ベッドに向かう。 霧山荘・三階・幸造の部屋(夜)、幸造、ベッドに寝ている。 幸造「黒川…、愚かな奴だ。死んでしまいおって…。」 幸造、大きくため息をついて呟く。 幸造「しかし、考え様によっては、これで良かったのじゃろうな…、奴は、汚い仕事を続 けるには、軟弱過ぎたのだからな。死んで楽になったろう…。なあ?黒川よ。」 幸造、ベッドで寝返りしながら言う。 幸造「ワシは死なん…。殺される訳にはいかん。京子の為にも、死なんぞ。ワシが殺され たりするものか!」 幸造、僅かに身体を震わせながら、呟く。 霧山荘・二階・8の部屋(夜)、香、ベッドで寝ている。真弓、テーブルに頭を着 いて寝ている。 真弓「ん…んん…。」 真弓、うっすらと目を開ける。そして、部屋を見回す。 真弓「神無月さん?」 真弓、神無月の姿を探す。 真弓「か、神無月さん!」 真弓、立ちあがり、部屋を歩き回りながら、神無月を捜す。 香「ど…どうしたの?栗原さん?」 香、ベッドから立ちあがる。 真弓「か、香さん!神無月さんが居ないのよ!」 香「え?」 真弓「あの人が、ここから居なくなるなんて…有り得ないのに…。」 香「さ、捜さないと…。」 香、部屋を歩きながら、言う。 真弓「ま、まさか…、外に…。」 真弓、ドアを振り向く。 香「そ、そんな…。」 香、真弓の顔を見る。 真弓「わ、私、渡り廊下を見てきます。香さん、貴方はここに居てください。」 香「だ、駄目よ!危険だわ!」 真弓「しかし、神無月さんはこの部屋に居ません。早く捜さないと…。」 香「じゃあ…、私も行く。一人では危険よ。一緒に探しに行きましょうよ。」 真弓「…判りました。」 真弓、ドアノブを掴む。 真弓「あ!」 香「どうしたの?」 真弓「か…鍵が…開いている…。」 香「え?」 真弓、香、震えながら、ドアノブを見る。 真弓「い、急がないと…。」 真弓、ドアを開ける。そして、渡り廊下に出る。香、真弓の後ろから続く。 香「真っ暗で、少し前しか見えないよ。」 真弓「香さん、注意してください。」 香「アッ!栗原さん!あ、あそこ…。」 香、5の部屋のドアを指差す。 真弓「…だ、誰か…倒れている…。ま…まさか…。」 真弓、震える声で呟きながら、5の部屋に近づく。 香「そ…そん…な…、う…嘘…でしょ…。」 香、5の部屋に駆け寄る。 香「か、神無月…先生…。」 香、5の部屋のドアに寄りかかった状態で、ナイフで心臓を貫かれて死んでいる 神無月を見て、倒れる。 真弓「香さん!だ、誰か!早く来て下さい!」 真弓、香を抱き起こしながら、叫ぶ。 ドア「ガチャリ!」 ドアを開いて、朝恵が渡り廊下に出てくる。神無月の死体が押しよけられる。 朝恵「どうしたのですか!先生!」 真弓「神無月さんが…。」 真弓、神無月の死体を指差す。 朝恵「こ、この人は…。」 朝恵、神無月を見て目を大きく開く。 真弓「もう死んでいます。心臓を貫かれています…。恐らく、苦しむ間もなく…息を引き 取ったでしょう…。」 朝恵「猿轡を噛まされている…。悲鳴を上げる事すら出来なかったんだ…。」 朝恵、唇を噛み締めて神無月を見る。 朝恵「あの時のノックは…、この人が助けを求めていたんだ…。」 朝恵、両目を閉じて、俯く。 真弓「どうして…、どうして…貴方は…。」 真弓、神無月を見ながら呟く。 朝恵「…この人を、何処かの部屋に運びましょう。ここに置いておいては、お気の毒です。」 朝恵、神無月を両手に乗せ、8の部屋に向かう。真弓、香をおんぶして、後に続 く。 4・対峙 霧山荘・一階・食堂(朝)、蝶児、香、純、真弓、麻衣子、テーブルに着いて、朝 食を摂っている。 香「…。」 香、俯いたまま、朝食を呆然と眺めている。 蝶児「食べろよ、香。」 香「…うるさいわね…。」 香、俯いたまま言う。 純「香ちゃん…。」 純、心配気に香を見る。 真弓「私がいけなかったんです…。私が眠ってしまいさえしなければ…神無月さんは…。」 真弓、俯いて言う。 香「違うよ…、私がいけないのよ。蝶児達を…送り出しちゃったから…、先生…あんなに 反対してたのに…。」 香、涙を流しながら呟く。 蝶児「止めろよ!アイツも言っていただろ!いつまでも悲しんでいられねえ!生き残った 俺達で、犯人を見つけ出すんだ!」 蝶児、香を怒鳴る。 香「…そんな事言ったって…、私達は…、殺されるのを待ってるだけよ…。」 衝撃音「ドン!」 麻衣子、テーブルを思いきり叩く。一同、麻衣子の方を向く。 麻衣子「いい加減にしてくれる?死にたいなら御勝手にどうぞ。でも、私は死ぬ気なんか 全然無い。気分を害するような暗さをこの場に出さないで欲しいわね。」 麻衣子、香を睨み付ける。 香「な、何よ…。貴方が、貴方が殺したんでしょうに!」 香、涙を拭いて、麻衣子を睨み返す。 麻衣子「へえ?メッキが剥がれたと思ったのに、まだまだ元気じゃないの。それで良いの よ。犯人にさっきのような弱音を見せたら、狙われやすいわ。気を付けなさい。」 麻衣子、スープを啜りながら言う。 香「離しを逸らさないで!アンタが殺したんでしょう!野島と、執事とカメラマン、そし て、神無月先生を!」 麻衣子「違うわよ。」 香「嘘よ!」 香、立ちあがって問う。 真弓「香さん!」 真弓、香を宥める。 香「アンタが殺したに決まってる!どうして殺したのよ!」 香、麻衣子目掛けて、テーブルナイフを投げる。 麻衣子「危ないわね。」 麻衣子、軽くテーブルナイフをよける。 香「殺してやる!許せないわ!」 香、麻衣子に突っかかる。 蝶児「止めろ!」 衝撃音「ドスッ!」 麻衣子、香の突進に合わせて、香の腹に正拳突きを食らわせる。香、失神する。 純「香ちゃん!」 純、香に駆け寄る。 麻衣子「大分、精神が錯乱しているわ。寝かせておいた方が良いわね。」 麻衣子、再び席に着き、スープを啜る。 純「ひ、酷いじゃないですか…。ここまでしなくても。」 純、麻衣子を睨み付ける。 麻衣子「じゃあ、私が殺された方が良かった?」 純「…。」 純、目を伏して、香をソファーに運ぶ。 蝶児「相変わらず強いな。」 蝶児、麻衣子を見て言う。 麻衣子「私は合気道師範代ですからね。」 蝶児「何だって?本当かよ?」 蝶児、ギョッとする。 麻衣子「護身術のようなものよ。昨日の貴方のような男から、身を守る為にね。」 蝶児「う…。」 蝶児、頭を掻く。 麻衣子「神無月さんは、貴方の話しによると、閉じ篭っていた8の部屋を出て、5の部屋 の前で殺されていた。矛盾だらけね。」 蝶児「ああ。」 蝶児、頷きながら返事をする。 真弓「何故…、外に出たのかしら…。」 真弓、麻衣子の顔を見ながら言う。 麻衣子「ドアの鍵は閉めていた。にもかかわらず、彼女はわざわざ犯人をドアの鍵を開け て招いてしまった。」 蝶児「俺は、5回ノックした時以外、開けるなと言っておいたのに…。」 蝶児、俯いて言う。 麻衣子「5回ノックしたのではないかしら?」 麻衣子、平然と言う。 蝶児「俺や純が殺したってのか?」 蝶児、憤然と麻衣子に歩み寄る。 麻衣子「違うわよ。貴方達が白、と言う事は、一緒に居た私がよく判っているわよ。だか ら、犯人が5回ノックして、神無月さんにドアを開けさせたのでは?と言っているのよ。」 蝶児「何だと?」 真弓「そ、そんな、偶然にそんな事が…。」 麻衣子「偶然じゃないわ。犯人は知っていたのよ。貴方達の合図をね。」 蝶児「どうやって…、俺が咄嗟に決めた合図だぞ。」 麻衣子「簡単な事よ。」 真弓「ハッ!まさか…。」 真弓、ハッと麻衣子の顔を食い入るように見る。 麻衣子「そう、部屋が盗聴されていたとしたら、簡単な事なのよ。」 麻衣子、スープを啜りながら言う。 霧山荘・二階・8の部屋(朝)、蝶児、真弓、麻衣子、部屋の中を徘徊して盗聴機 を探している。 真弓「あ、有りました。」 真弓、ベッドの下に仕掛けられた盗聴機を引っ張り出す。 麻衣子「これで確信したわ。犯人は私達の行動を、あらかた把握していたのね。」 蝶児「何てこった…。こんな物のお陰で…、野島や神無月が…。」 蝶児、盗聴機を叩き潰す。 麻衣子「ここの御主人にも、話を伺わなくてはならないわね。もう言い訳は出来ないわ。」 麻衣子、部屋を出る。 蝶児「何て奴らなんだ…。こんな物を仕掛けやがって…。」 真弓「蝶児さん…。」 蝶児、真弓、部屋を出る。 霧山荘・一階・中庭(朝)、香、純、ガラス一面に囲まれた中庭を歩いている。 香「…。」 香、中庭の真中辺りで、立ち尽くしている。 純「…元気出してよ…、香ちゃん…。」 純、香を振り返って言う。 香「…うるさいわね…。ほっといてよ。」 香、俯いて言う。 純「麻衣子さんの言った事は当っているよ。弱音を見せちゃ駄目だ。」 香「…。」 香、純を見る。 純「僕達は、生き残ろう。こんな所で死んじゃ、つまらないからね。」 香「フッ…、アンタは良いわね。単純なバカで…。」 純「…。」 香「私は死なないわ…。死んでたまるもんですか!許せないのよ!犯人が!」 香、純の胸倉を掴む。 純「お、おお!」 香「私に情けは無用よ、純。私に気を使う暇が有ったら、犯人探しをして頂戴。いいわね。」 純「う、うん!判ったよ!」 香、純の胸倉を離す。 香「純!貴方、昨日、美枝子に会ったのよね?私を連れて行きなさい。」 純「え?今?」 香「当たり前でしょう。行くわよ。」 香、純、中庭を出る。 霧山荘・二階・サロン(朝)、蝶児、真弓、麻衣子、テーブルに腰掛けて座ってい る。 朝恵「皆様、御集まりですね。おはよう御座います。」 朝恵、サロンに入ってきて、御辞儀をする。 麻衣子「白々しい挨拶は止めたら?メイドさん?」 朝恵「今は仕事中です。余計なちょっかいは止めて下さい。」 朝恵、麻衣子に一瞥をくれる。 蝶児「何の用だ?俺達もアンタ方に用が有るんだが…。」 朝恵「私からは、御主人様の用件をお伝え致します。吹雪は恐らく明日中に止むでしょう。 ですから、この荘から白馬村までの帰りの道のりは、御車を出すとの事です。」 蝶児「そうかい、それはどうも。俺達の用件を言うぜ。この荘の御主人、霧山幸造に会わ せろ。」 蝶児、壊した盗聴機を、朝恵にちらつかせながら言う。 朝恵「それは…、何ですか?」 朝恵、盗聴機を凝視する。 蝶児「しらばっくれんな!お前等が仕掛けたんだろうが!」 蝶児、朝恵に盗聴機を投げつける。朝恵、盗聴機を拾う。 朝恵「これは…、盗聴機!何処に有ったのですか?」 蝶児「まだシラを切る気か?お前等以外に誰が仕掛けるってんだ!」 麻衣子「これは、8の部屋に有ったのよ。それもベッドの下にね。」 朝恵「何て事…、私は知らないわ…。」 朝恵、盗聴機を眺めながら言う。 麻衣子「御主人に会わせて頂戴。話しを伺いたいのよ。」 朝恵「…。」 朝恵、麻衣子の顔を見て考え込む。 蝶児「会わないってんなら、こっちから押しかけるぜ!」 朝恵「…判りました。御主人様に掛け合ってみます。少々、御待ち下さい。」 朝恵、サロンを出る。 麻衣子「さて、これで幸造氏がどう出るか、ね。」 麻衣子、背伸びして言う。 蝶児「霧山幸造に聞きたい事は、山ほど有るぜ。」 蝶児、両拳を鳴らして言う。 真弓「明日には吹雪が止むと言っていましたね。それまでに、もう何も無ければ良いので すが…。」 真弓、窓の外を見て呟く。 蝶児「吹雪が止むまでに、犯人を捕まえてやるさ。」 真弓「そう…ですか…。」 真弓、俯いて言う。 霧山荘・三階・京子の部屋(朝)、美枝子、京子、洋子、部屋の中で朝食を摂って いる。 京子「お姉ちゃん…、今日は顔色が悪いね…。」 京子、心配気に美枝子の顔を覗く。 美枝子「え?そ、そんな事無いわよ。」 美枝子、笑顔で京子を見る。 洋子「また、お化けでも見ましたか?」 洋子、真顔で美枝子に問う。 美枝子「い、いいえ、昨日はすぐ寝ました。」 京子「お化け?先生…、お化けって…何?」 洋子「美枝子さんは、昨日の晩にお化けに会ったのですよ。そうですよね?美枝子さん?」 洋子、美枝子の顔を見て言う。 美枝子「は?は、はい。」 美枝子、オドオドして答える。 京子「どんな…お化けだったの…?」 京子、好奇心に満ちた目で、美枝子を見る。 美枝子「ど、どんな?」 美枝子、困って洋子を見る。 洋子「私は見ていませんから…。」 洋子、スープを啜りながら言う。 京子「ねえ…?どんなお化けだったの…?」 美枝子「…右と左を向く…お化けだった…かな?」 京子「…?」 京子、判らないといった顔をする。 洋子「…さて、朝食の後はどうしましょうかね。室内庭園に行きますか?それとも、図書 室に行きましょうか?」 美枝子「図書室まで有るんですか?」 洋子「ええ、かなりの数の本を揃えております。」 京子「結構面白いよ…。私がよく行くの…。そこに行きたい?お姉ちゃん…?」 美枝子「行ってみたいわ。」 京子「じゃあ…行こうね…。」 洋子「では、食べ終わったら行きましょう。」 三人、朝食を摂り続ける。 霧山荘・三階・幸造の部屋(朝)、幸造、大宮司、部屋の中に居る。 幸造「そうか…、私の姿を見せろと言うのだな?」 幸造、安楽椅子に腰掛けて言う。 大宮司「はい。申し訳有りません…。朝恵の話しによると、盗聴機を見つけたとか言って おりまして…。」 大宮司、部屋の真中辺りに立ちながら言う。 幸造「盗聴機?そんな物を仕掛けていたのか?」 大宮司「私は仕掛けておりませんが…。」 幸造「何だと?では、誰が仕掛けたのだ?」 大宮司「…判りません…。恐らく、犯人の仕業かと…。」 幸造「…。」 幸造、安楽椅子を回転させ、窓の方を向く。 幸造「大宮司…、残った遭難者は何人だ?」 大宮司「栗原先生と美枝子さんを除けば、四人です。」 幸造「そうか…、では、栗原先生とその四人を、三階の応接室に案内しろ。」 大宮司「え?」 幸造「聞こえなかったのか?応接室に案内しろ、と言ったのだ。」 大宮司「よ、よろしいのですか?」 幸造「構わん。しかし、絶対に京子に会わせてはならんぞ。京子を部屋に閉じ込めておけ。 外に出してはならん。」 大宮司「かしこまりました。」 幸造「それと、応接室、室内庭園以外の出入りは、禁止しろ。よいな、今回だけは三階に 招いた客として扱う。今回だけだ。いいな?」 大宮司「ハッ!かしこまりました。」 大宮司、部屋を出る。 幸造「…三階に人を招く事になるとは…、仕方の無い事とはいえ…、私も甘くなったもの だ…。」 幸造、ため息をついて俯く。 霧山荘・一階・食堂(朝)、香、純、テーブルで紅茶を飲んでいる。 純「こんな所で、紅茶なんか飲んでいて良いの?三階には行かないの?」 香「良いのよ、これも作戦の内よ。」 香、紅茶を飲みながら言う。 純「さ、作戦?」 香「そうよ、心理作戦よ。犯人を混乱させる為にね。」 純「混乱?」 純、紅茶に手を付けずに、香の顔を見る。 香「私達は仲間を失って失意のどん底にいる、だから、私達の命を奪う絶好の好機と思っ ている筈だわ。そこにつけいるスキが、生じるのよ。」 純「は、はあ…。」 香「ところがどっこい、私達が平然を装っていれば、犯人は混乱してしまう。どうして、 こいつらはこんなに落ち着いているのだ?てね。」 香、紅茶を飲みながら、辺りをキョロキョロする。 純「…。」 香「そして、犯人が混乱しているスキに、私達が美枝子を救出するのよ。絶対に上手く行 くわ。」 純「犯人が僕等を見ていたらね…。それに、本当に混乱するかなあ?」 香「するに決まっているでしょう?私は本気よ。」 純「あれ?冗談じゃなかったの?まさか…、真剣にそんな事を考えて…?」 純、驚愕の表情を香に向ける。 香「当たり前でしょう!何、考えてたのよ!」 香、身を乗り出して怒鳴る。 純「…香ちゃん…、栗原先生の所に行こう…。」 純、席を立つ。 香「栗原さんの所に?どうして?」 香、呆然と純を見る。 純「打ち所が悪かったんだね…。でも、大丈夫だよ…、栗原先生に診てもらえば…。」 香「…?」 純、香、食堂を出て、サロンに向かう。 霧山荘・二階・サロン(朝)、蝶児、真弓、麻衣子、テーブルに着いて朝恵を待ち 続けている。 蝶児「遅いな…。どうしたのだ?」 蝶児、指でテーブルを叩きながら言う。 麻衣子「作戦会議中なのでしょうね。御主人の登場なのだから、奴等も追い込まれている のよ。」 真弓「麻衣子さん、貴方は誰を犯人だと、お思いなのですか?」 真弓、麻衣子の顔を見て話す。 麻衣子「…不躾な質問ですね。それは言えません。ですが、霧山幸造が私にとって、容疑 者の一人である事は、言っておきましょうか。」 真弓「しかし、霧山幸造氏は、目が…。」 蝶児「目?目がどうかしたのか?」 蝶児、真弓を見て問う。 真弓「霧山幸造氏は、もう、目が見えません…。」 蝶児「何だって?本当かよ?」 真弓「はい、間違い有りません。」 蝶児「じゃあ、幸造に今回の犯行を遂行する事は…。」 真弓「無理でしょうね…。あの御様子では…。」 真弓、首を振って言う。 麻衣子「霧山幸造氏は、そんなに身体を悪くされているのですか?」 真弓「ええ、ここ2〜3年でますます悪化しています。おまけに目が完全に見えなくなっ たので、もはや車椅子での生活を、余儀なくされておられます。」 蝶児「何てこった…。幸造は容疑者から外さざる得ないのか…。」 蝶児、舌打ちする。 純「あれ?皆ここに居たんだね?」 香、純、サロンに入ってくる。 蝶児「お前等、何処に行ってたんだ?」 香「食堂で紅茶を飲んでいたのよ。別に人を殺しに行っていたわけじゃないわ。」 香、麻衣子を睨みながら言う。 麻衣子「貴方達もここに居なさい。これからこの荘の御主人様がお見えになるから。」 香「何ですって?」 蝶児「実は神無月の部屋から、盗聴機が見付かったんだ。」 純「え?」 蝶児「それをネタに、幸造をゲロさせようとしたんだが…。」 香「と、盗聴機…、そ、それじゃあ…。」 蝶児「そうだ、俺達の行動は粗方、把握されていた。そして、昨日の晩の会話もな…。」 香「な、何て事なの…。」 香、絨毯に両膝を着く。 麻衣子「犯人は相当用意周到な奴ね。なかなか、尻尾を出さないわ。」 麻衣子、腕組みして言う。 真弓「後で、全ての部屋のチェックをしなければなりませんね。」 蝶児「そうだな…。少なくとも、野島とカメラマンの部屋には有る筈だ。」 純「幸造氏が、仕掛けたのかな?」 麻衣子「…目が見えないなら、有り得ないわね。」 蝶児「…遅いな…。」 蝶児、時計を見る。 蝶児「11時か…。もう、30分近く待っているぞ。何してやがんだ?」 その時、大宮司と朝恵がサロンに入ってくる。 大宮司「御待たせ致しました。では、貴方方を三階・応接室に御案内致します。」 蝶児「な、何だって?」 一同、大宮司の顔を唖然として眺める。 大宮司「御主人様は、応接室で御待ちです。さあ、行きましょう。」 大宮司、朝恵、サロンを出て、階段に向かう。一同、遅れて大宮司と朝恵を追う。 霧山荘・三階・図書室(朝)、美枝子、京子、洋子、本棚に挟まれて本を眺めてい る。 美枝子「凄い本の数ですね。凄いわ。」 美枝子、呆然と本を流し見る。 洋子「これだけ揃えるのに、結構、苦労した様です。潰れた図書館の本を大量に取り寄せ たそうですから。」 洋子、古書を手に取って、パラパラ読みながら言う。 京子「私の好きな本は…これなの…。」 京子、美枝子に一冊の本を渡す。 美枝子「これは…、エルマーの冒険…。」 美枝子、懐かしそうに本を見る。 京子「私…、何度も…何度も読むの…。」 美枝子「私も読んだ事が有るわ、小さい時にだけど。」 京子「お姉ちゃんも?嬉しいな…、面白いよね…この本…。」 京子、嬉しそうに本を眺める。 美枝子「冒険好きのエルマーが、龍に乗せられて、様々な未知の土地を冒険する。夢の有 るお話しよね。」 京子「…うん…。私も…エルマーになりたい…。」 美枝子「…。」 美枝子、ふと寂しげな表情を見せる京子を見る。 洋子「あっちのテーブルに行きましょうか?ここで立ち読みするのも疲れるでしょう?」 洋子、数冊の古書を抱えて言う。 美枝子「あ、はい。行こう、京子ちゃん。」 美枝子、エルマーの冒険を持って京子に言う。 京子「うん…。」 京子、テーブルに向かう。 霧山荘・三階入り口のドア(朝)大宮司、一同の待つ前で、鍵を使ってドアを開 ける。 ドア「ガチャリ!」 大宮司、ドアを開ける。 大宮司「では、私の後に付いて来て下さい。」 大宮司、三階に入る。蝶児、香、純、真弓、麻衣子、朝恵の順に入っていく。 霧山荘・三階・渡り廊下(朝)、大宮司、蝶児、香、純、真弓、麻衣子、朝恵、渡 り廊下を歩いて、応接室に向かっている。 蝶児「へええ、三階は一階、二階、と比べて、随分と高級感漂う感じだな。」 蝶児、赤い絨毯の上を歩きながら、内側のガラス張りである、室内庭園を見なが ら言う。 純「すごく綺麗な室内庭園だ…。見ていて気持ちが良い。」 純、恍惚な表情で室内庭園を、歩きながらガラス越しに見ている。 香「バカねアンタ達は、今はそれどころじゃないでしょ。」 香、室内庭園に目もくれずに歩く。 真弓「ここが…三階…。この荘の三階…。」 真弓、室内庭園を見ながら呟く。 麻衣子「この三階の何処かに、京子も居るのね?」 麻衣子、後ろの朝恵に問う。 朝恵「呼び捨てにしないで欲しいわね。御主人様が聞いたら、追い出されかねないのよ。」 朝恵、麻衣子にしか聞こえない小声で言う。 大宮司「ここです。」 大宮司、応接室のドアの前で止まる。 麻衣子「ここに、霧山幸造が…。」 麻衣子、ドアを開けて、すばやく中に入る。 朝恵「あ!な、何を!」 朝恵、麻衣子がナイフを片手に持っているのを見て、慌てて麻衣子の後を追う。 霧山荘・三階・応接室(朝)、麻衣子、ナイフを振りかざして、車椅子に腰掛けて いる幸造に駆け寄る。朝恵、麻衣子の後を追いかけて来る。 麻衣子「…。」 麻衣子、幸造の目の前まで来て、幸造の顔のすぐ目の前でナイフを止める。 朝恵「ああ…、御主人様!」 朝恵、応接室の真中辺りで、麻衣子と幸造を呆然と見ている。 麻衣子「…どうやら、本当の様ね…。目が見えないというのは…。」 麻衣子、ナイフをしまう。 幸造「成る程…、私が盲目だとは信じてもらえなかった様ですな…。」 幸造、色眼鏡を触りながら言う。 朝恵「大丈夫ですか?御主人様!」 朝恵、幸造に駆け寄る。麻衣子、応接室の壁によっかかる。 幸造「心配は要らん。その御婦人は、私を試したのだよ。」 麻衣子「そういう事よ。」 麻衣子、平然と言う。 大宮司「次にこの様な事をすれば、即座に追い出しますぞ!宜しいですな!」 大宮司、応接室に入ってきて麻衣子に言う。 麻衣子「すみません。判りました。」 麻衣子、両目を閉じて頭を下げる。 蝶児「アンタが、霧山幸造か…。」 蝶児、香、純、応接室に入って来て、車椅子に腰掛けた幸造を見る。 大宮司「どうしましたか?栗原先生。」 大宮司、応接室の入り口で、渡り廊下をジッと見ている真弓に声をかける。 真弓「何でも有りません…。失礼します。」 真弓、応接室に入る。蝶児、純、応接室のソファーに腰掛ける。香、真弓、応接 室のテーブルに腰掛けて、幸造を見る。麻衣子、壁に寄りかかったまま暖炉の傍で、幸造 を見る。大宮司、朝恵、幸造を挟むように、窓際に立っている。 幸造「皆さん、災難でありましたな…。まさか、この様な恐ろしい出来事に遭遇するとは、 我々も犯人を探し出す事に、全力をかたむけているのですが、力及ばず、4人もの犠牲者 を出してしまった。申し訳有りません。」 幸造、頭を下げる。 蝶児「アンタに聞きたい事が、山ほど有るぜ。どうして今まで姿を見せなかったんだ?」 蝶児、挑戦的な目付きで幸造を見る。 幸造「私は見ての通り、目が見えず、病を患っています。その為、あまり三階からは出な いのですよ。」 幸造、正面を向いて言う。 蝶児「じゃあ、三階をここまで厳重に、他の者を寄せ付けない理由は何だ?」 幸造「ほほう…、なかなか、好奇心の強い若者の様ですな…。恐い物知らずの様だ。」 蝶児「爺さん…。戯言はいいんだよ。質問に答えな。」 蝶児、平然と言う。幸造、僅かに眉を引き攣らせる。 幸造「簡単な事ですよ。この三階には、私の最も重要な骨董品を置いて在るものでね。だ から、外部の者は立ち入れさせたくないのだよ。判るかね?芸術を愛する者の欺瞞という ものが?」 幸造、葉巻を咥える。大宮司、葉巻に火を付ける。 蝶児「ほーう。骨董品を盗まれるのを恐れてか?なかなか、良い理由だな?」 蝶児、目を細めて幸造を見る。 幸造「君も年を取れば、私の気持ちが判るというものだ。君はまだ若過ぎる様だからな。 年齢も、経験も。」 蝶児「フン!爺さんの頭の中を判ろうとは思わねえよ。アンタが三階に誰一人外部の者を、 立ち入れなかったのは、何か17年前の事件を探られる恐れが有ったからじゃないのか?」 蝶児、口調を強めて言う。麻衣子、厳しい視線を幸造に送る。一同、静まり返る。 幸造「…フ…フフフ…。」 幸造、不敵に笑い出す。 幸造「成る程…、君は本当に恐い物知らずだな。よかろう…お教えしよう。その通りだよ。 由希子の事件の時、この三階に入ってもらっては、私は困り果ててしまったのだ。」 麻衣子「何故よ!」 麻衣子、幸造を睨み付けながら、強い口調で問う。 幸造「17年前、私は大宮司に、由希子を殺す様に言った。そうだな?大宮司よ。」 幸造、平然と言う。 麻衣子「な!」 蝶児「な、なんだ!コイツ!」 一同、幸造を見て、驚愕する。 大宮司「ご、御主人様…、な、何を…。」 大宮司、驚愕の表情で、幸造を見る。 幸造「構わん、そうだな?大宮司よ。」 幸造、口調を強めて言う。 大宮司「…はい。」 大宮司、コクリと頷く。 香「じ、自白した…。」 純「し、信じられない…。」 麻衣子「やっぱり、貴方が殺したのね?霧山幸造!」 麻衣子、幸造に歩み寄る。朝恵、幸造の傍から離れて、麻衣子に立ちはだかる。 幸造「そうだ。だが…、もう事件は時効を迎えている。私は裁かれんのだよ。」 幸造、紫煙を吐きながら言う。 蝶児「な、なんて奴なんだ…。悪魔だ…。ゆ、許せねえ!」 蝶児、幸造を睨み付ける。 香「どうして、この男を裁けないのよ!」 純「時効を迎えても、反省の色が一つも見えない…。最低だ。」 真弓「何て…酷い事を…。」 一同、憎悪の視線を幸造に送る。 幸造「三階には、絶対に踏み入れてはならなかったのだ。由希子を殺した時の凶器がこの 三階に有ったのでな。」 蝶児「あの絵の事だな?」 幸造「!」 幸造、ギョッとした様に葉巻を落とす。 蝶児「隠し通路の途中に梯子が有った、あの梯子から仮に落ちれば、ステンドガラスの天 井を突き破って、礼拝堂の祭壇に落下する。あの高さから落ちれば、人一人殺せるだろう な。」 大宮司「な、なんと…。」 幸造「か、隠し通路を、知っていたのか?」 幸造、大宮司、驚きのあまり口を開いたまま動かない。 蝶児「由希子をあの隠し通路の中に在った、小さな個室に閉じ込めていたなら、二階の空 洞の入り口は南京錠で固めていれば、二階の絵から隠し通路を悟られる事は無いし、由希 子を閉じ込める事も出来る。だから、三階の隠し通路の入り口を発見される訳にはいかな かった。そうだろうが!」 幸造「フフ…恐ろしい事だ…。お前達に隠し通路を発見されるとは…、しかし、残念だっ たな。17年前なら、私を裁けたものを…。」 幸造、新しい葉巻を咥える。 幸造「大宮司、火をくれ…。」 大宮司、葉巻に火を付ける。 幸造「君は…、何故、私が由希子を殺せと命じたか…。判るかね?」 蝶児「…さあな…。」 蝶児、怪訝な表情を幸造に向ける。 幸造「17年前、私がこの霧山荘に移り住んだ理由は2つ有るのだよ。一つは由希子を閉 じ込め、由希子を幽閉する為だ。逃げ出さない様にする為にな…。」 香「酷い…、人間のする事じゃないわ…。」 香、目を瞑って言う。 幸造「そして、もう一つの理由は、由希子に過去を捨ててもらう為だ。由希子の周りでは、 色々と厄介な事が有ったのでな…。」 純「厄介な事?」 純、幸造の言った事を復唱する。 幸造「ああ、由希子には、私と一緒になる前に、円谷雄介という男の嫁だったのだよ。だ から、ここまで由希子を連れてくる必要も有った。無論、円谷雄介という男には、謎の死 を遂げてもらったがね…。なあ?大宮司?」 大宮司「…はい。」 大宮司、コクリと頷く。 麻衣子「…!」 麻衣子、唇を噛んで、幸造を睨み付ける。 幸造「いや、円谷雄介君を殺したのは、黒川だったかな?フフフ、もう思いだせんな…、 ハハハ…。」 幸造、紫煙を吐きながら笑う。 蝶児「狂ってやがる…。」 幸造「私は、警察官寮にも、顔が利く。そして、裏業界でも、顔が利くのだよ。人間の一 人や二人、殺そうとも全く私は揺るがないのだよ。」 真弓「な、何て人なのでしょう。」 真弓、驚愕の表情で幸造を見る。 蝶児「じゃあ、今回の殺人の数々も、お前の仕業だな?」 幸造「そう思うだろう…。ところが、違うのだよ。この事件だけは私は知らないのだ…。」 蝶児「しらばっくれんな!あの盗聴機を仕掛けたのはお前の指示だろう!」 幸造「違う。私は本当に知らんのだ。」 蝶児「信じられねえよ!」 幸造「別に信じてもらわなくても良いが、私も君も含めた全員が、命の危険が有る。無論、 正体不明の殺人鬼を捕まえられんからだ。そこでだ…。」 幸造、首を軽く振る。 幸造「取引をしようじゃないか。」 麻衣子「取引?」 一同、幸造の顔を凝視する。 幸造「我々は、美枝子という女を預かっている。彼女を救難者から、人質に換える。」 蝶児「な、何だと!」 蝶児、テーブルから立ちあがる。 幸造「彼女を無事に帰して欲しくば、犯人を明日中に捕らえてもらおうか。」 蝶児「ふ、ふざけるんじゃねえ!」 蝶児、幸造に飛び掛る。大宮司、蝶児を止める。 幸造「簡単な事だろう。犯人は君等の内の誰かなのだ。君達には二階で犯人が見付かるま で、この荘に居てもらおう。三階に立ち入ってもらうのは、今回が最初で最後だ。」 蝶児「この野郎!許せねえ!」 蝶児、大宮司の腕に捕らわれながらも、もがき、幸造に食って掛かろうとする。 香「最低!最低よ!アンタ!」 純「ひ、酷過ぎる!」 真弓「あ、貴方は…、そ、そんな…。」 香、純、真弓、身体を震わしながら、幸造を睨む。 麻衣子「私達を二階から閉じ込めようですって?出来ると思うのかしら?」 麻衣子、幸造に歩み寄る。 朝恵「そうしてもらわないと、困るわね。私達も、貴方達も…。」 朝恵、そう言って、麻衣子に拳銃を向ける。 香「キャア!」 真弓「な、何を!」 香、純、真弓、朝恵の拳銃を見て、悲鳴を上げる。 朝恵「皆様、手荒な事はしたくはないのです。御主人様の御命令にお従い下さいませ。」 朝恵、拳銃を麻衣子に向けながら言う。 麻衣子「フーン…、やっぱりそうだったのね…。貴方はメイドなんかじゃない、ボディー ガードかなんかなの?」 麻衣子、朝恵の顔を見て、平然と問う。 朝恵「察しの通りよ。どう?この状況じゃあ、昨日の様にはいかないわね?」 朝恵、含み笑いを浮かべながら、麻衣子を見る。 麻衣子「…判ったわ…。条件を飲むわ。」 蝶児「な、ま、待てよ!」 蝶児、麻衣子の顔を見て叫ぶ。 麻衣子「ここで抵抗すれば、私達は皆殺しにされかねないわ。そう言う事を平然とやって のける男よ。そこに座っている御老人はね。判るでしょ?」 蝶児「く、で、でもよ!」 麻衣子「ここは退いておくのよ…。いずれ尻尾を掴んで見せるわ!」 麻衣子、幸造を睨み付ける。 幸造「判って頂けた様ですな…。では、会合はこれで終わりです。尚、食事は今より、一 切出しません。貴方方には、早く、犯人を見付けていただく為、二階から出す訳には行き ません。宜しいですな?」 麻衣子「…判ったわ…。」 麻衣子、唇を噛み締めて言う。 幸造「朝恵、諸君らを、二階に案内してあげたまえ。寄り道などせぬ様にな!」 朝恵「かしこまりました。さあ、行きましょうか?皆様。」 朝恵、麻衣子に銃口を傾けながら言う。 蝶児「く!離せよ!」 大宮司「…。」 大宮司、蝶児に対する羽交い締めを解く。 蝶児「覚えていろよ!絶対に貴様だけは許さねえ!判ったな!」 蝶児、幸造を睨み付けて怒鳴る。 幸造「そんな口を聞いても言いのかね?」 蝶児「き、貴様!」 蝶児、再び幸造に食って掛かろうとする。大宮司、幸造の前に立ちはだかる。 朝恵「さあ、何をグズグズしているのですか!貴方も二階に戻るのよ!」 朝恵、香に銃口を向けて、蝶児に怒鳴る。 蝶児「ち、畜生…。」 蝶児、握り拳を固めたまま、暫く立ち尽くし、ドアに向かう。 朝恵「さあ、急ぎなさい。」 朝恵、銃口を向けたまま、蝶児に言う。 蝶児「…。」 蝶児、幸造の方を振り返り、暫く睨み付けてから、応接室を出る。 ドア「ガチャリ。」 応接室のドアが閉められる。 幸造「ふう…。久々に敵に出会ったな…。なかなか手ごわいではないか。なあ、大宮司?」 大宮司「…はい。」 幸造「人質まで取らせようとは…、我々も本気で動かざるを得なくなったよ。」 幸造、紫煙を吐きながら言う。 幸造「しかし、盗聴機だと?殺人鬼もなかなか手ごわそうだな?一体、何者なのだ?」 大宮司「この三階にも、仕掛けているのでしょうか?」 幸造「大宮司よ、お前はこの三階を徹底的に調べよ。盗聴機を発見次第、わしに報告しろ。 それと、隠し通路の三階側の入り口を塞いでしまうのだ。よいな?」 大宮司「はい。」 幸造「よもや、あんなガキどもに、隠し通路を発見されるとはな…。由希子の部屋に通じ ているあの隠し通路を…。」 大宮司「…。」 幸造「何をしている。早く行くが良い、大宮司。」 大宮司「はい。失礼致します。」 大宮司、応接室を出る。 ドア「ガチャリ。」 応接室のドアが閉まる。 幸造「由希子…、お前の恨みの力か?隠し通路を発見されるとは…。」 幸造、天井を見上げながら、呟く。 霧山荘・三階・図書室(朝)、美枝子、京子、洋子、テーブルに着いて、紅茶を飲 んでいる。 京子「…面白かったね…エルマーの冒険…。」 京子、テーブルに置いてあるエルマーの冒険を眺めながら言う。 美枝子「そうね。久しぶりに読んでも、面白かったわ。」 美枝子、京子を見ながら言う。 洋子「そんなに、外の世界に憧れますか?京子様。」 洋子、紅茶を飲みながら問う。 京子「うん…、私…お母さんと…お姉ちゃんと…一緒に暮らしたい…。」 京子、俯きながら言う。 美枝子「私も?」 京子「ううん…、お姉ちゃんとも暮らしたいけど…本当の…お姉ちゃんとも…。」 美枝子「本当の…お姉ちゃん?」 美枝子、キョトンとして京子の顔を覗く。 洋子「…。」 洋子、寂しげな視線を京子に向ける。 京子「お母さんとは会えるけど…、お姉ちゃんは…、きっと…一人で…。」 京子、窓の外を見ながら呟く。 霧山荘・二階・サロン(夕)、蝶児、香、純、真弓、麻衣子、サロンで会話をして いる。 麻衣子「霧山幸造は、私達の内の誰かが犯人だと、確信している様ね。」 麻衣子、テーブルに着いて、階段から自分を眺めている朝恵を見ながら言う。 蝶児「ああ、あのメイドさんも、俺達から目を離さないしな。」 蝶児、鏡の女の絵を眺めながら言う。 香「私は、霧山幸造が怪しいと思うわ。」 香、テーブルに着いて言う。 麻衣子「あら?貴方はさっきまで、私を犯人扱いしていたのではなくて?」 麻衣子、香の顔を見る。 香「アンタ以上に、霧山幸造がムカツクのよ。別にアンタに対する疑念を、消し去った訳 ではないわ。」 香、キッと麻衣子を睨む。 真弓「止めましょう。仲間割れは…、私達はそんな事を言い合っている場合では、ないで しょう。」 真弓、テーブルに着いて、香と麻衣子の顔を覗きながら言う。 純「しかし、僕等は早めに犯人を見つけ出さないと、幸造の兵糧攻めで全滅だよ。」 純、窓側に立って言う。 麻衣子「人間、二日や三日食べなくても、死にはしないわ。大丈夫よ。」 麻衣子、平然と言う。 真弓「…私が…犯人になりましょう。」 真弓、俯いて言う。 香「え?」 香、呆然と真弓の顔を見る。 真弓「私が、犯人と名乗りを上げれば、美枝子さんも、皆さんも助かります。」 真弓、一同の顔を見て言う。 純「栗原さんが…、四人を…。」 純、真弓の顔を凝視する。 蝶児「有り得ないぜ。栗原先生が犯人の可能性は無い。俺達とずっと行動を共にしていた んだからな。」 蝶児、純に言う。 麻衣子「どうしてそんな事を言うのですか?」 麻衣子、真弓の顔を見て言う。 真弓「私一人の犠牲で、皆さんが助かるなら、私…。」 香「駄目よ!そんな事出来る訳無いでしょう!」 香、テーブルから真弓の傍に駈け寄って言う。 麻衣子「そう…、駄目です。貴方が犠牲になろうと、真犯人は何処かに居るのです。私は 必ず真犯人を見つけ出します。」 麻衣子、真剣な眼差しで、真弓を見る。 真弓「ああ…。」 真弓、俯いて黙る。 麻衣子「疲れたわね。」 麻衣子、テーブルから離れて、1の部屋に向かう。 蝶児「何処に行くんだ?」 蝶児、後姿の麻衣子に問う。 麻衣子「少し疲れた、と言ったでしょう?休ませてもらうわ…。」 麻衣子、サロンを出る。 朝恵「どうしたの?犯人は見付かったのではなくて?」 朝恵、通り過ぎる麻衣子に囁く。 麻衣子「さあね…。」 麻衣子、意に介さない様子で、1の部屋のドアを開ける。 麻衣子「貴方は、敵を間違えている様ね。ボディーガードさん。」 麻衣子、そう言って、1の部屋に入る。 朝恵「私が?何をバカな事を言っているのかしら…。」 朝恵、首を振って呟く。 朝恵「御主人様が由希子様を殺したのは、浮気が原因だと聞いているわ。当然の事よ…。」 朝恵、拳銃を磨きながら呟く。 蝶児「フーン…、幸造が由希子を殺したのは、この荘の人間には周知の事実なんだな?」 蝶児、朝恵のすぐ横に立って言う。 朝恵「あ、貴方!」 朝恵、不意に傍に立つ蝶児に、銃口を向ける。 蝶児「おっと、撃つなよ。」 蝶児、両手を上げる。 朝恵「あまり妙な行動は、控えなさい。」 朝恵、蝶児を睨み付けて言う。 蝶児「アンタが犯人ではないのは、オネーサンから聞いているよ。別にアンタに飛び掛る 気は無い。」 朝恵「私に飛び掛る?私に勝てると思っているの?」 蝶児「言っただろ、アンタと構える気は無いと。俺は1の部屋に行きたいんだ、いいだろ?」 蝶児、朝恵に問う。 朝恵「…。」 朝恵、黙って拳銃をしまう。 蝶児「ありがとよ。」 蝶児、1の部屋のドアに向かう。 ドア「コンコン。」 蝶児、ドアをノックする。 声「誰?」 蝶児「俺だよ。開けても良いか?」 声「…どうぞ。」 ドア「ガチャリ。」 蝶児、ドアを開けて中に入る。 蝶児「話したい事がある。」 ドア「ガチャリ。」 蝶児、ドアを閉める。部屋の窓際まで歩いていく。 麻衣子「私は休みたいのよ。手短に頼むわね。」 麻衣子、ベッドに寝転がりながら言う。 蝶児「アンタ、犯人の手掛かりはないのか?」 蝶児、テーブルに腰掛けて言う。 麻衣子「無いわよ。」 麻衣子、平然と言う。 蝶児「ホントかよ?」 麻衣子「…。」 蝶児「アンタがここに来た、本当の理由を聞かせてくれないか?」 麻衣子「…。」 蝶児「アンタは17年前の事件を追ってここに来たと言った。だが、調べ上げてそれでど うするつもりだったんだ?」 蝶児、麻衣子を見ながら問う。 麻衣子「どうするつもり、ですって?」 蝶児「ああ、好奇心だけであれほど幸造を敵対視するものとは、俺には思えないんだ。何 か特別な理由があるんじゃないのか?」 麻衣子「…。」 麻衣子、ベッドから立ち上がり、テーブルに腰掛ける。 蝶児「アンタは、幸造を憎んでいる。そうだろ?」 蝶児、自分の正面に座る麻衣子を見る。 麻衣子「…。」 麻衣子、蝶児の顔を暫く眺める。 蝶児「俺はアンタを犯人だとは思っていない。アンタと行動を共にしている時に、神無月 は殺されたんだ。アンタの無実は知っている。」 麻衣子「…私は、誰も殺していないわ…。」 蝶児「だが、この殺人事件は、アンタを中心に起こっている。そう思わないか?」 麻衣子「…。」 麻衣子、テーブルから窓際に移動する。 蝶児「アンタは、何かこの荘に関係が有るんじゃないのか?教えてくれ。」 麻衣子「…。」 麻衣子、窓の外の吹雪を眺める。 蝶児「美枝子の命が掛かっているんだ。教えてくれ。」 蝶児、テーブルから立って言う。 麻衣子「…ふう…。」 麻衣子、ため息をついて蝶児の方を振り返る。 麻衣子「蝶児君…。貴方には負けたわ…。教えてあげるわよ。」 蝶児「ほ、本当か!」 蝶児、身体を震わせる。 麻衣子「私はフリーライターとして、この荘に計画的に潜り込んだ。カメラマンの佐々木 を連れてね。」 麻衣子、ベッドに腰掛けて言う。 麻衣子「取材という名目を露にするには、カメラマンの佐々木を連れて行けば、尚、表立 ったわ。彼はフェイクとして利用していたけど、殺されるとはね…。気の毒だったわ…。」 麻衣子、俯いて言う。 麻衣子「私がこの荘に潜り込んだ理由は、勿論、取材なんかじゃない。霧山由希子殺しの 犯人を知りたかったからよ。」 麻衣子、顔を上げて言う。 蝶児「由希子殺しの犯人は…。」 蝶児、テーブルに着いて呟く。 麻衣子「ええ、予想通り霧山幸造の手によるものだったわ。でも、彼はもう法的に裁かれ ない。絶対にあの男だけは許せないのよ。母の為にもね!」 蝶児「母?」 麻衣子「由希子は…私の母だったのよ…。」 麻衣子、俯いて言う。 蝶児「な、何だと!じゃ、じゃあ、アンタは…。」 麻衣子「私は、円谷雄介と連れ去られる前の由希子との間の子、円谷麻衣子というのが、 本名なのよ。」 蝶児「な、何てことだ…。」 蝶児、愕然として麻衣子を見る。 麻衣子「私の本当の目的は、霧山京子を、母の忘れ形見の京子を一目見るためだった。」 蝶児「霧山京子を?」 麻衣子「…そうよ。」 蝶児「何の為にだ?」 麻衣子「…。」 麻衣子、俯いて黙る。 蝶児「アンタは…、由希子を殺したこの荘の人間と、霧山幸造を殺す気で…ここに来たん じゃないのか?」 麻衣子「…。」 蝶児「そして、京子を助け出そうと…。」 麻衣子「冗談は言わないで!どうして私が京子を!」 麻衣子、立ちあがって叫ぶ。 蝶児「な、何?」 麻衣子「母が苦しんで死んでいったのは、京子のせいなのよ!あの子も同罪よ!」 蝶児「…。」 麻衣子「でも…、人が次々と死んでいく…。私の知らない所で…。」 麻衣子、再びベッドに腰掛けて呟く。 麻衣子「私は、幸造と京子が許せないのよ…。あの二人が…。」 蝶児「でも…、京子は、アンタの義妹だろ?」 麻衣子「私は認めないわ。絶対にね。」 蝶児「…。」 二人、暫く沈黙する。 蝶児「…すまない…。よく話してくれたぜ。誰にも今の話は言わない。約束するよ…。」 蝶児、ドアに向かう。 麻衣子「待って。これを持っていきなさい。」 麻衣子、蝶児に歩み寄り、大型ナイフを手渡す。 蝶児「こ、これは?」 麻衣子「護身用よ。犯人に襲われそうになったら、ためらっちゃ駄目よ。いいわね。」 蝶児「…判った…有難よ…。」 蝶児、部屋を出る。 麻衣子「どうして…、話す気になったのかしら…?」 麻衣子、ベッドに横になる。 霧山荘・三階・スタッフルーム(夕)、美枝子、洋子、紅茶を飲みながら話してい る。 洋子「いよいよ、明日の朝には吹雪が止むそうです。こうして美枝子さんと紅茶を飲むの も、最後になるのでしょうね。」 洋子、紅茶を飲みながら、自分の正面に座る美枝子に言う。 美枝子「何か、長い間、この荘に居たような気がします。」 美枝子、紅茶を眺めながら言う。 洋子「この荘に来る人も、この荘に住む人もそう仰います。時間の流れがとても緩やかに 感じると…。ですが、この時間の流れの緩やかさが良いと、言う人もいらっしゃいます。」 美枝子「私は、この荘に来てから、ずっと三階に居ました。だから、今、何が起きている のかは知りません…。」 洋子「!」 洋子、ハッと美枝子を見る。 美枝子「洋子さん、今、何がこの荘に起きているのですか?」 美枝子、洋子を見て言う。 洋子「…何の事ですか…?」 美枝子「洋子さん!」 美枝子、立ちあがって言う。 洋子「…貴方が心配するような事は、何も有りませんよ。」 美枝子「嘘です。私は知っているのです。あの絵が、三階と下の階を結ぶ隠し通路の入り 口だという事を…。」 洋子「…。」 洋子、俯いて黙る。 美枝子「貴方は、何かを隠しています。教えてください。」 洋子「知って…どうする気なのですか?」 美枝子「必要が有れば、二階の皆の所に戻らなくてはなりません。」 美枝子、即座に答える。 洋子「…。」 美枝子「貴方はあの絵の秘密を知っていたのですね?何故、私に隠す必要が有ったのです か?どうして、私をそこまでして三階に留まらせようとするのですか?」 洋子「確かに…あの絵の秘密は知っていました。でも、それが何だというのです。貴方に 関係は無いでは有りませんか。それに、私が貴方を三階に留めているのは、京子様の為で す。あの方を1秒でも長く喜ばす為に、貴方に京子様の傍に居てもらいたかったからです。」 洋子、美枝子の顔を見て言う。 美枝子「京子ちゃん…の為?」 美枝子、呆然として洋子を見る。 洋子「そうです。私は何よりも、京子様の為、それを最優先に考え、行動しているに過ぎ ないのです。」 洋子、紅茶を啜る。 美枝子「…。」 洋子「…御願いです。貴方は、この荘を離れる時に全てを悟るでしょう。でも、その時ま で、何も聞かずに京子様の傍に居てあげて下さい。お願いします。」 洋子、テーブルから離れ、絨毯に土下座をして美枝子に懇願する。 美枝子「よ、洋子さん!止めて下さい!」 美枝子、テーブルから離れて、洋子に駈け寄り、洋子を起こそうとする。 洋子「お、御願いですから…。」 洋子、頭を下げたまま、呟く。 美枝子「や、止めて下さい!アッ!」 美枝子、洋子が口から吐血しているのを見る。 洋子「ゴホッ!ゴホッ!」 美枝子「よ、洋子…さん…。」 美枝子、洋子を助け起こす。 洋子「…み、見られてしまいましたね…。」 洋子、ゆっくりと立ち上がりながら呟く。 美枝子「あ、貴方は…。」 洋子「いくらこの荘の空気が澄んでいるとはいえ、やはり、寿命を僅かに延ばす程度でし か…ありませんでした…。私はもう、長くは無いでしょう…。」 洋子、テーブルに戻る。 美枝子「喉の…持病?」 洋子「…ええ…。」 洋子、コクリと頷く。 洋子「今、飲んでいる紅茶も、薬用効果の有るハーブティーです。私が喉を患っている事 を感づいていた大宮司さんからの差し入れの品です。私は、命を延ばそうと様々な努力を しましたが、力尽きました。」 美枝子「…。」 洋子「貴方に再度お願いします。どうか、この荘を離れる時まで、京子様の傍に居て下さ い。この私を憐れと御思いになったなら…。」 美枝子「…判りました…。」 美枝子、俯きながら頷く。 霧山荘・二階・10の部屋(夕)、蝶児、香、純、真弓、部屋の中で会話をしてい る。 蝶児「調べた所、二階の全ての部屋に盗聴機が見付かった。予想通り、俺達の行動は把握 されていたんだ。だが、今は違う。犯人も俺達の行動を読めなくなって、焦っているはず だ。」 蝶児、テーブルに着いて言う。 純「じゃあ、犯人も今までのような、大胆な行動を取れなくなった、ていう事だね。」 純、テーブルに着いて言う。 香「そうよ。今こそ、犯人を捕まえる好機よ。」 香、絨毯に胡座をかいて言う。 真弓「しかし…、こちらから動くのは…、危険ですよ。」 真弓、ベッドに腰掛けて言う。 蝶児「それは百も承知だ。だが、犯人を捕まえない事には、美枝子の無事を確保出来ない。」 香「そうよ…。やるしかないのよ。」 純「どうするの?蝶児君?」 純、蝶児の顔を見る。 蝶児「邪魔なのは、あのメイドだ。アイツが階段に居る限り、俺達は二階から動けない。」 真弓「あの方からは、非常に強い印象を受けます。やはり…、無理をしない方が…。」 真弓、心配気に三人を見る。 香「私がおとりになろうか?」 純「どうやって?」 香「私が何処かの部屋に誘い出すから、アンタ達はその間に三階に行くのよ。」 蝶児「成る程、決まりだ。」 蝶児、ポンと手を叩く。 真弓「危険です。止めて下さい。」 香「大丈夫よ、栗原さん。このまま動かずに居たら、それこそ終わりなんだから…。」 香、立ち上がって言う。 霧山荘・二階・1の部屋(夕)、麻衣子、ベッドで眠っている。 ドア「コンコン!」 ドアがノックされる。 麻衣子「う、うう…。」 麻衣子、上半身を起こし、目を擦る。 ドア「コンコン!」 再びドアがノックされる。 麻衣子「誰かしら…?」 麻衣子、ベッドから離れて、軽く背伸びをする。 ドア「コンコンコン!」 更にドアがノックされる。 麻衣子「…。」 麻衣子、片手にナイフを持ってドアに近づく。 麻衣子「誰?」 麻衣子、ドア越しに問うが、返事が返ってこない。 ドア「ガチャリ!」 麻衣子、勢いよくドアを開けて、内側に飛び退く。 朝恵「眠っていたのかしらね。驚かして悪かったわ。」 朝恵、ドアの入り口に立って居る。 麻衣子「…何の用?」 麻衣子、疑惑の表情を浮かべて、朝恵を見る。朝恵、構わず部屋に入る。 ドア「ガチャリ。」 朝恵、ドアを閉める。 麻衣子「質問に答えなさい。何の用なの?」 麻衣子、朝恵から一定の距離を保って、ナイフを構えている。 朝恵「これを渡しに来たのよ。」 麻衣子「…?」 朝恵、重そうなナップザックを麻衣子に差し出す。 麻衣子「これは?」 朝恵「この荘に有る、非常食よ。」 朝恵、部屋の中に入っていき、テーブルに腰掛け、ナップザックをテーブルに置 く。麻衣子、ナイフをしまい、朝恵の正面に座る。 麻衣子「何の真似なの?」 朝恵「アンタが犯人ではない事は知っているよ。」 朝恵、ナップザックの中から、数個の缶詰を取り出す。 朝恵「私が犯人ではない事も、アンタは知っている。だから…。」 麻衣子「だから?」 朝恵「私とアンタが組んで、犯人を見つけ出さない?アンタも私も、パートナーが殺され て、何かと不便だろ?」 朝恵、缶詰の一つを開けながら言う。 麻衣子「…どういう心境の変化かしら…。いまいち信用できないわね。」 麻衣子、缶詰の一つを食べながら話す朝恵を見る。 朝恵「私は、自分が捨て駒扱いされている事ぐらい、自分でも判っているよ。この荘の御 主人様は、私を信用していないのさ…。私は常に蚊帳の外だからね。気に入らない奴にい つまでもくっついていてもしょうがないのさ。それに…。」 朝恵、麻衣子の顔を見る。 麻衣子「?」 朝恵「アンタは私に近い何かが有る。アンタはただの記者とは思えないよ。犯人に近づく には、アンタにくっついていた方が、能率的に良いと思ってね。」 朝恵、麻衣子に缶詰を差し出す。 麻衣子「…。」 麻衣子、差し出された缶詰を眺める。 朝恵「私と組んで、損はさせないよ。」 朝恵、麻衣子に真剣な表情を見せる。 麻衣子「…やれやれ…。雇い主をこうも簡単に切り捨てるなんて…、どこまで、信用出来 るのやら…。」 麻衣子、缶詰を受け取る。 霧山荘・三階・京子の部屋(夜)、美枝子、京子、洋子、部屋の中で、トランプを している。 京子「…ここと…ここ…。」 京子、伏せられているカードを二枚めくる。 美枝子「あ、また。」 美枝子、ハートの7とクラブの7のカードを見て、驚く。 洋子「またやられてしまいましたね。」 京子「これで…私の勝ち…。」 京子、獲得したトランプを得意げに眺める。 美枝子「全然歯が立たないわ。本当に強いわね。京子ちゃんは…。」 美枝子、頭を掻きながら言う。 京子「フフフ…、誰にも負けない…。」 京子、得意げに笑う。 ドア「コンコン。」 不意にドアがノックされる。 洋子「はい?」 洋子、ドアに向かう。 ドア「カチャリ。」 ドアが開かれ、大宮司が部屋の入り口に立って居る。 大宮司「ここに居たのか、京子様と美枝子様も御一緒の様だな。洋子、今晩は決してこの 部屋から出るな。三人固まってこの部屋で朝を待て、よいな?」 洋子「…判っています。」 洋子、コクリと頷く。 大宮司「私は御主人様の傍から離れぬ。犯人が動いてくるとすれば、今夜が最も危険だ。 くれぐれも、注意しろ。」 洋子「はい。」 大宮司「私は、今一度、三階の戸締りを確認する。これを最後に部屋のドアを明日の朝ま で開けるな。判ったな?」 洋子「判りました。大宮司さんも、気をつけて…。」 ドア「カチャリ。」 大宮司、ドアを静かに閉めて渡り廊下に消える。洋子、ドアの鍵を厳重に掛けて、 部屋に戻る。 美枝子「どうしたんですか?」 美枝子、戻ってきた洋子に問う。 洋子「何でも有りませんよ。今晩は夕食の準備が遅れてしまったので、夕食が出ないと言 いに来たのです。」 洋子、絨毯に腰掛けて、言う。 京子「…また…あの人が…悪い事を…。」 美枝子「え?」 美枝子、ハッとして京子を見る。 京子「…お母さんの…泣き声が…聞こえるの…。」 京子、俯きながら言う。 霧山荘・二階・サロン(夜)、蝶児、純、鏡の女の絵を眺めている。 蝶児「おかしいな。メイドの姿が無かったぜ?」 蝶児、階段の方を見て言う。 純「何処か、別の場所に行ったんじゃない?」 純、蝶児の顔を見て言う。 蝶児「…まあいい…、さて、三階に行くとするか。」 蝶児、鏡の女の絵を動かし、空洞の入り口を晒す。 純「今度は蝶児君が後ろになってよ。」 蝶児「…別に構わねえよ…。」 純、空洞に入る。蝶児、後を追う。 純「絵を戻すのを、忘れない様にね。」 蝶児「お前と一緒にするな。俺は抜け目無いんだよ。」 蝶児、鏡の女の絵を戻す。 純「麻衣子さん…、一人で大丈夫かな?」 蝶児「さあな…、だが…。」 純「ん…何?」 純、後ろを振り返る。 蝶児「何でもねえよ。さっさと行け。」 蝶児、純を促し、小さな部屋に向かう。 霧山荘・二階・1の部屋(夜)、麻衣子、朝恵、テーブルで話している。 朝恵「それで…、これからどうする?」 朝恵、マグロの缶詰を食べながら問う。 麻衣子「勿論動くわよ。もう少し夜が更けてからね。」 麻衣子、ナイフを磨きながら言う。 朝恵「アンタ、毎晩この荘を徘徊していたの?」 麻衣子「ええ、この荘の住人達の目を盗んでね。意外と簡単だったわよ。」 麻衣子、平然と言う。 朝恵「成る程ね…。隠し通路を最初に発見したのは、アンタなんだね?どうして、判った の?」 麻衣子「メッセージよ。ある人が落としていった紙切れが、あの隠し通路を見付ける鍵に なったわ。」 朝恵「ある人?誰の事?」 麻衣子「さあね…。その人間が誰か判れば…、この事件も解決するのでしょうね。」 朝恵「…。」 麻衣子「あと、10分程したら、私は動くわ。貴方はどうするの?」 朝恵「私もその時に動く。まずは…、三階からか…。」 麻衣子「…そうね…。」 麻衣子、朝恵、天井を見上げる。 霧山荘・二階・10の部屋(夜)、香、真弓、部屋の中で会話をしている。 香「おかしいわね…。あのメイドが見張ってないなんて…。」 香、ベッドに腰掛けて言う。 真弓「…。」 真弓、テーブルに着いて、俯いて黙っている。 香「どうしたの?栗原さん?」 真弓「え?ええ…、何でも有りません…。」 真弓、香の顔を見て返事をする。 香「栗原さんは、誰が犯人だと思うの?」 真弓「犯人…ですか…?」 真弓、呆然と香を見る。 香「栗原さんは、この荘の人の事を、私達より知っているでしょう。教えてくれない?」 真弓「…そうですね…。私は、霧山幸造氏のあのような暴君振りは、見た事がありません でした…。この荘の執事さん達や、メイドさん、家庭教師の幅さん、そして、京子さんに ついては、ほんの数回会話をした程度ですので…、あまり参考になる話しは有りません。」 香「となると…、霧山幸造が、際立って怪しくなるわね。やっぱりアイツの仕業よ!」 香、立ち上がって言う。 真弓「私も…、そう思うのです…。この荘の主人でも在りますし…。」 香「何て奴なのかしら…、人間じゃないわ!」 香、ベッドに拳を当てる。 香「栗原さん!私達も行こう!」 真弓「え?き、危険ですよ!」 香「危険は百も承知よ!ジッとしていられないわ!」 香、ドアに向かう。 真弓「ま、待ってください!駄目です!いけない!」 真弓、追いかけるが、香、ドアを開けて、渡り廊下に消える。 ドア「ガチャリ!」 ドアが閉められる。 真弓「ああ…、な、何て事を…。」 真弓、呆然とドアを眺める。 真弓「あの人を…止めなくてはいけない…。」 真弓、ドアに向かう。 真弓「…きっと…香さんも…、そんな事をさせられない…。」 真弓、部屋を出る。 5・過去からの裁決者 霧山荘・三階・由希子の部屋(夜)、蝶児、純、空洞の入り口で、鏡の女の絵を必 至に動かそうとしている。 蝶児「だ、駄目だ!あ、開かねえぞ!」 蝶児、鏡の女の絵を叩く。 純「そ、外側から、何か細工をされたのかな?」 蝶児「くっ…、幸造め、隠し通路をほっとかなかった様だな。」 純「完全に三階に行く術が無くなったのか…。」 純、鏡の女の絵を眺めながら言う。 蝶児「防音効果のお陰で、美枝子にも聞こえないのかよ!この絵の裏側でよ!」 蝶児、鏡の女の絵を叩き続ける。 衝撃音「ドンドンドン!」 純「やめようよ。それより、さっきの小さな部屋に行こう。あそこをまだ徹底的に調べて ないよ。」 純、来た空洞を戻る。 蝶児「あの部屋がどうしたっていうんだ?」 蝶児、純を振り返る。 純「由希子さんの使っていた部屋なんでしょう?気にならないの?」 蝶児「手掛かりが在ると思うのか?」 純「念の為にね…、どうせ三階には行けそうもないし…。」 蝶児「…ふん…。」 蝶児、来た空洞を戻る。 霧山荘・二階・1の部屋(夜)、麻衣子、朝恵、ドアの前で会話をしている。 麻衣子「三階に行く為には、鍵が必要ね。貴方の鍵を私に貸してくれるかしら?」 朝恵「隠し通路からは、危険性が高いと判断したのね。正解だわ。御主人様がすでに隠し 通路は閉鎖したでしょうしね。でも、私から鍵は渡せないわよ。これを手放したら、私は 御主人様に言い訳が立たないからね。」 朝恵、ドアを開ける。 朝恵「三階は私が案内するよ。」 朝恵、渡り廊下に出る。 麻衣子「…。」 麻衣子、朝恵の後に続く。 麻衣子「私は三階を徘徊するつもりは無いわ。三階の何処かに隠れるつもりよ。」 朝恵「隠れる?」 麻衣子、朝恵、階段に向かいながら話す。 麻衣子「犯人が動くのを待つのよ。必ず犯人は今夜動く筈だわ。」 朝恵「成る程、ちょっとでも不穏な動きを見せた人物が、犯人て訳ね?」 麻衣子「そう…。」 麻衣子、朝恵、階段を上る。 朝恵「この二階に残っている人は、見張らなくても良いの?」 麻衣子「犯人は三階に入る筈だわ。」 朝恵「…。」 麻衣子、朝恵、三階に通ずるドアに向かう。 霧山荘・三階・京子の部屋(夜)、美枝子、京子、洋子、テーブルに着いて、紅茶 を飲んでいる。 美枝子「今…何時かな?」 美枝子、壁に掛けられている柱時計を見る。 洋子「11時半ですね…、眠くなりましたか?」 洋子、柱時計を見ながら言う。 美枝子「そうですね。私は自分の部屋に帰ろうかな?」 美枝子、席から立ち上がる。 洋子「その必要は有りませんよ。今晩はこの京子様の部屋に三人で寝るのですから…。」 洋子、紅茶を啜りながら言う。 美枝子「え?いいんですか?」 美枝子、洋子の顔を見て問う。 京子「…お姉ちゃんと…一緒に…?」 京子、洋子に問う。 洋子「ええ…。今日は特別にとの事で、御主人様がそう仰ったのです。」 洋子、美枝子と京子の顔を交互に見ながら言う。 京子「…あの人…が…?」 京子、不思議そうな表情を洋子に向ける。 洋子「そのベッドは三人ぐらいなら、平気で寝られるでしょう。私はソファーを使って寝 ますから、二人でゆったりとベッドで寝て下さい。」 美枝子「で、でも、私…部屋に帰らないと…。」 京子「どうしたの…?お姉ちゃん…。」 京子、オロオロとうろたえる美枝子を見る。 洋子「…。」 美枝子「…もしかしたら…。」 京子「…もしかしたら?」 京子、首を傾げる。 美枝子「…う、ううん。何でも無いの…。」 美枝子、席に着き、京子に笑顔を向ける。 洋子「貴方は…、隠し通路を知っているのですか?」 洋子、美枝子を凝視して問う。 美枝子「え?な、何の事ですか?」 美枝子、よそよそしく紅茶を啜る。 洋子「…知っているのですね…。貴方は仲間があの部屋に在る、隠し通路を使って、自分 に会いに来るかも、と思っているのではないですか?」 美枝子「…。」 美枝子、俯いて黙る。 京子「…お姉ちゃんも…あの道を知っているの…?」 京子、俯く美枝子に問う。美枝子、コクリと頷く。 洋子「やはりそうでしたか…。では、貴方に絵の事で混乱を招いた事を、お詫びしなくて はなりませんね。しかし、残念ですが、あの部屋にある隠し通路の入り口は、御主人様の 命令で、塞がれたとの事です。二階から誰かが来る事は有りませんよ。」 美枝子「え?そ、そんな事を…、ど、どうして…?」 美枝子、洋子の顔を見る。 洋子「…あまり、婦女子の部屋に、あの様な通路から忍び込むというのは、御主人様もお 気に召さなかったのでしょう。」 京子「…あの道…塞いじゃったの…?」 京子、呆然と洋子を見ながら問う。 洋子「…はい…。申し訳有りません…。」 洋子、俯いて呟く。 京子「…開けてあげなきゃ…。開けてあげないと…お母さんと会えなくなる!」 京子、突然、席を立ち上がり、ドアに向かう。 洋子「あ!京子様!」 美枝子「きょ、京子ちゃん!ど、どうしたの!」 美枝子、洋子、京子の後を追うが、京子、すでに渡り廊下に飛び出している。 洋子「た、大変です!は、早く、後を追いかけないと、美枝子さん、貴方の部屋に向かい ますよ!」 洋子、渡り廊下に出て、美枝子の部屋に向けて走る。 美枝子「は、はい。で、でも、どうしてそんなに慌てるのかしら?」 美枝子、首を傾げながら洋子の後ろを走る。 霧山荘・二階・13の部屋(夜)、蝶児、純、部屋の中を隈なく捜索している。 蝶児「オーイ、純!壁には何の異常もねえぞ。」 蝶児、壁を擦りながら純に言う。 純「床にも何の異常も無いね。」 純、四つん這いになって、床を擦りながら言う。 蝶児「この部屋は関係ないぜ。出ようぜ。」 蝶児、サロンに続く空洞に入ろうとする。 純「あ!ちょ、蝶児君!待って!コレ見てよ!」 純、ホコリだらけの皿を一枚取り上げて叫ぶ。 蝶児「何だよ?何か見付かったのか?」 蝶児、純に近寄る。 純「古い写真だよ。」 純、皿の裏側に張られた、小さな写真を蝶児に見せる。 蝶児「こ、これは…。」 蝶児、写真を凝視する。 純「三人の人間が写っているね…。ちいさな女の子と、男の人、女の人…。」 蝶児「この女の子は…誰だ?」 純「霧山京子…かな?」 蝶児「…いや…有り得ない。この男は霧山幸造ではない。由希子の部屋に大事にこの写真 が、隠されているとすると…、そうか!円谷雄介か!」 純「あ!」 純、ハッとして蝶児を見る。 蝶児「すると…この女が霧山由希子…。」 蝶児、由希子の姿を凝視する。 純「え?そ、そんな…。」 蝶児「ば…、バカな…。」 蝶児、純、全身を震わせて、写真を眺める。 霧山荘・二階・サロン(夜)、香、鏡の女の絵を眺めている。 香「何よ!一階の絵は礼拝堂の天井に有るんじゃ、入れっこないじゃないよ!この絵から 隠し通路に行けるのね?」 香、鏡の女の絵を動かそうとする。 香「え?」 香、鏡の女の絵を動かそうとした時、何者かが、香の肩に手を掛ける。 衝撃音「バキッ!」 香「キャア!」 香、頭を殴られて、悲鳴を上げながら後ろに倒れる。 香「な、何?」 香、顔を上げて、襲撃者を見る。すぐ目の前に、真っ白い仮面を被った襲撃者が 立って居る。 香「あ、アンタが…、犯人?」 衝撃音「バキッ」 襲撃者、再び鉄の棒を振り下ろすが、香、咄嗟にかわす。 香「ち、畜生!殺されるもんですか!」 香、頭から、血を流しながらも、仮面を被った襲撃者にタックルを肩からかます。 襲撃者「グッ!」 香、襲撃者、もつれ合いながら、サロンの床に転がる。そして、何度目かの横転 で、香が襲撃者の上に馬乗りになる。 香「ハアハア…、正体を見せなさい!」 香、真っ白い仮面を剥ぎ取る。 香「な!あ、アンタは…!」 衝撃音「グサッ!」 香「う!うう…。」 襲撃者、一瞬のスキをついて、香の胸にナイフを突き刺す。 香「ち、畜生…、どうし…て…、こんな…こ…と…を…。」 香、胸に突き刺さったナイフを掴みながら、自分の血で染まる床に頭から倒れる。 香「ちょ…蝶児…、純…、み…美枝…子…。」 香、目を閉じて、動かなくなる。襲撃者、仮面を香の手から奪い、再び被って、 サロンを去る。 霧山荘・三階・室内庭園(夜)、麻衣子、観葉植物の陰に隠れて、ガラス張りで見 える、渡り廊下に目を凝らす。 麻衣子「必ず、犯人は動く筈よ。恐らく、霧山幸造は、今夜、殺される筈。」 麻衣子、独り言を言いながら、霧山幸造の部屋をジッと眺めている。 麻衣子「それにしても、遅いわね…。あの日ではないでしょうね?あのボディーガードさ んは…。」 麻衣子、スタッフルームを眺める。 衝撃音「バキッ!」 麻衣子「グッ!」 麻衣子、不意に観葉植物の陰から現れた襲撃者によって、背中を鉄の棒で殴られ、 その場に前のめりに倒れる。 麻衣子「…。」 麻衣子、気を失って、動かない。襲撃者、麻衣子の顔を凝視する。 襲撃者「…。」 襲撃者、麻衣子の様子を見ながら、深呼吸を大きくする。 霧山荘・三階・スタッフルーム(夜)、朝恵、オートマチック式の拳銃を磨きなが ら、テーブルに座っている。 朝恵「よし!準備は完了ね!コレで犯人だろうと、何だろうと、敵ではないわね。」 朝恵、部屋を出ようと、ドアに向かう。 朝恵「さて、あの女まだ平気でしょうね?」 朝恵、ドアを開けて、渡り廊下に出る。 衝撃音「バキッ!」 朝恵「!?」 朝恵、不意にドアの陰からの、頭への一撃に、前のめりに倒れる。襲撃者、ドア の陰から現れ、第二撃を与えるべく、大きく鉄の棒を振りかざす。 朝恵「な、何だと?」 朝恵、咄嗟に渡り廊下を走って逃げる。 発砲音「パーン!」 朝恵「キャア!」 襲撃者、懐から拳銃を取りだし、朝恵に向けて発砲する。朝恵、左肩を撃たれる。 朝恵「うう…、あ、アイツは何してるのよ!」 朝恵、逃げながら室内庭園に目を向ける。麻衣子の倒れている姿を見付ける。 朝恵「あ、アイツもやられたのか!く、くそ、私が、やるしかない!」 朝恵、振り返って、追いかけて来る襲撃者に向けて、拳銃を向ける。 発砲音「パーン!パーン!」 襲撃者、左肩を撃たれて、流血する。そして、すぐ傍のドアに飛び込む。 朝恵「逃がすものか!」 朝恵、頭と左肩から流血しながらも、襲撃者の入って行った、ドアに近づく。 朝恵「図書室…。」 朝恵、注意深く周囲を見渡し、図書室に入る。そして、本棚に隠れる。 朝恵「…。」 朝恵、物音を立てずに、摺り足で、ゆっくりと移動する。 衝撃音「ガタン!ガタン!」 朝恵「!?」 朝恵、とてつもなく大きな音が、自分に迫ってくるのを聞いて、思わず身を強張 らせる。 朝恵「な、何?まさか!」 朝恵、慌てて入り口まで戻る、が、手前の本棚が自分の前に倒れかかってくる。 朝恵「キャアアア!」 衝撃音「ガタン!」 本棚、朝恵を下敷きに倒れる。 朝恵「う…ぐうう…。」 朝恵、必至に本棚から這い出ようとする。目の前に襲撃者が立って居る。 朝恵「…だ、誰なんだ…、ち、畜生…。」 朝恵、自分の腰に携帯している、照明弾を握り締め、襲撃者にぶつける。 爆発音「ドカン!」 襲撃者「!?」 襲撃者、拳銃に照明弾が命中し、爆発の勢いで、室内庭園の方に吹っ飛ぶ。辺り 一面が真っ白く感光する。 朝恵「ハア…ハア…。」 朝恵、全身傷つきながらも、本棚から這い出て、襲撃者を追う。 朝恵「や…奴は…何処?」 朝恵、渡り廊下を見渡すが、襲撃者の姿は無い。が、室内庭園と渡り廊下を結ぶ ガラス張りの壁が、一部、割られている。 朝恵「に、逃げたのか?」 発砲音「パーン!」 衝撃音「ガシャーン!」 朝恵「グッ!」 室内庭園から、朝恵に向けて、弾丸が飛んでくる。ガラスを突き破り、朝恵の胸 に命中する。 朝恵「こ、この…野郎―!!」 朝恵、絶叫する。 霧山荘・三階・由希子の部屋(夜)、美枝子、洋子、板が何重にも張られた、鏡の 女の絵を眺めている。 美枝子「酷い…、ここまでしなくても…。」 美枝子、呆然と板を眺める。 洋子「…今、何か聞こえなかったですか?女性の悲鳴のような声が?」 洋子、上を眺めながら言う。 美枝子「そうですか?」 美枝子、洋子の方を振り向いて言う。 ドア「ドン!ドン!ドン!」 ドアが激しくノックされる。 洋子「!」 美枝子「誰かしら?やけに乱暴なノックね?」 美枝子、ドアに歩み寄る。 洋子「開けてはいけません!美枝子さん、離れて!」 美枝子「え?」 美枝子、呆然とその場に立ち尽くす。 洋子「貴方はその壁に隠れていなさい。」 洋子、美枝子を促し、ドアの前に行く。 洋子「…誰です?」 洋子、ドア越しに問う。 朝恵「こ…ここに…居たのね…。いい…絶対にここから…出たら駄目よ!」 洋子「朝恵さん!」 洋子、ドアを開けようとする。 朝恵「だ、駄目!開けるな!」 朝恵、背中でドアにより掛かり、開けまいとする。 洋子「朝恵さん!朝恵さん!」 洋子、ドアを何とか開けようとする。 朝恵「…洋子…、死ぬんじゃ…ないよ…。」 朝恵、ドアに寄り掛かったまま呟く。 洋子「朝恵さん!開けて!」 洋子、ドアを何回もノックする。 衝撃音「バキッ!」 朝恵「…。」 襲撃者、朝恵にとどめをさす。朝恵、口を強く結んで、悲鳴を押さえながら、ガ ックリと前のめりに倒れる。 洋子「と、朝恵…さん…。」 洋子、ドアに両手を着いて、ガックリと両膝を着き、項垂れる。 美枝子「…。」 美枝子、洋子の狼狽振りを、後ろから呆然と眺める。 音「カチャカチャカチャ!」 洋子「!」 洋子、乱暴にドアノブを回す音に、ハッと我に返る。 音「ドンドンドン!」 襲撃者、乱暴にドアをノックする。洋子、ドアから離れる。 洋子「き、消えなさい!ここには、貴方が憎むべき人は居ないのでしょう?消えなさい!」 美枝子「よ、洋子さん?」 洋子「だ、大丈夫です。美枝子さん。さあ、消えなさい!」 襲撃者「…。」 襲撃者、呆然とドアの前に立ち、合鍵を握っている。 洋子「き、消えないと…、こ、殺しますよ!」 洋子、戸棚から大型はさみを取り出す。 美枝子「洋子さん!」 美枝子、腰を抜かしてベッドに座り込む。 襲撃者「…。」 洋子「さあ、消えなさい!」 美枝子「あ…あ…。」 襲撃者「…。」 襲撃者、朝恵の亡骸に、合鍵を置いて、渡り廊下を歩いていく。 洋子「…。」 美枝子「…まだ…、居るのかな?…物音がしないけど…。」 美枝子、ドアに近寄ろうとするが、洋子に止められる。 洋子「油断は出来ません!貴方はそこに居るのです!」 洋子、ジッとドアを睨み付けて、はさみを構える。 霧山荘・二階・サロン(夜)、京子、香の前で、正座して香を眺めている。 京子「…ごめんね…。痛かったでしょ…。」 京子、香の胸に刺さったナイフを引き抜く。 京子「…全部…、私の…せい…。」 京子、血まみれのナイフを呆然と眺める。その時、鏡の女の絵が動く。 蝶児「結局、無駄足だったな…。な!オ、オイ!」 蝶児、京子が自分に向けてナイフを振りかざしているのを見て、京子に飛び掛る。 蝶児「や、止めろ!」 蝶児、京子が自殺しようとするのを、京子の頬を叩いて止める。 衝撃音「パン!」 京子「あ…。」 京子、殴られた勢いで、ナイフを手放す。 蝶児「か、香!」 蝶児、京子のすぐ横に香が横たわっているのを見て、ガックリと両膝を着く。 純「か…香…ちゃん…。」 純、空洞から出て、香の傍に行く。 京子「…。」 京子、蝶児と純が香を見て、俯いている様子をジッと見ている。 蝶児「…お前が殺したのか?」 蝶児、京子を厳しく睨み付け問う。京子、ビクリと身体を震わせる。 京子「…私は…さっき…ここに来て…この人を見たの…。」 京子、震える声で話す。 純「う…ううう…。」 純、香の前で、泣きじゃくる。 蝶児「誰が殺した?言え!」 蝶児、京子の胸倉を掴んで怒鳴る。 京子「く…苦しい…。や…やめて…。」 京子、蝶児から顔を背けてもがく。 蝶児「誰が殺した!誰が香を殺した!言え!言わねえか!」 京子「…お願い…やめて…。」 京子、あまりの恐怖と苦痛に、涙を浮かべながら呟く。 純「うう…ハッ!や、やめなよ!蝶児君!」 純、蝶児の豹変振りに、思わず蝶児を止めに入る。 蝶児「言え!誰が殺した!お前じゃねえのか!」 京子「ち…違う…。わ、私じゃ…ない…。お、お願い…ゆ、許して…。」 純「や、やめなよ!」 衝撃音「バキッ!」 純、蝶児の頬を殴り飛ばす。蝶児、床に倒れこむ。 京子「ゴホッ!ゴホッ!」 京子、喉を押さえてむせる。 純「はあ…はあ…。」 蝶児「じゅ、純…。」 蝶児、ゆっくりと起き上がり、純を睨む。 純「泣き叫びたくて…、怒り狂いたいのは…、僕も一緒だよ。でも…、さっきの君は、こ の女の子を本当に殺しかねなかった…。御免よ…蝶児君。君を止めるには、こうするしか なかったよ…。」 純、俯いて、堪えていた涙が再び溢れてくる。 京子「…。」 京子、目を瞑っていながらも、涙を流し立ち尽くす純の顔を、呆然と眺める。 蝶児「…いや、お前が謝る事は無いぜ…。俺が悪かった。お前の方が、香に惚れていた分、 悲しみが深いだろうによ。すまねえ…。」 蝶児、俯いて言う。 純「…う…うう…。」 純、堪えきれずに、その場に四つん這いになって泣き崩れる。 蝶児「…さてと…。」 蝶児、涙を堪えながらも、平然を装い、京子に歩み寄る。 京子「…あ…。」 京子、後ずさりして、純の背後に隠れる。 蝶児「安心しな…、もう手は出さねえよ。」 京子「…。」 京子、震えながら、蝶児の顔を見る。 蝶児「…お前が、霧山…京子…だな?」 京子「…。」 京子、震えながら、コクリと頷く。 真弓「京子!」 真弓、階段から京子を見付け、サロンに走ってくる。 京子「…お母さん…。」 京子、呆然と真弓の姿を眺める。 蝶児「やっぱり…そうだったのか…。」 蝶児、真弓の姿を見ながら、両目をゆっくりと伏せる。 純「あの人が…霧山…由希子…。」 純、四つん這いのまま、サロンに走ってくる真弓を眺める。 霧山荘・三階・幸造の部屋(夜)、幸造、安楽椅子に腰掛けて、窓の外を眺めてい る。 幸造「…悲鳴が…聞こえた…。この三階で…、どういう事なのだ?」 ドア「コンコン!」 部屋がノックされる。 幸造「誰だ…?」 ドア「カチャリ。」 静かにドアが開かれ、真っ白い仮面を被った襲撃者が入って来る。 ドア「カチャリ。」 幸造「誰だと問うておるだろう?」 襲撃者「…。」 襲撃者、何も言わずに部屋の中央まで進み、立ち止まる。左肩から流血していな がらも、呼吸を乱さない。 幸造「…成る程…。今度は…。ワシを殺しに来たのか?」 幸造、安楽椅子を回転させ、襲撃者が立って居るであろう方向を向く。 襲撃者「…。」 襲撃者、黙って右手にナイフを構えている。 幸造「さっきは朝恵を殺したのだろう?あの女の悲鳴が私の耳に届いたよ。それに、その お前が立って居る位置、お前の足音が途絶えた位置は、よく判っているぞ。」 襲撃者「…。」 襲撃者、黙って立ち尽くしている。 幸造「大宮司よ…。動機は何だ?」 襲撃者「…復讐です。」 襲撃者、仮面を取る。そこに大宮司の顔が現れる。 幸造「復讐…じゃと?」 大宮司「そうです…。貴方が由希子を連れ去った時から、17年前から、貴方を恨み続け てきました…。しかし、私は貴方に御世話になった身です。貴方に対する恨みは堪える事 が出来ましたが…、あの子は…あの子は…。」 大宮司、幸造の右肩にナイフを投げる。 衝撃音「グサリ!」 幸造「ウグッ!」 幸造、肩に走った激痛に安楽椅子に座りながらも、もだえる。 大宮司「あの子は、貴方を許しませんでした…。貴方は…17年間、由希子と京子、そし て…、麻衣子を苦しめた罪を、償うべきなのです。」 大宮司、拳銃を幸造に向けて構える。 幸造「お…お前は…だ、誰…なんだ?」 幸造、右肩を押さえながら立ち上がる。 大宮司「…私は、大宮司と名乗っておりますが、それは偽りの名、由希子に自分の存在を 隠す為に使っていた偽名。私は由希子の父親です。」 幸造「な、何だと!」 発砲音「パーン!」 幸造「!」 大宮司、拳銃の引き金を弾く。弾丸が幸造の眉間に命中する。 窓「ガッシャーン!」 幸造、撃たれた勢いで、窓ガラスを突き破り、窓の外に転落する。 大宮司「さようなら…御主人様…。」 窓「ガッシャーン!」 幸造、一階の中庭に転落し、辺り一面、観葉植物に囲まれた中で、息絶える。 6・暴かれた魔性 霧山荘・二階・サロン(夜)、蝶児、純、真弓、京子、テーブルに着いて、皆、俯 いて、黙っている。 真弓「…皆さんが…、お気づきの様に、私は、栗原真弓ではありません。」 真弓、俯いたまま言う。 蝶児「ああ、霧山由希子…だな?」 蝶児、真弓を見ながら言う。 真弓「…そうです。」 真弓、俯いて答える。 京子「…お母さんを…いじめないで…。」 京子、震える声で、蝶児に言う。 真弓「違うのよ。私が騙していたのだから…。」 真弓、京子を宥める。 純「貴方は…、17年前に…。」 真弓「はい…。殺された事になりました…。」 蝶児「どういう事だ?」 真弓「17年前のあの日、私は大宮司さんから、幸造が私を殺そうとしている。と、聞き ました。大宮司さんは、私を守る為に、一芝居打ってくれたのです。偽装殺人を…。」 純「偽装…殺人?」 純、身を乗り出し、真弓に問う。 真弓「霧山由希子は死んだ、死体はこの山の樹海に埋めてきた。と、隠し通路の梯子から 落ちて、礼拝堂の天井を突き破り、礼拝堂の祭壇に落ちて、死んだ様に見せかける偽装工 作まで、施して…。」 蝶児「どうして、あの男がそこまでして…?」 真弓「大宮司とは名乗っておりますが、あの人は、私の父なのです。」 純「な、何だって!」 蝶児「…成る程な…。」 蝶児、腕組みしたまま、頷く。 真弓「そして、死んだはずの私は、大学で学んだ医学を元に、白馬村で小さな病院を始め ました。」 純「…どうして?」 真弓「…父と…京子の傍から、離れたくなかったからです。」 蝶児「…そして、恐らくは、大宮司と結託して、幸造の目を潰した。」 真弓「…。」 真弓、コクリと頷く。 真弓「私が調合した薬を父が幸造に与え、飲み続けて、その症状が出るのに10数年もの 月日を費やしました。怪しまれない為には、仕方が有りませんでした。」 蝶児「目を潰せば、幸造はアンタが来ても、霧山由希子とは思わないだろう。声も声色を 変えれば、何とかなる。10年以上の月日が流れているからな。」 真弓「私がこの霧山荘に再び訪れたのは、3年前からです。つまり、幸造の目が、完全に 見えなくなってから…。」 京子「その時に…、私は…、初めてお母さんと会った…。嬉しかった…。」 京子、俯いて言う。 蝶児「だが、幸造の目は盗めても、黒川は騙せないだろう?」 真弓「…はい…。黒川さんは、父から莫大な金額の金を受け取って、口封じをしてもらっ ている。と、父が言っていました。黒川さんは、私の正体を知っていましたが、黙ってい てくれたのです。」 純「恐喝…。」 真弓「…父は、せめてもの罪滅ぼしに、黒川さんに金を払い続けました。」 蝶児「罪滅ぼし?」 真弓「父は、私の幼い時に、失踪していました。私の母を殺した時に…。」 純「な!」 蝶児、純、驚きの表情を見せる。 真弓「私がまだ幼き頃、母は恐ろしく暴力を振るう人でした。この身体に生傷が絶えない 程、毎日の様に私に暴力を振るっていました。父は、私がある日、包丁で母に脅されてい た時に、父は…母を…。」 真弓、俯いて言う。 京子「…お母さん…。」 京子、心配気に、真弓を見る。 真弓「だ、大丈夫よ…。」 真弓、京子に笑顔を送る。 蝶児「何故、失踪なんて…。」 真弓「警察に自首しました。ところが、父は情状酌量が認められ、執行猶予付きで、釈放 されました。ですが、父は、人殺しの罪を背負った自分が、この私を育てるのは、この私 の不幸を呼んでしまう。と、思い込み、私を祖母の家に預けて失踪したのです。」 純「…何て…惨い…。」 真弓「やがて、大学を卒業し、私にも家庭が持てた頃、私は父を必至に探しました。興信 所にも通い続け、やっとの思いで消息を掴み、ある美術館を訪れたのです。父に一目会う 為に…。」 蝶児「そこで…、霧山幸造に出会ってしまった。」 真弓「…はい。」 真弓、唇を噛み締める。 真弓「幸造は、私を拉致し、監禁し、無理やり結婚させ、やがて私は…妊娠しました。」 純「この子を…産んだ…。」 純、京子を見る。 真弓「はい…。正直、最初は、殺したくもなりました。ですが、幸造はそんな私の心の内 を知り尽くしているかの様に、あの小さな部屋に私を幽閉したのです。」 蝶児「この写真は…アンタだろ?」 蝶児、ポケットから写真を取り出し、真弓に見せる。 京子「あ…お姉ちゃんの…写真…。」 純「?」 蝶児「あの部屋に、隠すように、皿の下に貼ってあった。返すぞ。」 蝶児、真弓の前に写真を置く。 真弓「これは、雄介さんと、麻衣子の写真です…。」 蝶児「ああ、知っている。」 真弓「私は、幽閉されながら、あの人と、麻衣子の事、そして、京子の事、父の事を考え ていました。京子に対する殺意も無くなり、ただ、京子に…京子に会いたい…。そんな考 えも、私の内に…。」 真弓、俯きながら言う。 蝶児「麻衣子…その女の子は、恐らく…。」 真弓「…はい。平島麻衣子と名乗っているあの女性は、私と雄介さんとの間の…、私は、 17年振りに…あの子に会いました…。」 真弓、涙を流す。 真弓「あの子は、私と同じく、両親を早くから亡くしたものとされ、私以上に苦しんで、 育ってきたのでしょう。あの子を前にして、他人の顔をする事がどれほど…、どれほど辛 かったか…。」 京子「…お姉ちゃん…。」 京子、俯いて呟く。 純「偶然に、この荘に現れたのか?あの麻衣子さんは?」 真弓「違います…。」 蝶児「どういう事だ?」 真弓「全ては、計画通りだったのです。私と、父と、京子、そして、麻衣子がこの荘に集 まってしまう事は…。」 真弓、涙を拭って顔を上げる。 霧山荘・三階・室内庭園(夜)、麻衣子、観葉植物の中で、倒れている。 麻衣子「う…うう…。」 麻衣子、ゆっくりと起き上がる。 麻衣子「…気を…失っていたんだわ…。」 麻衣子、室内庭園を見渡す。 麻衣子「私を…殺さなかったのね…。どういうつもりかしら?フ…フフ…判っているわよ。」 麻衣子、グルリと360度周りを見渡す。 麻衣子「あ…、ボディーガードが…殺されている。気の毒な事をしたわ…。結局、あの人 は関係無かったのに…。」 麻衣子、由希子の部屋の前で、ドアに寄りかかる様に絶命している朝恵を見て、 ため息をつく。 麻衣子「幸造は…、殺された様ね…。」 麻衣子、開き放しの幸造の部屋に有るドアを見て、呟く。 麻衣子「でも、まだ…。終わってはいないのよ…。」 麻衣子、京子の部屋に向かう。 霧山荘・三階・由希子の部屋(夜)、美枝子、ベッドに横たわっている。洋子、鏡 の女の絵に打ちつけられた、板を必至に剥がしている。 美枝子「洋子さん、手伝います。」 美枝子、洋子に言う。 洋子「い、良いのです。私は、京子様を助けに行かなければなりません。貴方は、絶対に ここから出ないで下さい。いいですね?」 洋子、板を剥がしながら言う。 美枝子「…は、はい。」 美枝子、俯いて、ドアの方を見る。 美枝子「誰か…殺されたんですね…?」 洋子「…死んでいません。そう…、殺されてなんかいるものですか!」 洋子、最後の一枚の板を剥がす。 洋子「ハア、ハア、や、やった…。」 洋子、その場に倒れ込む。 美枝子「あ!よ、洋子さん!」 美枝子、洋子に駈け寄る。洋子、口から血を吐いている。 美枝子「ま、また、持病が?」 洋子「だ、大丈夫です。どいて下さい!」 洋子、美枝子を押し退けて、鏡の女の絵を回す。 洋子「今、行きますよ。京子様…。」 洋子、空洞に入ろうとする。 美枝子「…洋子さん、ゴメンナサイ!」 美枝子、無理やり洋子を振り向かせて、洋子の腹に正拳突きを食らわせる。 衝撃音「ドスッ!」 洋子「…み…美枝子…さん…。」 洋子、美枝子の腕の中で気を失う。美枝子、洋子をベッドに寝かせる。 美枝子「ゴメンナサイ、洋子さん。貴方の代わりに、私が、京子ちゃんを探しに行きます。」 美枝子、空洞に入る。 霧山荘・三階・執事室(夜)、大宮司、肩の傷を手当てしている。 大宮司「遂に…幸造を殺してしまったか…。これで、気が済んだ筈だな?後は…、私の罪 を、償うだけだ…。」 大宮司、肩の傷口から、弾丸を取り除く。 大宮司「グウッ!朝恵…、お前まで殺してしまった…。許してくれ…。私の罪は、死で償 おう。」 大宮司、傷口にガーゼを当てる。 大宮司「殺してしまった人々に、罪を今こそ、償わなくてはな…。」 大宮司、真っ白い仮面を被り、拳銃を持って、部屋を出る。 霧山荘・三階・京子の部屋(夜)、麻衣子、部屋の中を隈なく見渡している。 麻衣子「…もぬけの殻か…。何処に行ったのかしら?」 麻衣子、ナイフを持ちながら、至る所を刺しながら、言う。 麻衣子「あの子だけは…、私が殺してやる。」 麻衣子、部屋を飛び出し、渡り廊下に出る。 麻衣子「あ!」 麻衣子、渡り廊下を出た時に、反対側の渡り廊下を歩く、仮面を被った襲撃者を 見つける。 麻衣子「アイツが…犯人…。」 麻衣子、ドアに隠れて、襲撃者の姿を確認する。 麻衣子「階段に向かう…。下の階に行く気?」 麻衣子、襲撃者に気付かれぬ様、襲撃者の後を尾行する。 霧山荘・二階・サロン(夜)、蝶児、純、真弓、京子、テーブルに着いて、真弓の 告白を聞いている。 真弓「今回の事件は、3年前から計画されていた物でした。そう、私が半ば、もう会えな いだろうと思っていた、麻衣子の存在を知ってしまった時から…。」 真弓、両目を伏せながら、言い続ける。 蝶児「あのオネーサンが…、どう関係したのだ?」 真弓「あの子は、家庭崩壊の原因が霧山幸造に有ると知り、霧山幸造を深く憎みました。 この荘の存在を突きとめ、この荘を徹底的に調べ上げ、そして、この荘に何度も来たそう です。取材という名目を立てて…。」 純「まさか…、来る度に、幸造を殺そうと…。」 真弓「そうでしょう…。私と父には判っていました。勿論、この荘の中に人はなかなか入 れません。17年前の事件の事が有りますから、ですが、あの子は何度も何度も…。」 蝶児「オネーサンも…、復讐を企んでいた…。」 蝶児、呆然と真弓を見る。 真弓「多分…そうでしょう。私は、麻衣子の存在を知り、母だと名乗り、麻衣子を引き取 りたかった…。でも、そうすれば、幸造に私の正体が判ってしまう。そうすれば、二度と この荘に来られなくなり、私は、京子と父に会えなくなってしまったでしょう…。それだ けは避けたかった…。」 真弓、テーブルに乗せた両拳を震わせる。 純「そんな…麻衣子さんがかわいそうだよ!」 蝶児「オネーサンは、アンタを母親だと、気付かなかったのか?」 真弓「…麻衣子と直接会ったのは、今回が初めてなのです。私はずっと、栗原真弓となり きり、他人の振りをしてきましたが…。」 蝶児「…。」 一同、暫く沈黙する。 京子「お姉ちゃんは…、私を憎んでいるのよ…。」 京子、俯いて言う。 蝶児「憎む?」 京子「私が居る限り…お母さんとお姉ちゃんは…一緒になれない…。」 真弓「そんな事は無いわ…。これから、一緒に住めるわよ。」 麻衣子「残念だけど…、私は貴方達と一緒に住む気は無いわよ。」 麻衣子、階段の方からサロンに入ってくる。 蝶児「オネーサン…。」 真弓「…麻衣子…。」 京子「お姉ちゃん…。」 一同、サロンの壁に寄り掛かる麻衣子に注目する。 麻衣子「霧山京子…。やっと、会えたわね。お姉ちゃんなんて呼び方は止めてくれる?私 は貴方なんて、妹だなんて認めないわ。」 京子「…お姉ちゃん。」 京子、呆然と麻衣子を眺める。 麻衣子「止めてって言っているでしょう!」 麻衣子、ナイフを構えて、京子を睨む。 真弓「止めて!京子には、何の罪も無いのよ!罪が有るとすれば、全て、私の責任よ!」 麻衣子「…。」 麻衣子、視線を真弓に移す。 真弓「麻衣子。」 麻衣子「…お母さん…。貴方が生きている事は、3年前から判っていました…。私は、必 至に調べ上げた17年前の事件から、真相を掴んだ。そして、理由も判っていた。大宮司 と名乗っているあの執事が、貴方の父親だという事も…。私は、貴方を救いたかった…。 ですが、貴方は…、霧山幸造の血が流れる京子から、離れる事が出来ない状態だった…。」 麻衣子、俯いて呟く。 真弓「…麻衣子。」 麻衣子「全ては、貴方がいけないのよ!」 麻衣子、再び京子に視線を戻し、睨み付ける。 京子「お姉ちゃん…私は…お姉ちゃんの事を…。」 麻衣子「黙りなさい!貴方を殺してやるわ!」 麻衣子、京子に向けて、ナイフを構える。 襲撃者「止せ!」 襲撃者、拳銃を構えて、サロンに入ってくる。 蝶児「な、何!」 純「あ、あれは…。」 蝶児、純、仮面を被った襲撃者を見て、思わず立ち上がる。 麻衣子「見るに見かねて、助けに来た様ですね?お爺様?」 麻衣子、襲撃者の顔を見て言う。 襲撃者「もう止めるんだ。」 襲撃者、仮面を外す。大宮司の顔が現れる。 蝶児「大宮司…。」 蝶児、大宮司の顔を睨む。 麻衣子「お爺様?どうして、この様な殺人劇を行ったのですか?理由がよく判りませんで したが…。」 大宮司「理由は、お前が一番よく知っているだろう。」 麻衣子「フフ…、成る程ね。やはり、貴方は代理殺人を行っていたに過ぎないのですね。 私の代わりに。」 蝶児「何だと!」 蝶児、愕然と大宮司を眺める。 純「どういう事だ!答えろ!」 純、大宮司に叫ぶ。 麻衣子「そのままの意味よ。この人は、私のやろうとしていた事を、私の代わりにその手 を汚したのよ。」 蝶児「!」 麻衣子「御苦労でしたわね。お爺様。これも、子を思うが故なのですか?」 麻衣子、大宮司を見て、笑う。 大宮司「…私は、お前が霧山荘の住人を、一人残らず殺してしまおうとしていた事に気付 いていた。お前が初めてこの荘に現れた時から…。私や京子を含めてな。」 大宮司、俯いて答える。 麻衣子「私は、自分の手で殺したかったのですがね。貴方が余計な横槍を入れてきたので す。結局、幸造も黒川も貴方が殺してしまいました。残る標的は、京子と貴方ですよ。」 麻衣子、大宮司を睨み付ける。 真弓「や、止めて!麻衣子!貴方は間違っているわ!」 真弓、麻衣子に向かって叫ぶ。 麻衣子「へえ?貴方のお父上は、既に、大量殺人を行っているのですよ?どうしてそんな 事を言えるのですか?」 京子「お…お姉ちゃん…。」 京子、涙を流して麻衣子を見る。 麻衣子「残念だったわね?京子。貴方が夢にまで見た姉の姿が、貴方を殺す為にその姿を 現したのですからね?」 京子「ううん…。私…、知っていたよ…。お姉ちゃんが私を憎んでいるのは…。でも…、 お姉ちゃん…寂しそうに…泣いているみたいだから…。」 麻衣子「な!何ですって!」 麻衣子、京子の顔を驚愕の表情で、見る。 京子「私…、お姉ちゃんに会いたかった…。お姉ちゃんをずっと…探していたのよ…。お 母さんと…お爺さんは…。今にきっと…皆で…住む事を…夢見て…。」 麻衣子「…。」 麻衣子、ナイフを震わしながら、京子を見る。 京子「お姉ちゃん!私…、私…、お姉ちゃんを…忘れた日なんて…無かったよ…。お姉ち ゃんの苦しさに比べたら…私の苦しみなんて…。」 京子、その場にしゃがみ込む。 麻衣子「だ、黙りなさい!それ以上喋ると、今すぐ殺すわよ!」 京子「…いいよ…。お姉ちゃんに…殺されるなら…私、それでお姉ちゃんの気が済むなら …、死んでもいい…。」 麻衣子「!」 京子、麻衣子に歩み寄る。 麻衣子「く、来るな!それ以上近寄ったら…。」 麻衣子、後ずさりしながらも、震える手でナイフを京子に構える。 純「蝶児君!」 純、蝶児の顔を見る。 蝶児「いや、手を出すな。」 蝶児、京子の行動を眺めている。 麻衣子「殺す!殺してやる!」 麻衣子、京子に向かって叫ぶ。 京子「…ゴメンナサイ…お姉ちゃん…。」 京子、麻衣子のすぐ目の前に立つ。 麻衣子「…あ…貴方…。」 麻衣子、京子の胸の前で、ナイフを構えている。京子、そのナイフを掴み、自分 の胸に突き刺す。 京子「ウッ!」 京子の胸から、血が流れる。 麻衣子「な、何を!あ、貴方!」 麻衣子、ナイフを引き抜き、ガックリと膝から倒れる京子を見る。 京子「…お姉ちゃんの…憎しみは…私の…せいだから…。」 京子、両目を閉じて、麻衣子に呟く。 麻衣子「…う…うう…。」 麻衣子、目の前で苦しむ京子を呆然と眺める。 京子「お姉ちゃん…、憎んでいても良いから…私の事…忘れないでね…。」 京子、涙を流し、微笑みながら麻衣子に囁く。 麻衣子「…きょ…京…子…。」 真弓「京子!」 真弓、京子に駈け寄る。 京子「…。」 京子、全く反応しない。 大宮司「まだ、息は有る!すぐに応急手当を!」 大宮司、ソファーに京子を運ぶ。真弓、京子の胸を押さえ、流血を押さえる。 蝶児「オネーサン…。」 蝶児、麻衣子に近寄る。 麻衣子「…。」 麻衣子、俯いたまま、呆然と立ち尽くしている。 蝶児「アンタ、俺がアンタの話しを聞いている時に、本当は全てを告白してくれていたん だな。他人であるこの俺に…。」 麻衣子「…。」 蝶児「妹を刺した。これで、少しは気が済んだのか?」 純「ちょ、蝶児君!」 蝶児「黙ってろ!」 蝶児、純を制する。 蝶児「まだ、復讐を続ける気か?アンタの為に殺人を犯した大宮司、アンタの為にその素 性を隠してきた由希子、そして、アンタの為に死ぬ気だった京子、アンタにはアイツラの 気持ちは全く通じないのか?」 麻衣子「…。」 純「…。」 蝶児、純、俯いたまま黙る麻衣子を見る。 蝶児「何を甘えているんだ!アンタはこんなにも大事にされてるじゃねえか!自分の不幸 を棚に上げて、懸命に不幸に耐え生きてきたアイツラを更に苦しめているじゃねえか!ア ンタを何とか救おうとしてきたアイツラを!」 麻衣子「う…ううう…。」 麻衣子、ナイフを落とし、涙を零す。 蝶児「俺は、詳しい事情はよくまだ判らねえ…。だが、アンタがもし、僅かでも自分の行 動に後悔しているなら、今からでも…、やり直せるんじゃないのか。」 麻衣子「…。」 蝶児「今度は、アンタがアイツラを助けてやれよ。」 麻衣子「きょ…京子…。」 麻衣子、ガックリと崩れる様に、両手両膝を着き、泣き崩れる。 純「麻衣子さん…。」 蝶児「憎しみだけでは…人は生きてはいけないんだ。」 蝶児、純、麻衣子を呆然と眺める。 真弓「良かった…。何とか…助かるわ…。」 真弓、ソファーで失神している京子を見ながら言う。 大宮司「この人も手当てしてくれ。まだ、助かる筈だ。」 大宮司、香を連れて、真弓の傍に寝かせる。 蝶児「な、何だと!香は生きているのか!」 純「え!」 蝶児、純、香に駈け寄る。 大宮司「出血多量で、気を失っているが、臓器を傷つけてはいない。助かる。だが、血が 足りない。この娘の血液型は?」 純「O型。」 大宮司「そうか…ならば、私の血をこの娘に緊急輸血してくれ。」 真弓「いいのですか?お父様。」 大宮司「…いいのだ。どうせ…私は…、さあ、時間が無い。はやくするのだ。」 真弓「…判りました。私の部屋に来て下さい。」 純、真弓、大宮司、香を連れて、6の部屋に向かう。 蝶児「何てこった…。香は死んでいなかったんだ。ハハハ…やったぜ!」 蝶児、大きく身体を伸ばし喜ぶ。 麻衣子「良かったわね…蝶児君…。」 麻衣子、ゆっくりと蝶児に近寄る。 蝶児「オネーサン。」 蝶児、ハッと麻衣子の方を向く。 麻衣子「安心して…、貴方のお陰で…目が覚めたわ。」 蝶児「俺のお陰じゃないさ。この妹さんのお陰だろ?」 麻衣子「…そう…かもね。」 麻衣子、京子に歩み寄る。京子、失神して、ソファーに寝ている。 麻衣子「あれほど…、憎んでいたのに…、この子を妹だなんて認めていなかったのに…、 どうして…、こんなにこの子が…今…愛おしく…思うの…。」 蝶児「…姉妹だからだろ。二人っきりの姉妹なら、尚更なんじゃないのか?どんなに憎く ても、相手を無意識の内に気遣ってしまうんだよ。アンタにとって血の繋がった妹だから な。」 麻衣子「…妹…。」 麻衣子、京子の顔に触る。 麻衣子「…京子は、どんな暮らしをしてきたのかしら…。」 蝶児「アンタといい勝負じゃないのかな?幸造の手によって、この荘にずっと閉じ込めら れていたのだからな。だからこそ、大宮司や由希子、そしてアンタに会う事が、京子の唯 一の望みだったのさ。」 麻衣子「…京子…。」 麻衣子、京子の手を握り、目を伏せる。その時、鏡の女の絵が動く。 蝶児「ん?」 美枝子「はあ、はあ。」 美枝子、空洞から現れる。 蝶児「美枝子?」 美枝子「あ?蝶児?」 美枝子、空洞から降りて、サロンに入る。 美枝子「どうして貴方がここに?あ!きょ、京子ちゃん!」 美枝子、京子に駆け寄る。 美枝子「京子ちゃん!京子ちゃん!」 蝶児「止せ!起こすと命に関わるぞ!寝かせておけ!」 蝶児、美枝子を止める。 美枝子「どういう事なの?説明して!」 美枝子、蝶児に歩み寄る。 蝶児「そうか…。お前は何も知らなかったのだったな。判ったよ、一段落ついたら話す。」 美枝子「また?いい加減にしてよ!京子ちゃんが死にそうなんでしょう!話しなさい!」 美枝子、蝶児を睨む。 麻衣子「いいわ。私が話すわよ。蝶児君、貴方は香さんの様子を見てきてあげなさい。」 蝶児「いいのか?大丈夫なのか?」 麻衣子「平気よ。私はもう気遣い無用よ。」 蝶児「…判った。すまない。」 蝶児、6の部屋に向かう。 霧山荘・二階・6の部屋(夜)、蝶児、純、真弓、ベッドに並んで横たわる香と大 宮司を見る。 蝶児「どうなのだ?状況は?」 蝶児、香と大宮司を繋ぐキューブに流れる血液を見ている。 真弓「香さんは、一命を取りとめました。ですが…。」 蝶児「ですが?何だ?」 真弓「…父は…もうじき息を…引き取るでしょう。」 蝶児「な?」 純「え?」 蝶児、純、真弓の顔を見る。 真弓「こうなる事は判っていました。父は至る所に癌細胞を転移させています。もう長く は有りませんでした。どうせ、このまま死んでしまうのなら…、僅かでも罪を償いたいと 思ったのでしょう。人間は3分の1の量ほど血を失うと、死んでしまいます。ですが、香 さんを救うには、父からそれ以上の血液を貰わなくてはなりません。」 蝶児「じゃあ、大宮司は…始めから…。」 真弓「…これで…いいのです…。犯した罪を償うには、その罪が大きすぎました。せめて、 このぐらいは、やらせてあげて下さい。お願いします。」 真弓、俯き、涙を押さえながら言う。 大宮司「き、君は…蝶児君…と言ったな…。」 大宮司、掠れる声で、蝶児に言う。 真弓「お父様!」 真弓、ハッと大宮司を見る。 蝶児「大宮司…。」 大宮司「…君に…頼みたい事が…有る。この度の事件は…全て…私の手によって起こした ものだ…。裁かれるのは…私だけだ…。由希子や麻衣子に…罪は無い。」 真弓「お、お父様…。」 大宮司「すまなかった…。無関係な者まで…殺めてしまった。君達が私を…憎むのは…当 然だが…それを知った上で頼む。今回の事件は私…大宮司が…犯したと…証言してくれな いか…。」 蝶児「…。」 大宮司「そして…由希子や京子、そして…麻衣子は私とは…全く無縁の…人間だと…。」 真弓「お、お父様、そんな…。」 大宮司「…お前や…麻衣子が…事件に関わっていない事は…事実だ…だが…霧山由希子は 登録上…死んでいる…お前の素性は…隠さなくてはならない。」 蝶児「成る程…お前と由希子の関係が判ると、幸造の目をやったのが、薬だとばれるから な。」 大宮司「…そ、その通りだ…。どうか…由希子と京子と麻衣子を…お救いくだされ…。」 蝶児「話せ。何故、神無月と野島を殺したのかをな。」 蝶児、平然と言う。 大宮司「野島様は…、全てを知ってしまったから…、初日の夜、あの方は…、電話を使う 為に…、ロビーに現れた。私は盗聴機から…電話の内容を…聞いていた…。その内容が… 由希子と私の関係を…明白に…した物だった…。この事が判っては…幸造に…。」 蝶児「だから殺した。成る程な、アイツはアンタラの事情なんて、全然知らなかったから な。だが、お前は何処に居たのだ?黒川はあの時間帯、三階のドアは開いた形跡は無いと 言っていたぞ。」 真弓「私の部屋に、ここに居たのです。」 純「な、何だって?」 蝶児、純、驚いて真弓の顔を見る。 大宮司「私は、由希子に会う為に、あの夜、6の部屋に居たのです。ですが、野島様のあの 様な行動を推測する事は、出来ませんでした。致し方なく…野島様を…。」 大宮司、言葉に強弱をつけながら話す。 蝶児「じゃあ、盗聴機は…この部屋に有るのか?」 大宮司「私の耳に…御座います。」 大宮司、耳に付けていた補聴器の様な物を、蝶児に渡す。 蝶児「コイツで…俺達の会話を…。」 大宮司「私は…この部屋から…野島様の居るロビーに向かい…。野島様を…鉄棒で…殴殺 しました。ですが…由希子には少し用が有ると言って…部屋を離れただけです…。」 蝶児「そうか…。そこで恐らくは…あのカメラマンに現場を見られたのだな?」 大宮司「…あの佐々木というカメラマン…偶然にも私と…一階の渡り廊下で…。私がロビ ーを出たすぐ後に…。」 純「どうして…あの人が一階に?」 大宮司「骨董品を…盗もうとしていました。あの方は…カメラで私の姿を撮りました…。 仮面を被っていましたから…私と結ぶ線は無い…と思いましたが…。あの方の行動を尾行 してみますと…鏡の女の絵を動かしてしまいました。」 蝶児「そうか…隠し通路を発見されたのか?」 大宮司「あの方は…幸い誰にも喋らなかったのですが…一同が野島様の事件を解こうと… 躍起になっているのを知り…あの方の存在は脅威でした…。」 純「それで…殺した?」 大宮司「…はい。」 蝶児「そして、黒川はどうなんだ?あの時は、お前には鉄壁のアリバイが有った。俺達と 行動を共にしていたんだからな。」 大宮司「簡単なトリックを使いました。雪を使ったトリックを…。」 蝶児「トリック?」 大宮司「私は…黒川を気絶させ…カーテンを使って黒川の自由を奪い…。ある程度時間が 経てば…黒川の心臓に…ナイフが落ちる様に…。」 純「雪を使って?どういう事?」 大宮司「雪を固め…氷柱と化せば…天井にナイフを固定することが出来る…そして…振り 子の原理で…カーテンの片方の端を同じ要領で…固定し…もう片方に…おもりを付けて… 天井に固定すれば…窓ガラスを割る事も…出来ました。」 純「窓ガラスを割る?何の為に…。」 大宮司「現場に吹雪を差し込ませたかったのです…。現場のトリックを見破られない為に …もし…吹雪が無ければ…天井に作った氷が…貴方方にすぐ…判ってしまう…。」 蝶児「…成る程な…。」 大宮司「…結果的には…黒川の死後…すぐに貴方達と共に…黒川を発見した…。こうする ことで…私のアリバイは鉄壁になり…容疑者枠から外されたのです…。」 蝶児「黒川を…始めから殺す気だったのか?」 大宮司「…あの男を殺さねば…麻衣子が殺していたでしょう…。」 真弓「ああ…。」 真弓、目を伏せて、俯く。 蝶児「じゃあ…神無月を殺した理由は?」 大宮司「神無月様は…、ずっと麻衣子を疑っておりました…。もし…、麻衣子が私よりも 早く…幸造を殺せば…あの方にすぐに嫌疑を…。ですから…、殺さずにはいられなかった。」 蝶児「勝手な理由だぜ!」 蝶児、拳を固めて大宮司に歩み寄る。 純「もう…止めなよ…。この人はもう全てを白状する気だよ。」 純、蝶児を止める。 蝶児「自分達の事しか考えてないんだな!お前の奢り高ぶった感情が、野島と神無月を殺 したんだ!」 大宮司「…はい…その通りです…。貴方の御怒りは…私の…死で償います…。ですから…、 どうか…。」 蝶児「判っている!さあ!話しを続けろ!」 蝶児、テーブルに勢いよく座る。 大宮司「神無月様の死後…貴方方の手によって…盗聴機が発見されてからは…もう私に余 裕は有りませんでした…。もはや…相手を選ぶ余裕など…この荘に居る外部の人間と内部 の人間を…皆殺しにするしか…。」 蝶児「オネーサンが誰を狙うか判らなかったからだな?」 大宮司「…はい…。そして…始めに…一人でサロンに居た香様を…見付け…。」 純「…刺した?」 大宮司「…はい…。そして…麻衣子を…三階で見付け…後ろから襲いかかり…麻衣子を気 絶させました…。麻衣子の行動を…止める為に…。」 蝶児「あのオネーサンが三階に居た?どうやって三階に上がったんだ?」 大宮司「井上です…あの女が…幸造を見限ったのです。私は…麻衣子と…井上が…一緒に 居た時を…三階で見ました…。井上が…一人になった時…あの女を…私は…。」 真弓「い、井上さんまで…殺したのですか?」 真弓、大宮司を見る。 大宮司「仕方が無かった…あの女を…殺さねば…麻衣子が必ず殺していただろう…。自分 の犯罪を…達成する為に…。どっちにしても…私は…全員を殺す気だったからな…。」 真弓「そ…そんな…。」 蝶児「ふざけやがって!」 蝶児、再び立ち上がる。 純「蝶児君、話しを聞こう。」 蝶児「…。」 蝶児、腰掛ける。 大宮司「…次に…幅を殺しに行った…だが…出来なかった…あの女は京子を…長年面倒を 見てきた…。それに…美枝子様が一緒だった…若き頃の由希子と生き写しの美枝子様を… 殺す事は出来なかった。」 大宮司、両目を伏せて言う。 大宮司「そして…私は幸造を…殺しに行った…。積年の恨みを込めて…きっと…麻衣子の 代わりではなく…自分自身の感情の葛藤に動かされて…幸造を…殺したのだろう…。」 真弓「…。」 真弓、唇を噛み締めて黙る。 蝶児「そうか…幸造も死んだのか…。」 大宮司「そして…最後に…貴方方二人を…殺してしまうつもりだったのです。」 蝶児「ところが、お前が目にした光景は、孫同士の複雑な感情が会合している現場だった。」 大宮司「…それから先は…貴方方の見た通りです…。」 蝶児「何とも言えないな…。俺はお前を許さねえ。絶対にな。だが、問題はアンタだよ。」 蝶児、真弓を見る。 真弓「…。」 真弓、蝶児の顔を見る。 蝶児「アンタはさっき言ったな?全ては計画通りだと、どういう事か話してもらおうか? 内容によっては、俺達はアンタに騙され続けていた事になる。アンタの手によって、野島 や神無月は、死なずに済んだんだからな。」 蝶児、厳しい視線を真弓に送る。 真弓「私は、吹雪になる前には、必ずこの荘に現れました。診察という名目で…。」 蝶児「何故だ?」 真弓「あの子が…麻衣子は必ず遭難者として、いずれこの荘に潜り込む事を、推測してい たからです。」 純「そうか…遭難者として潜り込む事を、麻衣子さんは計画通りだと言っていた。」 真弓「麻衣子は、必ず現れる、だから、私はここに来る必要が有った。麻衣子を止める為 に…。」 大宮司「そう…、麻衣子を…止める為には…由希子がどうしても必要だった…。」 蝶児「アンタは、大宮司が犯人だと、知っていた筈だ。どうして俺達まで騙していた?俺 達を見殺しにしてきたも同然だ!」 大宮司、真弓に怒鳴る。 真弓「…。」 真弓、俯いて黙る。 蝶児「アンタが直接手を下さないまでも、アンタも同罪だよ!」 大宮司「待ってくだされ!由希子は…、本当に知らなかったのです…。全ては…私が仕組 んだ事…、罪は…私一人に有るのです…。」 蝶児「信じられねえな!そんな事が有り得るわけが無いだろう!」 真弓「構いません…。私も同罪ですね…。過去を隠し続け、実の子供に素性を明かさずに いた私も…裁かれなくてはなりません。」 大宮司「な…何を言う…では…由希子と麻衣子を…どうすると言うのだ…。」 真弓「私が罪を償ってから…再びあの子達の前に現れます。由希子として…。」 真弓、俯いて言う。 真弓「それかれでも、遅くは無いでしょう。」 真弓、大宮司を見る。 真弓「お父様、やはり、貴方の御厚意に甘えてばかりは居られません。私自身、幸造の呪 縛から立ち上がろうとしなくては。」 大宮司「…。」 大宮司、真弓の顔を凝視する。 純「あ…、香ちゃんが!」 香「う…ううう…。」 香、顔を軽く動かす。 純「香ちゃん!気が付いたんだね?」 純、香が寝ているベッドに近寄る。 蝶児「バカ!寝かせておけ!傷口はまだ開いているんだぞ!」 蝶児、純を止める。 大宮司「…よかった…。これで…少しは…救われる…。由希子よ…後の事は…頼んだぞ…。」 真弓「…はい。」 大宮司「…。」 大宮司、両目を伏せて、眠る様に息絶える。 7・鏡の女の絵 霧山荘・三階・由希子の部屋(朝)、洋子、べッドで眠っている。 洋子「…う…ううん…。」 洋子、ゆっくりと上半身を起こす。 洋子「…吹雪が…止んでいる。」 洋子、窓の方を向いて、朝日の射し込む陽の光を手で遮る。 洋子「ハッ!わ、私、そう言えば…。」 洋子、慌ててドアの方に近寄る。 洋子「…まさか…まだ…。」 洋子、一歩ドアから離れる。 洋子「美枝子さんは?あの子は何処に?」 洋子、部屋を歩き回り、美枝子を探す。 洋子「隠し通路を使ったの?」 洋子、鏡の女の絵を眺める。 霧山荘・一階・大広間(朝)、蝶児、純、美枝子、真弓、麻衣子、部屋の中で会話 をしている。 真弓「警察が後30分程で来るそうです。貴方方とも、もうすぐお別れですね。」 真弓、テーブルに座って言う。 純「香ちゃんと京子さんは、警察が到着次第、最寄の病院に移してもらえるんだね?」 純、テーブルに座って真弓に問う。 真弓「はい。大丈夫です。」 蝶児「アンタは…自首する気なんだろ?京子はどうするんだ?」 蝶児、ソファーに座って真弓に問う。 真弓「…麻衣子に…任せておきたいと…思っています。」 真弓、窓際に立つ麻衣子を見る。 麻衣子「…。」 麻衣子、黙って、真弓の顔を見る。 真弓「麻衣子。京子を、お願い出来るわね?」 麻衣子「…私に…そんな事が出来るの?京子を殺そうとしていたこの私に…。」 真弓「麻衣子。貴方と私と京子で、いつか、一緒に暮らしたいと思っているのは、京子だ けじゃないのよ。私だって、同じ気持ちなのよ。待っていてくれるわね?私が、帰ってく るその時まで…。」 麻衣子「…判ったわ…。すぐにはわだかまりを捨てきれないけど…、京子を、今までと違 った目で、見て行くことにするわ。」 麻衣子、真弓に笑顔を送る。 真弓「有難う…麻衣子。」 美枝子「あ!そういえば!洋子さんを助けてあげないと!」 美枝子、テーブルから立ち上がる。 蝶児「誰だ?それ?」 美枝子「京子ちゃんの家庭教師の幅洋子さんよ!私、ちょっと行って来るわ!」 美枝子、大広間を出る。 純「家庭教師の幅さんか…。その人には会った事は無かったね。」 蝶児「だが、大宮司が見逃した。と、言ってなかったか?何でも、京子の世話をしてきた からだ。と、言ってよ。」 純「どんな人なんだろう…。」 真弓「幅さんは、喉を患っておりまして、この荘からは離れられない状況です。何でも、 より新鮮で澄んだ空気が必要ですので…。」 蝶児「気の毒な身の上だな…。」 蝶児、窓際に歩いていく。 蝶児「京子と暮らすのか…。オネーサンも思いきった決断をしたな。」 蝶児、窓際に立つ麻衣子に言う。 麻衣子「…そうかしらね…。私は…どこかで…身内との生活を送りたいと…思っていたの かもしれない…。そんな考えを復讐という歪な形で、心の底に隠していたような気がする のよね。」 麻衣子、窓の外を見ながら言う。 蝶児「変わったもんだ。で、この荘から何処に行くんだよ。」 麻衣子「とりあえず、母さんとも相談したけど…、白馬村に在る母さんが営んだ病院を、 住みかにして、母さんの出所を待つわ。」 蝶児「そうか…。まあ、頑張れよ。」 蝶児、窓の外を眺める。 霧山荘・二階・サロン(朝)、洋子、鏡の女の絵を眺めている。 洋子「…。」 洋子、鏡の女の絵を眺め続ける。 美枝子「あ!居た居た!洋子さん!」 美枝子、階段からサロンに入ってくる。 洋子「美枝子さん…無事だったのですね?」 洋子、美枝子の方を向く。 美枝子「はい。話しは全て聞きました。そして、事件も解決しましたよ。もう大丈夫です。」 洋子「…京子様は?京子様は無事なのですか?」 美枝子「けがをしていますけど、命に別状は無いそうです。」 洋子「そうですか…。良かった。」 洋子、ガックリと膝を着く。 美枝子「一階に行きましょう。皆が待っていますよ。」 洋子「待って下さい。美枝子さん。」 美枝子「え?」 美枝子、階段に向かう足を止める。 洋子「これを見て下さい。」 洋子、鏡の女の絵を指す。 美枝子「え?」 美枝子、鏡の女の絵を凝視する。 洋子「ここの文字です。」 美枝子「文字?…あれ…何か書いてある。」 美枝子、鏡の女の絵に小さく右下に書かれている文字を読む。 美枝子「麻衣子と京子、表裏一体となる時、私は解き放たれる。」 洋子「恐らく、霧山由希子様が書いた文字です。この絵は、麻衣子様と京子様を書いた絵 だったのですね。今まで気が付きませんでした。この絵は裏側、つまり、13の部屋を向 いていた方の絵です。今までこの文字を発見出来ませんでした。」 美枝子「…本当ですか?」 洋子「え?」 洋子、美枝子の方を向く。 美枝子「洋子さん。貴方は私と、三階に有ったこの絵の向きの事で、言い争いが有りまし たよね。あの時は貴方が、私を強引に言い包めました。でも、本当は知っていた。この隠 し通路の存在を。違いますか?」 洋子「…。」 洋子、呆然と美枝子の顔を見る。 美枝子「隠し通路の存在を知っていた貴方が、この隠し通路を使っていた事が無いとは思 えません。もっと前から、この文字の事を知っていたんじゃないですか?」 美枝子、洋子に一歩近づく。 洋子「…なかなか、鋭いですね。そうですよ、私はこの文字をもっと前から見ていました。」 洋子、美枝子の顔から、鏡の女の絵に視線を戻す。 洋子「私は、今までも、京子様を三階から出してあげる為に、鍵を手渡して、三階の階段 のドアを開けさせたり、この隠し通路を使って二階に移動させたりと、京子様の為に、御 主人様の目を盗んで、この荘の決まりを破って参りました。」 美枝子「…。」 洋子「勿論、栗原先生と、大宮司さんが、京子様の母と祖父だと言う事も、知っていまし た。」 美枝子「え?そ、そんな…。」 洋子「大宮司さんと栗原先生が、この様な恐ろしい事件を起こす事も、粗方、予想が付き ました。ですが私は、決めていました。あえて、気が付かない振りをしようと…。」 美枝子「ど、どうして?」 洋子「どのみち、私の命は長く有りません。私の命が果てる前に、京子様を自由にさして あげたかった…。私はその為には、この命を落としても構わない。そう決心していました。」 美枝子「洋子さん…。」 洋子「栗原先生は、御主人様の診察を終えると、必ず大宮司さんの引率で、13の部屋に 向かいました。そして、いつも13の部屋には京子様が待っていたのです。13の部屋は、 あの3人にとっては、家族が、久々に会える憩いの部屋だったのです。私は、偶然その現 場を見てしまったのです。」 洋子、美枝子の顔を見る。 洋子「…陽の当らない…あの小さな部屋が、あの方達の唯一、家族水入らずで過ごす事の 出来た…部屋だった。美枝子さん…どう思いますか?そんな状況に追い込んだ御主人様 を?」 美枝子「…。」 洋子「そんな奴を!そんな悪魔の様な奴を!許せる訳が無いでしょう!生かしておける訳 が無いでしょう!」 洋子、キッと美枝子を睨む。 美枝子「…よ、洋子さん。」 美枝子、一歩後ずさる。 洋子「…すみません…。つい…感情的になってしまいました。」 洋子、軽く咳払いをする。 洋子「行きましょうか。もう、全ては終わったのですから…。」 美枝子、洋子、サロンを出る。 霧山荘・一階・大広間(朝)、蝶児、純、真弓、麻衣子、部屋の中で会話をしてい る。 サイレンの音「ウオン、ウオン。」 外からサイレンの音が近づいてくる。 蝶児「やっと来たか。」 蝶児、窓を開けてパトカーと救急車を見る。 純「急いで香ちゃんを病院に運んでもらわないと…。」 純、渡り廊下を走って行く。 真弓「お別れね…麻衣子…。身体には気を付けてね。」 真弓、テーブルから立ち上がる。 麻衣子「…また、会えるんでしょ?お別れなんて言い方は止めてよ。」 麻衣子、真弓に歩み寄る。 真弓「…そうね…。きっとそうよ。父の為にもね。」 麻衣子「…ずっと、いつまでも待っているわ。京子と一緒にね。」 真弓「…有難う…麻衣子…。」 真弓、俯いて、渡り廊下に消える。麻衣子、後を続く。 蝶児「やれやれ、美枝子の奴遅いな。」 蝶児、窓際からテーブルに移動する。 美枝子「あれ?皆さんは?純君は?」 美枝子、洋子、大広間に入ってくる。 蝶児「皆、お客サンを出迎えに行ったよ。その人は?」 蝶児、洋子を見る。 美枝子「京子ちゃんの家庭教師の幅洋子さんよ。」 洋子「幅です。この度はどうも…。」 洋子、蝶児に御辞儀をする。 蝶児「アンタは、この事件の被害者なんだろ。大変だったな。同僚が犯人だったなんてな。」 洋子「いえ、私は…。」 洋子、何かを言おうとしたが、美枝子が手を上げて制する。 洋子「美枝子さん?」 美枝子「いいのよ。それより、京子ちゃんと香を早く病院に運ばないとね。洋子さん、私 達も救急隊の先導に行きましょうよ。」 洋子「あ、はい。」 美枝子、洋子、渡り廊下に消える。 蝶児「どいつもこいつも…、何でそんなに慌ててやがるんだ。畜生。」 蝶児、渡り廊下に出る。 霧山荘・三階・スタッフルーム(夜)、洋子、一人で紅茶を飲んでいる。 洋子「皆様はお帰りになりましたよ。朝恵さん。」 洋子、朝恵がいつも座っていた、正面の席を眺める。 洋子「この荘は、当分は警察が介入してくるそうですよ。慌ただしくなりますね。」 洋子、紅茶を啜る。 洋子「…これで良かったのでしょうね。京子様が救われたのですから…、でも、その犠牲 は大きかった。」 洋子、ティーカップを置き、ドアに歩み寄る。 洋子「貴方を含めた、数多くの無関係な人間を巻き添えにしてしまいました。それ程の価 値がこの殺人劇に有ったと言うのでしょうか?幸造…。あの男をもっと早く、私が殺して おくべきだったのでしょうか?」 ドア「カチャリ…。」 洋子、ドアを開け、渡り廊下に出る。 洋子「残りの寿命を悟り、その罪を背負った大宮司さん。私は、その罪を恐れて、逃げて いたのでしょうか?同じ寿命を悟ったこの私が?」 洋子、渡り廊下を歩き、室内庭園に向かう。 洋子「京子様…どうか御幸せに…貴方は自由になったのですから…。」 洋子、室内庭園に入り、中心部に行く。 洋子「全ての元凶は、幸造に有ったとお思いだったあの家族…。そう、全ては偽りなので す。真の元凶は…この私に有りました。幸造と血の繋がりが有る、この忌まわしき血の流 れるこの私に…。」 洋子、天井を眺める。 蝶児「どういう事なのだ?詳しく教えてもらいたいな?」 蝶児、洋子の背後から室内庭園に入ってくる。 洋子「あ、貴方は?か、帰ったのではなかったのですか?」 洋子、慌てて蝶児の方を向く。 蝶児「ああ、美枝子と純は、香と京子が入院している病院にいるよ。あのオネーサンが受 け継いだ病院にな。俺は美枝子から、アンタが一人でこの荘に居るから、連れて来たら? と、言われて、戻ってきた所だ。」 蝶児、喋りながら洋子のすぐ前に立つ。 洋子「そうですか…。美枝子さんは本当に優しい方ですね。京子様が気に入る訳です。」 蝶児「話しを続けてもらおうか。幸造と血の繋がりがあるだと?」 洋子「…はい。私は、幸造と幸造の愛人との間に生まれた女なのです。しかし、この事実 は、幸造も知りません。」 蝶児「ほう…。その愛人の子がどうしてこの荘に?」 洋子「母は、幸造に捨てられました。子供が出来た母を、邪魔者扱いするかの様に、捨て たのです。母は私を産み、女手一つで私を育ててくれましたが、苦労が祟り、私が成人す る頃には、他界しました。私は、幼き頃から喉を患っていましたが、そんな私を母は、か ばう様にして、育て上げてくれたのです。」 蝶児「…。」 洋子「私は、幸造が憎かった!あんな素晴らしかった母を捨て、別の女の元に走った幸造 が!」 洋子、涙を流す。 洋子「私は、幸造の居所を掴み、京子様の家庭教師として、この荘に潜り込んだ。偶然に も、この荘に居る事で、寿命を延ばす事も出来た。そして、幸造のボディーガードである 井上朝恵さんとも、仕事仲間として接近する事で、幸造に近づく事も出来ました。私の復 讐の舞台は、着々と整いつつあったのです。」 洋子、涙を拭い、顔を蝶児に向ける。 洋子「ですが、私は知ってしまいました。栗原先生と大宮司さん、そして京子様との関係 を…。私は、この復讐に相乗りしようと決めたのです。…恐らく…、我が身のかわいさの 余りに…。自分が手を下したくなかったのです!自分の手を汚したくなかったのです!」 蝶児「…。」 洋子「ですが…、間違いだった…。結果、この様な惨劇を生み出しました。私が手を下し ていれば、幸造一人の犠牲で済んだのです。」 蝶児「違うな。どっちにしろ、俺には、お前達の考えを肯定する気にはなれないぜ。」 蝶児、平然と言う。 洋子「何故です?」 洋子、キッと蝶児を睨む。 蝶児「どんな理由が有ろうと、お前達は殺しを念頭においた復讐だ。まして、アンタは母 親の仇を取ろうとしていた。アンタの母親はアンタに殺しをする事を願っていると思う か?」 洋子「…。」 蝶児「アンタの母親は泣いていると思うぜ?悲しくてな。大事に育てた娘が、残りの寿命 を人殺しの為に使おうなんてな。もっと、別の…アンタ自身の為の人生に、残りの寿命を 使って欲しかったんじゃないか?」 洋子「…。」 蝶児「人生が幸造に対する復讐に化してしまう程、母親を大事に思っていたんだろ?気持 ち…判ってやれよ。」 洋子「…う…ううう…。」 洋子、呆然と天井を眺めて、涙を流す目に左手を当てる。 蝶児「美枝子からの話しから聞いた話だが、アンタが、京子に対する忠誠心の厚さは、異 母姉妹だったからでもあるんだな。」 洋子「…そうです。京子様は、私の妹でもありました。ですが、もう私の役目は終わった のです。後は、麻衣子様が、そして、由希子様が、京子様を守ってくれる筈です。私は安 心して、この荘と共に朽ち果てていく事が出来ます。」 洋子、天井を仰ぐ。 蝶児「何を言っているんだよ。行こうぜ、病院に。京子に度々この荘に来て貰えば良いだ ろ。アンタがこの荘を出られない身体だったらさ。」 蝶児、室内庭園を出ようとする。 洋子「貴方は、蝶児さんでしたよね。美枝子さんの御学友の…。どうして、美枝子さんが 仲間を大事にするのか…貴方を見ているとよく判ります。もっと、早く貴方方と会いたか った…。さようなら…蝶児さん。全ての憎しみは、この荘と共に消え去る事に致します。」 蝶児「何?」 轟音「ガガガガ…!」 凄まじい轟音が、霧山荘全体に響く。 蝶児「な、何だコリャ!」 洋子「早く!この荘から出るのです!もうじき、この荘は崩れます!」 蝶児「な、何だと!どういう事だ!」 蝶児、轟音と共に建物全体が揺れる中、体勢を崩しながら、洋子を見る。 洋子「幸造が、今わの際に、この荘の幸造の部屋に有る、この荘が倒壊するスイッチを押 したのです!幸造の最後の悪あがきです!早く!お逃げなさい!」 蝶児「アンタはどうするんだよ!」 洋子「私は…どのみちこの荘が無くなれば、生きてはいられません!私に構わず早く!」 蝶児「バカな事を言うな!」 蝶児、何とかして、洋子に近寄ろうとする。 洋子「来ないで!早く外に!」 轟音「ガガガ!」 天井のガラスが割れ、勢いよく洋子の頭上に落ちてくる。 洋子「きゃあ!」 蝶児「ああ…。」 落ちてきた大きな刃と化したガラスの破片が、洋子の肩に突き刺さり、洋子がそ の場に倒れる。 蝶児「だ、大丈夫か!」 洋子「早く…早く行って…。」 洋子、ガラスの破片を自分の喉に突き刺す。 洋子「うう!こ、これで、私も…母の所に…。」 洋子、室内庭園の中心部で、ゆっくりと息絶える。 蝶児「…な、何て…バカな事を…。」 蝶児、暫く、洋子の亡骸を眺め、やがて室内庭園を去る。 轟音「ガガガガ…!」 蝶児「ハアハア…畜生…。」 蝶児、霧山荘の外から、崩れて行く荘を眺める。 長野県・白馬村・栗原真弓の病院・屋上(朝)、蝶児、麻衣子、屋上で霧山を眺め ながら話している。 麻衣子「そう…、幅洋子さんも、かつての私と同じ様に、復讐に生きていた人だったのね …。かわいそうな人…。」 麻衣子、呆然と霧山を眺めて言う。 蝶児「ああ…、復讐に生きた人間の最後とは、哀れなものだ…。だが、あの女は、最後ま で、京子の身は案じていた様だったがな。」 蝶児、手摺に背をつけて空を仰ぐ。 麻衣子「…あの人は…京子の事を、常に案じてくれていた。熱意は受け継ぐわ。異母姉妹 の絆にかけてね。」 蝶児「そうか…、そう言うと、少しはあの女もうかばれるだろ。」 麻衣子「そうだ、蝶児君。香さんは、あと一週間程で退院出来るそうよ。よかったわね。」 麻衣子、蝶児の顔を見る。 蝶児「純が喜ぶよ。それで、京子はどうなんだ?」 麻衣子「京子は、あと3日もすれば、全快するわ。そしたら、母の所に面会に行こうと思 うのよ。」 蝶児「それは良かったな。親子水入らずというところだな。じゃあ、俺は一足早く、東京 に帰ろうかな。」 麻衣子「え?香ちゃんの退院を待たないつもり?」 蝶児「純が残るだろ。香はアイツに任せておけば良い。俺はとにかく東京に帰って、早く 雪の無いところに帰りたいんだよ。」 麻衣子「フフフ…、成る程ね。」 蝶児「だが、一つ判らなかった事が有る。」 麻衣子「何?」 麻衣子、蝶児の顔を呆然と見る。 蝶児「あの紙切れは誰が、礼拝堂に落としていったんだ?」 蝶児、麻衣子の顔を見て言う。 麻衣子「…そう言えば…そうね。誰が落としていったのかしら?」 麻衣子、首を傾げる。 美枝子「こんな所にいたの?麻衣子さんに蝶児。」 美枝子、京子、二人の所に行く。 蝶児「うるせえのが来やがった。」 蝶児、顔を顰める。 美枝子「ここから叩き落すわよ。麻衣子さん、後で雪合戦でもやらない?京子ちゃんが一 回やってみたかったんだって。」 京子「お姉ちゃん!やろうよ!」 京子、覇気溢れる声で、笑顔を麻衣子に向けながら言う。 麻衣子「そうね、たまに童心に帰るのもいいかもね。」 美枝子「じゃあ、行きましょうよ!蝶児は駄目よ。アンタはすぐ本気になるから。」 蝶児「ハン!子供の遊びに付き合ってらんねえよ!」 蝶児、大声で怒鳴る。 京子「…怖い…。」 蝶児「うるせえ!」 蝶児、京子に怒鳴る。その時、麻衣子の裏拳が蝶児の腹部に叩き込まれる。 衝撃音「ドスッ!」 蝶児「ゲッ!」 蝶児、後ずさりして、手摺に背を着け、更に手摺を勢い余って乗り越える。 蝶児「ウワッ!」 美枝子「ああ!」 麻衣子「あら?」 京子「あ…。」 蝶児、屋上から落下する。 病院・病室(朝)、蝶児、香のベッドの横で横たわっている。 香「屋上から落ちたんだって?バッカじゃないの?」 香、蝶児を嘲笑する。 蝶児「うるせえ!」 ドア「コンコン。」 ドアがノックされ、美枝子、純、麻衣子、京子が入ってくる。 麻衣子「悪かったわね。でも、雪が積もっていたせいと、この病院が一階建てで助かった わね?悪運の強い事…。」 蝶児「それが落とした奴の言う事か?」 蝶児、ベッドに寝ながら言う。 麻衣子「残念だけど、貴方も暫く入院が必要だから、すぐには、東京には帰れないわよ。」 蝶児「ち…。」 純「いいじゃん。皆で帰ろうよ。香ちゃんも蝶児君が退院する頃には全快してるだろうし さ。」 純、香のベッドに腰掛けて言う。 美枝子「バカには良い薬よね。」 美枝子、りんごの皮をむきながら呟く。 麻衣子「それと、一応、脳の検査をすると言っていたわよ。忘れずにね。」 蝶児「おお!何でもやってくれよ!」 京子「…怖い…。」 京子、麻衣子の背に隠れる。 蝶児「それと、オネーサンよ。紙切れを誰が置いたか、判ったぜ。けがの巧妙だ。」 麻衣子「…誰?」 蝶児「大宮司だよ。確か、最初にあの荘に泊まった晩、神無月と香が、礼拝堂で大宮司に 会ったと聞いた。そうだよな?香?」 蝶児、香を見る。 香「そういえば…、そうね。」 蝶児「執事のアイツが、あんな祭壇の目立つ所に置いてある紙切れを、見逃すと思うか?」 麻衣子「そういえば…、おかしいわね。」 蝶児「アイツは、始めから、犯罪を誰かに暴いてもらうのを、覚悟の上の犯罪だったんだ。 だから、隠し通路を指すあの紙切れをあの場所に置いたんだ。犯人である大宮司自身がな。」 一同、沈黙する。 美枝子「もう止めようよ…終わった事件を思い出すのは。もう、終わったんだから…。」 美枝子、京子の顔を横目に見て、蝶児に言う。 純「…そうだね。もう終わった事だしね。」 美枝子「りんごでも食べない?どんどん、剥いていくから。」 美枝子、りんごを皆に差し出す。 霧山荘・倒壊後(夜)、蝶児、純、倒壊した霧山荘跡で、何かを探している。 蝶児「有ったか?」 蝶児、瓦礫の山をどけながら、純に問う。 純「見付かるのかな?こんな状況の中で?」 純、瓦礫の山をどけながら、蝶児に答える。 蝶児「もう、5時間は探しているのにな…。やっぱり、もう諦めるか…。」 蝶児、瓦礫の山から離れようとする。 純「あ…有った!有ったよ!蝶児君!」 純、瓦礫の山から鏡の女の絵を取り出し、持ち上げる。 蝶児「でかした!よく見つけたぜ!」 蝶児、鏡の女の絵を眺める。 純「へえ…、あの倒壊にも破損せずにいたんだね。運が良かったよ。」 純、鏡の女の絵を眺めながら言う。 蝶児「さあ、帰ろうぜ。この絵をオネーサンに渡せば、今回の事件の締め括りは終わる。」 純「そうだね。香ちゃんも明日には退院するし…、やっと、本当に終わった感じがするよ。」 蝶児「鏡の女の絵か…事件の真相は、この絵に始めから記されていた。気が付かなかった ぜ。」 蝶児、純、霧山荘跡を、後にする。 栗原真弓の病院・入り口(朝)、蝶児、美枝子、香、純、入り口に立ち、麻衣子と 京子に別れを言っている。 麻衣子「さようなら、また、長野に来る事があれば、いつでも寄って頂戴ね。楽しみにし ているわ。」 麻衣子、京子の傍らで、蝶児達を前にして、言う。 蝶児「ああ、由希子が出所したら、教えてくれ。必ずまた来るからよ。」 蝶児、荷物を抱えて、麻衣子に言う。 京子「…またね…美枝子お姉ちゃん…香お姉ちゃん…。」 京子、美枝子と香に手を振る。 美枝子「次に来る時は、スキーでも楽しみましょうね。教えてあげるから。」 香「アラ?今はスケードボードの方が、主流なのよ。私が教えてあげるわよ。」 美枝子、香、荷物を抱えて、京子に言う。 純「さようなら、鏡の女の絵を、いつまでも大事にして下さい。」 純、麻衣子に言う。 麻衣子「有難う。絶対に手放さないわ。どんな事が遭ってもね。それと、貴方達の事は忘 れないわよ。だから、必ずまた、この地を訪れてね。」 麻衣子、蝶児達に言う。 蝶児「ああ、じゃあな。」 蝶児、背を向けて歩いていく。 美枝子「さようなら、絶対にまた来ます。」 香「またね。京子ちゃん。」 美枝子、香、蝶児を追いかける。 純「さようなら、必ず皆をまた連れて来ます。」 純、蝶児を追いかける。 京子「さようなら!」 京子、蝶児達に大きく手を振る。 麻衣子「またね。坊や達!」 麻衣子、蝶児達に叫ぶ。 長野県・白馬村・駅(朝)、蝶児、美枝子、香、純、構内で、列車を待っている。 香「やっと、帰れるのね。何だかとても疲れたわ。早く帰って寝たいわね。」 香、大きく欠伸をする。 純「入院中あんなに寝ていたのに、まだ眠いの?」 香「うるさいわね。私は精神的に疲れている。と、言っているのよ。」 純「あ…、そういう事か。」 美枝子「でも、野島先生と神無月先生は、気の毒だったわ…。御葬式には、参列しなくち ゃね。」 美枝子、俯きながら言う。 香「そうね…。でも、私達が生きて帰れるだけでも、喜ばないと。」 純「そうだよ。僕達が助かったのだって、あの二人が居たおかげでもあるんだよ。感謝し なくちゃ。」 美枝子「ええ、判っているけど…。でも、素直に喜べないわ。」 香「暗いわね。美枝子は。プラス思考でいきなさいよ。プラス思考で。」 香、美枝子の肩を叩く。 美枝子「ゴメンネ。そうよね。プラス思考よね。」 美枝子、香に笑顔を向ける。 純「香ちゃんの様に、楽天的にならなきゃ駄目だよ。ねえ?蝶児君?」 蝶児「…。」 純、蝶児に言うが、蝶児、呆然と上を見上げている。 美枝子「どうしたの?蝶児?」 美枝子、蝶児の顔を覗く。 蝶児「ああ…、ちょっと考え事をしていたんだ。」 香「何よ?」 蝶児「幸造は言っていた。アイツは裏の世界にも顔が効く人間だと…。今回の事件で、裏 の世界の人間が、幸造の報復に来るんじゃないか…と、思ってな。」 美枝子「誰に…報復を?」 蝶児「由希子と…その一家に…つまり、麻衣子と京子にも…。」 香「バカな事を言わないでよ!許さないわよ!そんな事!」 香、蝶児に歩み寄り、怒鳴る。 蝶児「だが、有り得ない事じゃない。」 香「まだ言うか!この〜!」 香、蝶児の胸倉を掴む。 美枝子「止めなさい、香、だったら簡単よ?私達が京子ちゃん達を助けに行けば良いのよ。 今度、この村に来る時は、また別の危険な状況になるかも知れないけど、まあ、いいんじ ゃないの?この事件に足を踏み入れた時点で、私達も関わっちゃてるんだからさ。」 美枝子、平然と言う。蝶児、香、純、美枝子の顔を暫く、呆然と眺める。 香「な、何を…言っているのよ…美枝子?」 蝶児「クッ…ククク…ハハハハハ!さすがは美枝子だぜ!そうだな!その通りだぜ!」 蝶児、美枝子の肩を叩きながら、笑う。 純「ハ…ハハハ。そうだね。簡単な事じゃないか。」 純、呆れ顔で美枝子を見る。 香「…フン!アンタ達は判ってないのよ!死にかけた私の気持ちなんかね!」 純「そんな事はないよ。でも、香ちゃんだって、京子ちゃんや、麻衣子さんを見捨てられ ないでしょ?」 香「…そ、そりゃあ…。」 香、首を傾げる。 列車「ガタン!ガタン!」 列車が構内に近づいて来る。 蝶児「ククク…。さあ、一先ずは、東京に帰ろうぜ!また、この土地を訪れるその時まで な!」 美枝子「そうね。」 蝶児、美枝子、やって来る列車を眺める。 終わり 著者・大牟田 浩一 著者のあとがき 今回の作品、「霧山荘の人々」を書いた後、登場人物を知人に当てはめたせいか、 様々な人から歓喜の声、あるいは苦情の声が殺到しています。それらの声は、今後に暇が 有れば、長編シナリオを書く際に、参考にしていこうと思います。大変、有難う御座いま した。 さて、今回の登場人物に、麻衣子という人物が居ました。彼女は、今までの作品 に登場してきた「黒尽くしの女」と、重ね合わせて書いて来ました。「黒尽くしの女」とは、 今までの作品の中では、常にミステリアスな雰囲気を漂わし、己の素性を全く明かさない。 それでいてクールな判断力と行動力を誇る、非人間的な、極端に言えば、何処ぞの漫画の 主人公の様に、現実には居る筈が無い、作為的なシナリオを作り上げて行く。そんな登場 人物です。ですが、「霧山荘の人々」は、非現実的な話しで有りながら、有り得ない話しで は無い。という注意点を守っていると、どうしても、超常現象を引き起こす様な、過剰な 表現は出来ませんでした。(今となっては、超常現象を引き起こす様な話を書くと、かえっ て稚拙なシナリオになる可能性が、高いのだが…。)だから、麻衣子という人物が、ラスト に近くなると、人間の脆さを露呈しなくてはならなくなった。そこが、「黒尽くしの女」と の否相違点だったのです。まだまだ、シナリオ構成力と、想像力が足りない事を痛感させ られました。以後の作品に注意点がまた一つ加わった感じである所存です。 一番ショックを受けたのは、まだ完成まで程遠い状態で、犯人を言い当てた大バ カ野朗が居た事です。中には、シナリオを見ずに、名前を見ただけで犯人を当てた奴も居 ました。これは痛恨のダメージです。致命傷です。やはり、私は甘い。こんな奴等に先読 みされてしまっては、私のプライドがズタズタに引き裂かれる断腸の思いです。推理物を 書くなら、謎を簡単に解き明かされては、何の価値も有りません。私は、慌てて「霧山荘 の人々」に手を加え、大幅な改良を施して、やっと完成したのが、現在の「霧山荘の人々」 なのです。どうですか?名前を見ただけで、全ての謎は判らないでしょう?確かにこのシ ナリオは、推理物ですが、何処にも「殺人」というタイトルは書いていません。あくまで このシナリオのタイトルは「霧山荘の人々」としてあります。つまり、殺人犯を当てる事 を主体にした推理物から、一歩踏み出しているつもりなのです。少なくとも私はそう思っ ていますが…。 「霧山荘の人々」の登場人物は、名字を借りたり、名前を借りたり、あるいは、 全ての名前を借りたりしましたが、黒川庄吉だけは、誰からも名前を借りていません。理 由はコイツだけは、人がもっとも嫌がる役所だからです。殺されるべくして殺される役。 これは誰しも嫌がる。だからこの名前だけは、架空の人物の名前なのです。(それをいうな ら、「黒尽くしの女」はどうなるのだろう?)やはり、名前を貸してもらうからには、人に 嫌な思いをさせたくは有りませんし、どちらかというと、喜んでもらいたいでは有りませ んか。名前を貸して下さった方々、本当に有難う御座いました。この私めは、感極まって おります。 「霧山荘の人々」、この作品は必ずしも、万人に評価されるとは思いませんが、と りあえず、暇があれば、読んでやって下さい。どうぞ、宜しくお願い致します。